GOODDAYS

社会全般について思ったことをここでつぶやいてます

ふと美容整形の話題になって

うちのご主人と街を散歩しながら話をしている時に、ふと、日本人で整形している人の割合の話になったので、実際はどんなものなのだろうかとググったら、高須クリニックのページに行き当たった。
記事は高須Jr.氏が記していたのだが、以下に少しだけ引用する。

「18~39歳の女性1万2997人を対象に、『今までに美容整形(プチ整形を含む)をした経験があるか?』とアンケートをしたところ、11.3%の人が経験済みという結果だったというものです」

とあった。
これは、クロス・マーケティングが18~39歳女性に行ったアンケート調査らしいが、「そんなにいるかいな?もう少し少ないでしょ!」というのが個人的な感想だった。
ちなみに高須氏の感覚ではもう少し高かったそうだ。

そして、大抵は二重まぶた以外の手術は大掛かりだろうから、多くは二重まぶたへの手術だろうと思って、日本人の一重まぶたの割合をググったら、これまた高須クリニックのページに行き当たり、高須氏によると「私の答えは、『日本人は男女共に、一重まぶたの人が7割、二重まぶたの人が3割くらいです』」とあった。

自分の知っている人を思い浮かべると、男女とも多くが二重まぶたで、確かに男性には一重まぶたの知り合いもいるが、一重まぶたの女性の知り合いはほとんど思いつかなかったので、これは何かの間違いかと思ったのだが、当然、俺にその根拠があるわけではない。
で、実際どうなんだろうと思って、街を歩きながら人の顔をチェックするようにしたのだが、特に女性はほとんどが二重まぶたのように見え、7割が一重まぶたというふうにはとても思えない。
仮に10%が整形したとして、6割に減ったとしても全くそのようには見えない。

データでおかしいなと思うことがあればあれこれ考えてしまう癖がまた出てしまってあれこれ書いたのだが、個人的には10%もの人が整形をしているとも、7割の人が一重まぶたとも思えないわけで、ということはアイプチが何割かを占めるのかなとも思うがそれでも数字が合わない気がする。
俺の街角観測と所感が正しいか、高須氏の「答え」が正しいかのどちらかだと思うが、その答えはわかりようがない。

あとは、一重か二重かの認定が違っているというのはあるかもしれない。
俺も含めてだが、子供の頃は一重っぽくて大きくなるにつれて目の脂肪が薄くなっていつの間にか二重になっているという人は多いと思うのだが、こういうパターンは一重としてカウントしているのかもしれないし、奥二重でも蒙古ひだがあれば一重とカウントしているのかもしれないし、線の入りが浅くても一重とカウントしているのかもしれない。

ところで、高須氏のページには「今から約2万年前に氷河期を向かえます。その時、シベリアに住んでいた人たちは寒さに適応するために、一重まぶたに進化したといわれています。寒さから目を守るために、まぶたの脂肪を増やし、二重まぶたから一重まぶたになったとされています。つまり、元々は二重まぶたでしたが、環境に適応するために一重まぶたになったという説が有力になっています。」と書いてあり、アジア人は進化して一重まぶたになったのだなあと感心する。

余談だが、目頭切開をする芸能人は本当に多いが、個人的には大抵はビフォーの顔のほうが好きである。
整形に踏み切る芸能人は、仕事のためだからという自己弁解が利くとはいえ、絶対的に平行二重のほうが良いと思うのだろう。
アフター顔を見るたびに「顔はパーツよりもバランスだと思うんだけどなあ」と残念に思う。
まあ、これは個人的な好みの話なのだろうと思う。
なお、個人的に整形に対してはネガティブにもポジティブにも思っていないというか、興味がないのだが、生まれ持ったもので美醜が決まってしまうというのも実に不平等な話だと思うので、それで本人のコンプレックスが無くなるのならば別にいいのではないかと思う。

さらに余談で、週刊ポスト2011年12月23日号が「女性の200人に1人がAV嬢」と書いて話題を呼んだ記憶があるが、これに「そんなにいるわけないでしょ」と思ってしまったのも俺が甘いだけかもしれない。
記事の引用をするが、以下の数値を根拠としているようである。

「国内でのAV制作本数は、ネット配信や裏ビデオまで含めると、年間約3万5000本といわれています。単純計算しても1日100本がリリースされている。新人AV嬢も年間2000~3000人は確実にデビューしており、業界ではAV経験者はすでに15万人を突破したといわれています。日本における19歳から55歳の女性の数は約3000万人。大まかですが、3000万人分の15万人で“200人に1人”というわけです」

確かに、年間2,000~3,000人は確実にデビュー、経験者は15万人を突破と言われれば具体性を持つが、そのほとんどが19歳から29歳と仮定すると、割合はその3倍程度に上がるので、若い女性の60人に1人がAV女優経験者ということになるが、にわかに信じがたい数字である。

これについては、年間2,000~3,000人や経験者15万人という母数の裏が取れないので何ともいえないが、整形やAVの真実だけはそう簡単にはわかりようがない。
わからないから人々にとって憶測するのが楽しいネタなのだとも思う。

個人的なAVに対する考えは「AV女優に関する素朴な疑問」という内容で2006年に書いたが、今は「人間はボノボみたいではダメなのか?」と少し前に書いたぐらいなので、この頃よりは「本人の好きにすればいいじゃん」というふうに変わったかもしれない。

今さら韓国ネタ

昨日、北朝鮮について述べたが、今日は韓国に対してどうしても疑問に思うことを述べる。
軍事レベルではなく、世論レベルの話とはいえ、執拗に日本を目の敵として扱い続ける韓国の世論には本当に理解に苦しむものが多い。
誤認・教育・ウリジナル火病など、世間で言われ続けていることももちろんあるのだが、個人的に素朴に疑問に思うことを以下に挙げてみることとする。

  • TIME誌「今年の人」に「沈黙を破った人々」が選ばれたばかりで、男の僕がこのようなことを述べるのには憶する面があるし、慰安婦の連行に強制性があったかどうかということについてはここでは触れないが、彼女らがガチで聖女級に神格化されていることには毎度驚いてしまう。日本だったら同情はしても現人神にまでは昇華しないだろうなと思う。葬式であれだけ泣き叫ぶことが良しとされるあたりの国情と関係あるんですかね。

  • 内向きの日本人と違って、海外に移住する韓国人はとても多いが、まさか、どうしてもクリーニング屋をやりたくて外に出たわけではあるまい。何らかの理由で母国の生活が嫌になったからこそ母国を捨てて移住したという人も少なくはないだろうに、捨てた母国のことを思うのはまだしも、何故に本国の人以上に海外に住む韓国人が日本を敵視するのかがどうしてもわからない。また、実際にアメリカには韓国出身の売春婦が目立って多く、このことはアメリカでは一般的なコンセンサスだと思われるのだが、慰安婦問題を声高に語る上でこの辺についてどう思いながら語っているのだろうとも思う。

  • 日本は中国(逃げ回っていた共産党とではなく、戦後に台湾に移った国民党政府相手に)とは戦争したが、韓国は日本側として戦争に参加していたわけで、本意ではないにせよ、中国と韓国で戦争における立場は違ったはずであるが、サンフランシスコ市やグレンデール市など海外で韓国系移民と中国系移民が一枚岩になって結託する理由が今一つわからない。

  • 韓国では来年から8月14日を「慰安婦の日」「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」として制定するらしく、賛成205、反対0、棄権8で可決したらしいが、この偏りを見ると一切の議論すら許されないネタなんですね。サンフランシスコ市は9月22日を「慰安婦の日」にしたらしいが、これがまた、韓国より先に制定したようだからしびれる。また、北朝鮮情勢が緊迫する中で、来訪したトランプ氏に独島エビとやらを食べさせたり、慰安婦とハグさせたりしたが、一体これらにどういうふうに未来志向的・建設的な意味を見出せるのか理解できない。

  • それほどまでに日本が嫌いなのにあり得ないほどの韓国人が来日するのも理解不明。なかでも、韓国人は大阪が好きだが、サンフランシスコ市と姉妹都市提携を解消した大阪市への訪問数が減るかには着目したいけど減らないような気がする。まあ、昨日、日本でも「『韓国人になりたい』若い日本女性が急増?」「こんな話を聞き『んなバカな!』『韓国のステマかよ!』と思った人はオジサンなのだそうだ。」(JCASTニュース)なんてニュースも出るし、朝日新聞を取る人も630万人ほどいるのだからどっちもどっちだけど。
     
  • 韓国国内での強姦率がとても高いことは国際的に有名な話だが(もちろん日本とは比較にならない)、過去に日本人に強姦されたと叫び続けるならば、韓国の方々は現在の自国事情についてはどうお考えなのだろうか。ベトナムでの蛮行についての反省の甘さについてもどうしても気になるところである。

  • 慰安婦問題日韓合意でゴールポストを変えたばかりだし、これは特技のようなものなので、日韓基本条約に対する「歴史認識」について聞いても仕方ないが、そもそも戦後生まれの人がほとんどの時代になって、謝罪を求め続ける意義も、新しく被害を発見して騒ぎ出す意義もわからない。因縁をつけるという言葉が適当かとも思うが、日本にだけはどれほど強く出ても、何を言っても構わないという差別意識が多くの韓国人の心に固定化してしまったのだと思う。だから、こちらがどう努力しても仲良くやるのは無理というわけですわな。

そして、個人的にずーっと不思議で仕方ないのは以下の点である。

もし、仮に、日本でイデオロギーが理由の内戦があったとして、70年前に関東と東北間あたりに停戦ラインができて、関東以南と東北・北海道で国が分割し、それぞれが韓国・北朝鮮のような状態となっていると仮定した場合、東北・北海道の人の暮らしが今の北朝鮮レベルに悲惨であったとしたら、そのこと自体に何よりも憤りを感じるだろうし、悲しくなると思う。
その憤りの前には、日本という過去の征服国や、過去に国が二つに分かれて戦争をした悲劇や、金日成という人物を用意したソ連、自国で代理戦争をした米ソ中のことすらどうでも良く、同胞をそういう目に遭わせている今の独裁者を執拗に恨むだろうし、あらゆる手を尽くして彼らを助けて欲しいと思うだろうにと思う。
そりゃ~大量の難民が来るようになったら怖いだろうけど、日本や韓国のような母国語を話せる国を他に持たない、ほぼ単一民族の国において、同じ言葉を話し、かつては同じ国だった同胞がああいった暮らしをしているのを他人事のように思いつつ、日本を貶めることにばかり必死になっているのだからもう何もかも意味不明に思うのである。

唯一助かるのは、中国と違って、経済的・文化的に韓国とのつながりが全く無くなったとして、韓国側は困っても日本側はほとんど困らないので、その一点のおかげで「韓国のことなんでホントどうでもいいですわ」と心底思えることである。
だから、韓国には腹が立つし、嫌いだけど、正直、どーでもいいから、個人的に嫌韓本を手に取ったり、嫌韓サイトを見ることは全くないわけです。

核抑止理論と北朝鮮と日米韓

12月8日を意識しない年はない。
日米開戦の日であり、世界平和を願い続けたジョン・レノンが凶弾に倒れた日でもある。

第二次世界大戦前の日本と同じく経済封鎖で追い込まれる北朝鮮の状況と、核兵器に対する基本的な観点と、今の日本が置かれた状況を以下に整理しておく。

第二次世界大戦は広島や長崎に核兵器が落とされて終了したと言って間違いないと思うが、今のところ、その後は核戦争は起きていない。
広島と長崎での惨劇は、核兵器を用いた結果の恐ろしさを人類に知らしめ続けている。

核抑止力理論は「核兵器保有が、対立する二国間関係において互いに核兵器の使用が躊躇される状況を作り出し、結果として重大な核戦争と核戦争につながる全面戦争が回避される」(ウイキペディアによる)という理論だが、現状の世界でこの理論が働いているというのは今のところは事実だと思う。

極めて不平等ではあるが、独裁者の手に核が渡るのを防ぐために核不拡散防止条約(NPT)体制が構築されており、北朝鮮イスラエルパキスタン南スーダン以外の国は批准している。
そして、建国間もなく脆弱な南スーダン以外の国は核を保有している。
この中で独裁国は北朝鮮である。

「核なき世界」のプラハ演説等でオバマ氏が2009年のノーベル平和賞を受賞し、国際NGO核兵器廃絶国際キャンペーンICAN)が今年の同賞を受賞し(明後日にも授賞式がある)、広島や長崎では毎年8月に核廃絶を訴えているが、何を叫んでみたところで、核兵器廃絶が不可能な絵空事であることだけは間違いない。

ちなみに、ノーベル平和賞に強く関わっているノルウェーや、アメリカの核の傘に入っている日本は、今年の7月に採択された核兵器禁止条約に参加していない。
それどころか、賛成125、反対39、棄権14で、G7はいずれも賛成していない。
また、日本政府が主導した核廃絶決議というものもあり、こちらは賛成156、反対4、棄権24で採択しているが、こちらは米英仏などは賛成で、中・露・北朝鮮・シリアの4ヵ国が反対だが、この決議は正直なところ茶番だと思う。
条約は効力を持つが、決議にはそうした縛りはないのだろう。

「先軍主義」の北朝鮮は、アメリカと対話をするために、どんなに国民が飢えようと、核兵器と大陸弾道ミサイルを持つことを優先してきた。
長らくは、核兵器は開発できてもその小型化やミサイルの技術に問題があったが、とうとうアメリカ本土が射程に入って来つつあるわけで、アメリカも相当追い込まれて焦っている。

もし、複数発の大陸弾道ミサイルをきちんとアメリカに打ち込めるようになったら、全てを撃ち落とすのは不可能だろうから、北朝鮮のアメリカに対する核抑止力が働くこととなり、アメリカは北朝鮮に強く出られなくなるので、そうなる前に必死になっているのが現状ということになる。

アメリカが強く出られないというフリーハンドを手に入れたら、北朝鮮にとって韓国や日本はどう料理しようが自由になるというわけで、難癖をつけて日本と韓国から援助だとかみかじめ料を取るようになることは必至となる。

戦争になっても困るし、大量に難民が来ても困るし、核で脅されても困るし、民主主義国家の権力者の権力基盤は脆すぎるものだから、ひたすらオロオロしちゃっているのが今の日本と韓国なわけだが、韓国なんて、国境が接していざ戦争が起きたら犠牲が大きすぎるために、心底ビビってしまって、アメリカに白い目で見られようと北に経済援助までしちゃったりするわけで、北朝鮮に翻弄されるがままである。
拉致被害者という尊い犠牲があって、かつての朝日新聞のような親北勢力を一掃して国民が一枚岩になっている日本はそれと比べれば幾分かマシである。

アメリカにとってのライバル国は中国とロシアだが、「とにかくアメリカの逆を行く(=アメリカの敵の味方をする)」というのがこの両国の基本戦略なわけで、日・韓の存在が中・露に対する太平洋での大きな防波堤となっているのは事実だが、これまた米・中も北朝鮮に翻弄されている状況である。

日本はABCD包囲網で追い詰められて戦争を始めたが、北朝鮮はどんなに経済制裁を受けようと国民が苦しもうとひたすら核兵器と大陸弾道ミサイルの開発に打ち込んで誘いに乗ってこないため、アメリカは戦争を始めたくても始められない状況にある。
民主主義国家と違って、独裁国家チキンレースにとことん強いから金正恩は本当に手強いと思う。

独裁者が核を持つ時代になり、その敵国の一つとされている日本はどう対応していけば良いのだろうかと庶民であっても考えざるを得ない。
何せ北朝鮮の危機ニュースはかれこれ20年以上も聞き続けてきて、国民はオオカミ少年ではないが、だいぶ不感症になってしまっていて、それでも防衛省や各国の軍は毎日毎日毎日毎日ピリピリし続けているのだと思うと頭が下がる。

そして、多くの国が再貧困から脱した21世紀において、どん底の苦しい生活を送る北朝鮮の人々のことを思うとものすごく悲しくなる。

大相撲の事件の件でもうちょっとだけ

先日に論点を列挙した際に個人的意見は述べないと書いたが、ちょっとだけ。

今回の件で、法的に裁く必要があるのは暴行事件が刑事告発されるかという件のみ、もし、今後問題が起きるとすれば何かの拍子に八百長の証拠が発見されて刑事告発されるかどうかという点だけで、他のことは、品格がどうか、態度がどうか、生意気か、目障りか、取り口がどうか、発言内容がどうか等々、全て感情の話だということである。

このようにどこまでも内向きな話だなと思うし、別に誰の味方をしたいとも思わないが、間違っても貴乃花親方と白鵬の対決という構図を周囲が作って楽しむのは野次馬根性が過ぎるように思う。

俺も日本人の感性を持っているから、モンゴル勢に苦々しくも思うこともあるが、顔が日本人と全く同じであるだけに、「日本国体を担う相撲道の精神」という軸で延々と話を進められたら、モンゴル人は割を食うだろうなと思う。
昨今の世間はあれいえばこれいえばパワハラと騒ぐなかで、この件に関しては厳しいものだなあとも思う。

あと、スポーツマンシップだとか、ノーサイドの精神だとか、果てはディベートの精神だとかを持ち出せば、勝負と普段の仲の良さは関係ないようにも思う。
今日、K-1スーパーライト級タイトルマッチで王者・野杁正明選手と挑戦者・大和哲也選手の試合が発表されたのだが、この二人は同郷で普段は仲が良いそうだ。
卜部弘嵩・功也兄弟など兄弟かつ同じジムなのに2度も兄弟対決があって、タイトルマッチでは飛びヒザ蹴りでのKO決着だった。
どんなに普段は仲良かったとしても、試合では死力を尽くして戦うというのも一つのプロのあり方とも思うし、キックボクシング界ではこれはごくごく普通のことである。
自分の経験でも、出稽古したり、共同で練習すると普段よりも得るものがあるのだが、相撲もキックボクシングもプロ野球選手のオフの共同練習もこの延長といえるわけで、これを良いと思うかどうかは当事者が考えれば良いことのようにも思う。

態度や取り口やガチンコか等々論点はあれど、モンゴル勢の相撲の実力がどう考えても抜きん出ているということだけは確かなことである。

まあ、今回の大相撲の件に関しては、楽しくてしょうがない話題を提供してくれてありがとうと思うだけなんだけど(笑)。

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都として認めた件で思ったこと

甥や支持者の存在はあるのだろうが、トランプ大統領は、これまでどんなにユダヤロビーが暗躍しても誰も踏み込めなかった決断をしちゃったわけだが、今後どうなるのかは未来のみぞ知る感じですな。

これは池上彰氏の本を読んで後で知ったことだが、昔、ブッシュ元大統領が、2002年の一般教書で「悪の枢軸」として北朝鮮イラクを名指しする際、「3ヵ国ないと収まりが悪い」とか言って、思いつきで、穏健派のハタミ氏が大統領だったイランを加えてしまって、その後、反米強硬派のアフマディネジャド大統領の時代を招いたという件を思い出す。

または、大量破壊兵器イラクにあると決めつけて戦争をおっ始めて、結局なくて、さらに、アフガン戦争だとか、ゆくゆくはイスラム国の台頭を招いたことも思い出す。

当時の日本はとてもイラク戦争に反対できる立場になかったが、今回もお茶を濁すのが精一杯だと思う。

北朝鮮というリアル驚異、中国の台頭、平和憲法の存在、何があっても自分だけは血を流したくないという国民性等々を思うと、日本はアメリカとだけはケンカできませんわな。
俺は、一滴も血を流さずに済んで、平和な経済活動を営めるのであれば、仏独あたりのように自分の意見をきちんと言えない屈辱だとか、大統領が横田基地から入ってきてヘリでゴルフ場や六本木へ自由に飛び回る屈辱だとか、アメリカ大統領が誰であれヨイショせんわけにはいかない程度の屈辱(安倍さんがんばったよね)は仕方ないと思っているほうである。
良くわかっていないことを言う人は政府に「日和るな」と言うが、村山トンちゃんを見てもそうだったように、どの党が政権を担当しても今の日本がとれる道は他には見当たらない。
意地を張るには中露のようながんばりが必要なわけで、とても割に合わないもんね。

しかしながら、アメリカもそうだし、日本もそうだが、小選挙区制を中心とした二大政党制というのは長所も大きいのだけど、二者択一でパッケージを選ばないといけない苦痛はありますわな。
俺は二大政党制は同じような政党二つ、例えば、三菱商事三井物産のどっち?電通博報堂どっち?どっちでもいいよね!みたいな感じが理想的だと思っているのだが、現実はとてもとてもそうではないようで…。
でも、まさかトランプ共和党というパッケージを選んじゃうアメリカにも、民進党というパッケージが自爆する日本にも正直困っているが、比例選挙区中心にするとドイツのように組閣もままならないという事態を招きかねないし、かつての新党さきがけのように小政党がキャスティングボードを握ってしまうのだけは絶対に嫌だから、まあ仕方ない。

それにしても、民主主義がだんだんとポピュリズムになってきて世界は怖いですな。

表ブログと裏ブログを再統合しました

GOODDAYSは半年ほど前から意図があって表ブログと裏ブログに分けて運用してきたのですが、分けて書くのが面倒になってきたので再統合します。
読んでくださる方にはご迷惑をおかけします。
思い浮かぶことがあっても書いたり書かなかったりしていたのですが、最近は久々に書く気が出てきてしまって、思い浮かぶことがあればとりあえず書くという感じになっており、更新頻度が上がっておりますが、何卒、これからもよろしくお願いいたします。

livedoor見出し釣られの件(再)

一昨日、livedoor見出しに好んで釣られてしまうことについて書きましたが、昨日も釣られました。

2017年12月5日のlivedoor見出し。

浅野忠信の父逮捕に怒りあらわ 」

記事を読むと、主語は梅沢富美男氏でした。
見事に一本釣られました!

そして、本日、2017年12月6日に「浅野忠信 父逮捕にTwitterで言及」という見出しがあり、浅野氏は主演ドラマメンバーのはっちゃけた写真を載せて以下のようなツイートをしたようです。

「息子が刑事役やってる時にお父さんは何考えてんでしょうか?!
と言うわけで落ち込んでる暇はありません!(^o^)!
刑事ゆがみは今日も頑張ります」

これは宣伝・覚悟・処世・ユーモアの4つの面で渾身の一発ですな。
livedoorも浅野氏もあっぱれです。

人生100年と謳う日本政府の公式寿命推計は?

昨日、人生100年について書いたが、リンダ・グラットン氏の「LIFE SHIFT」ではコーホート平均寿命とピリオド平均寿命で推計が異なるというふうに書いており、一般的にはピリオド平均寿命がとられているが本書ではコーホート平均寿命で試算したというようなことが書いてある。

本書でどの推計を取るかは本書の自由だが、日本政府の公式書類の推計はどうなのかとふと思って内閣府の資料をググったら「平均寿命の推移 - 内閣府」という資料に以下のような記述があったのでこれが公式見解かと思う。

「2060年には男性が84.19年、女性が90.93年となり、女性の平均寿命が90 年を超えることが見込まれています。」

公式見解がこの数値なのに、一段飛びで人生100年と煽る政府もしたたかだなと感心する。

2016年の日本人の平均寿命は男性が80.98年、女性が87.14年なわけで、44年かけて男性は2.95年、女性は3.79年しか伸びない推測となっており、医学等の発展で伸ばせるのはこの程度だろうなと俺も納得がいく。

俺は統計数値を眺めるのが趣味みたいなものなのだが、寿命の差というのは意外と小さいものだなあといつも思っている。

以下、男女を併せて述べるが、1位香港84.28年、2位日本83.84年は有名だが、アメリカ以外の先進国最下位で31位のドイツが81.09年で、46位アメリカが78.74年、203位で最下位の中央アフリカ51.38年とある。

香港とドイツの差は3.19年、長野県と青森県の差が約2.8年、杉並区と荒川区の差が約3.5年となっている。
これらを見て都区内の差が一番大きいぐらいに人間本来の寿命というものは差がないともいえるわけである。
20世紀に入って、医学・疫学・衛生面・環境面・福祉面等における脅威を克服してしまった国にはこれほどまでに差が生まれないものなのである。
また、どんな差よりも、男女差の7歳差のほうが大きいわけである。

健康オタクの俺がいろんな説を読み漁ってエビデンス等を冷静に見て、運悪く罹った病気以外での健康阻害要因は、圧倒的に炭水化物の食べ過ぎ(=血糖値コントロールができているか)によるものであり、栄養素・有害物質・添加物といった他の要因はそれと比べればだいぶ小さいのではなかろうかと個人的に分析している。
しかし、それでありながら、ジャンクフードを食べまくったとしても所詮はこの程度の差しか生まれないともいえるのである。

健康を阻害する大要因が炭水化物の食べ過ぎによるものだとすれば、健康寿命を増やすためにここに気をつければ良いわけで、それと同時に、疾患の早期発見ができるように必要な検査を受ける努力をし、あとは個々の生命が持っている運命に任せるしかないということだと思う。

人生には、満員電車での通勤時間だの、好きでもない仕事をしている時間だのといった、個別の主観で考えて無駄もしくは楽しく思えない時間があるはずで、それをいかに減らして、楽しい時間を増やしていくかということに注力することのほうが、いつ死ぬかあれこれ悩むよりよほど大切なことだと思う。

いつの間に人生100年が公式見解になったというのだ?

リンダ・グラットン氏の「LIFE SHIFT」は発売されて間もない頃に読んだ。
本書は、平均寿命100歳の「人生100年」時代が到来するから当事者のみなさんはきちんと考えていこうねと啓発している。

確かに先を見ることは大切だし、100歳まで生きるのに65歳とかで引退したら、22歳から65歳まで働いたとして100年のうち43年しか仕事をしないことになって57年は働かないことになるし、家庭に専業主婦を抱えた日には夫婦で200年のうち53年程度(仮に第一子誕生の32歳まで勤務と仮定して)しか働かないことになる。
「人生100年」は、女性参画を促して専業主婦を排したく(今、橘玲さんが猛烈にディスってますね)、かつ、勤労世代にできるだけ長く働いて欲しく、年金支給年齢も引き上げたい行政側としては是非とも利用したいロジックとなる。

そういうわけで政府は、この本が出た後に「人生100年時代構想会議」なるものを設けて、リンダ・グラットン氏も有識者として参画しているようである。
ちなみに政策会議のホームページには「人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための政策のグランドデザインに係る検討を行うため、『人生100年時代構想会議』が設置されました。」とあり、どうして人生100年なのかということには触れられていない。

ところで、俺は勝手にではあるが、人は個人差はあれど90歳を超えるあたりから人体の機能が段々と立ち行かなくなるように思えているため、人生100年というのがにわか信じられず、急に気になってこの本の根拠を見返したのだが、本書で「ベストプラクティス平均寿命」と記されたグラフにおいて1840年の45歳から2000年の85歳まで線が一直線で伸びているのだが、どうやら、これがそのまま続くという仮定で著者が勝手にこの先の平均寿命を想定しているようなのである。
本書はKindleで購入しているためページ数を引用できないのだが、「平均寿命110~120歳まで上昇し続け、その後延びが減速すると予想しているのだ。」とある(そして、この文に続いて後に驚きの一文があるが、それは最後に書きます)。

本書にはコーホート平均寿命だのピリオド平均寿命だの医学的な見地についてだの色々と書いてますが、肝心の「ベストプラクティス平均寿命」というキーワードをググるとこれといって何も出てこんのです。
それで、「これって信じちゃっていいの?」と思ってしまうのです。
平均身長だってあるところまでは一直線に伸びて、それ以降は変わらなくなっているわけですが、普通に老人を見て平均年齢が120歳になるとかいうのは、どうしてもどうしてもあり得ん話のように思うのです。

で、驚きの一文ですが、「もちろん、未来のことは誰にも分らない」と書いているわけです。
これで人生100年とか独り歩きしても困ると思いませんか?
少子高齢化に突き進む日本社会では、高齢者と専業主婦を勤労世代に転換させるか、移民を大幅に受け入れるかの二者択一が迫られていて、今は前者にアタックしている政府にとっては渡りに船な定義なわけですけど。

ちなみにうちの場合、曾祖母は102歳、曾祖父と祖父は94歳で亡くなり、今、祖母は99歳だし、両親はとても元気である。
そして、決して短命家系とは思えないのに、41歳の俺はあまり年をとらないうちにセミリタイアをしたいと思っているのだが考えが甘いかな~。

決済について思うことと、仮想通貨のわからなさ

10年以上前に練馬区に住んでいた頃、オーケーストアというとんでもなく安いスーパーがあって使っていたのだが、うちの近くにも来ないかなと思っていたところ、隣の江東区にできていたようで、自転車を20分漕いで買い出しに行った。

200円を払ってそこの会員になると生鮮食品を中心として3%程度の割引を受けられるのだが、決済は現金に限るようで、やはり、ここまで廉価で販売するスーパーはギリギリでやっているのだなと逆に感心した。
実際に他を全く寄せつけない安さ(生鮮品以外が特に安い)を誇るのだから現金決済でも納得できる。

世界でも突出した現金流通量と現金決済率を誇る日本人の現金好きは相当なものだが、結局、クレジットカードというのは店側から手数料を取ることとリボ払いの金利で成り立つビジネスであり、その利益から経費や他国より断然充実している保証金・会員特典(ポイントバックや付帯保険など)といったものを引いて利益を出していると思われるのだが、さらに日本は他国と違って年会費がタダであることが多い。
そこまでやっても日本人はとにかく現金が好きなのだから仕方ないけど、それだけユーザビリティを上げているということは、それだけ他国よりも店側から多く取らないとやれないのだろうと思う。
店側の負担率をネット上で調べたら、飲食店では5%程度、小売店では4%程度、デパートでは2%程度、コンビニなどでは1%程度、夜の水商売などの加盟店では10%の場合もあるとあった。
海外の手数料は知らないが、海外でこれほどまでにクレジットカード決済が進んでいるのをみるとおそらくはここまで高い手数料というのは日本独自の事情だと思う。

潔癖症で、かつ、ダマ(硬貨)の臭いが嫌いな僕にとっては極力現金に触れたくないし、財布に小銭がじゃらじゃら入っているのもシンプリストとしてはとても嫌なので、個人的に世の中がキャッシュレスになっていくのは歓迎すべきことなのだが、手数料分だけ店の利益が減る、もしくは、手数料分だけ商品が高くなると考えるととても複雑である。

ところで、店側が取られる手数料をネット上で調べたところ、デビットカードの手数料は2~3%、プリペイド電子マネーの手数料は2~5%のようで、現金以外の決済は店側に負担がかかるわけだが、ネット上での決済が進めばカード決済比率は上がらざるを得ないし、実店舗においてもレジでのセルフカード決済が進めて、決済のための人件費を減らしていくのが得策だと思うし、そうなれば利用者にとってもありがたいように思う。

ところで、僕が住む勝どきという街には、デリドという駅上のスーパーと、文化堂という駅地下のスーパーがあるのだが、少し前に、駅から2分程度歩いた場所に東武ストアができた。

僕はこれまでデリドを愛用してきたのだが、今は完全に東武ストアにばかり行くようになった。
ちなみに、文化堂は安いのだが、店が狭くて古いのと家と反対方向なので特売の月曜日に野菜を買うとき以外は使っていない。

東武ストアに行くようになった理由を端的に言うと、カード決済ができるからであり、デリドでは持っているカードで決済ができないからである。
デリドも本当はJCBのTカードのみ使えるのだが、何を勘違いしたのか僕は「Tカードを作ればデリドもカード決済できるのだな」と思ってデリドで使うためだけにVISAのTカードを作って、満を持してレジにTカードを出したらTポイントだけつけてくれて、一向にカード決済してくれないので、「Tカード使えないんでしたっけ?」と聞いたら「JCBのTカードだけです」と実に乾いた口調で回答があり(店員さんもこの種の対応に疲れていたのだと思う)、それでなんだかやりきれない気持ちになっていたところ、東武ストアができて、こちらもTポイントはつくし、カードでセルフ会計ができて断然便利なので、ほんの少し歩いたとしても今は断然東武ストアである。
ちなみに、価格競争的には若干東武ストアのほうが安い気がするけど品によるかなといった程度である。

つまり、圧倒的に安いオーケーストアの場合は、家から自転車で20分かかろうと、カード発行手数料をとろうと、現金しかダメでも全然OK(笑)で、価格が似たり寄ったりの場合はカードかつセルフ会計の東武ストアを自然と選んでしまったということです。

それと、これだけは書いておきたいことを。
日本人に海外のチップ制度を煩わしく思わない人は皆無だと思うのだけど、レジでなく席で会計し、ウエイターやウエイトレスが代金を回収したり釣りを持ってくるのをひたすら待ち、さらに妥当と思うチップをあらかじめ用意しておかなければならない、というやりとりがあまりに面倒くさくて仕方なくて、あの面倒くささと間延びした感じが嫌だからレストランなんか利用しないほうがマシと思う人は多いと思う(時間に追われている観光地ではなおさら)。
欧米とアジアで外食利用率が大きく違う理由には外食産業の人件費や水がタダでないこと以外にチップ制度のせいという要素があると思う。
いくら欧米で電子決済が進んでいるよという記事を読んだところで、チップ制度が残っている限り僕は日本人で良かったと思うわけである。

話は全く変わる。

最近、仮想通貨の話題が世の中をにぎわしている。
株式取引やFX取引を長いことやっているのでビットコインなどの取引のテクニカルな話や概要は理解できるが、それでも、僕は仮想通貨全体の話についてはあまりわかっていない。
ただ、この大きな話題の前では、電子マネー(電子通貨)・電子決済・キャッシュレス・電子ポイントといった話題はテクニカルな些事に過ぎないようにすら思う。

仮想通貨の特徴は発行主体がなく、フィンテック技術の一つであるブロックチェーンというデータベースで通貨を管理をするという点なわけだが、この言葉をそのまま受け取ったとしたらこれはものすごいことではないかと思うのだ。
金本位制度終了後の管理通貨制度における政府の国債への信用の上に成り立つ従来の法定通貨と同じように、これまでとは全く違った新しい信用概念が世界中で適用されるようになるのならば、従来通貨や中央銀行や銀行の存在そのものが脅かされるのではないか、送金やマネーロンダリング対策や課税はどうするのか、などと考えると凡人にはあまりにわけがわからなくて頭がウニになりそうになるのである。

ましてや中央銀行が仮想通貨を導入するという話もあるぐらいで、そうすると中央銀行が発行する法定通貨と仮想通貨の違い、中央銀行が発行する仮想通貨とこれまでの発行主体のない仮想通貨の違いや信用はどうであるかだとか、仮想通貨に対して中央銀行のコントロールは効くのかだとか、中央銀行は銀行の銀行や発券銀行ではなく単なる電子銀行になるのであろうかだとか、アダムスミス以来の近代経済学の駆動エンジンともいえる銀行の信用創造システムはどうなるのだとかマジでわかりません。

今は、博打だったり、カネ余りだったり、行き場のない隠れマネーが集まって投機的な動きをしているように思うので値動きが激しいわけだが、仮想通貨も通貨である以上、他の通貨との間に値動きがあるのは当然である。
とはいえ、ある程度安定しないと一般的な通貨としては認識されないように思うし、国債への信用のような実体がないのに何を持って安定するのかもわからないし、マイナー(承認作業への参加者)だとかマイニングの電気代が云々だとか誰かの「僕ちゃんのお客さんのコインをなくしちゃったよ~」だとかいうようなしょぼい話が出ているうちはない話だと思う。

また、信用創造によってGDPを積み増して総量を膨らませる貨幣世界に対して、総量が変わらずその価格が変わるという部分(事実上、これも通貨量の増大といえばそうともとれる)や、通貨の信用の質の相違についてどう折り合いをつけていくのかはわからないが、仮に、仮想通貨が世界共通通貨のようになったというファンタジーを想定した場合、現金決済の必要性が縮小していくなかで特に弱小国の法定通貨が国内外に無視されることも想定できるわけで、それが各国の金融政策・財政政策・経済政策に与える影響やそれによって見えてくる世界がどのようなものか等々、俺のポンコツ頭では全くわからんちんなのです。

とにかく、金や国債をバックとした貨幣の信用という従来の経済の根幹なしてきた部分を、ブロックチェーンという新しい技術によって大きく覆し始めたようにも思えるわけで、AIが進化しまくった世界を考えるのと同じで、考えれば考えるほどパラダイムがぶっ飛んでいる気がするのです。

ブロックチェーンにしても評価経済にしてもシェアにしても相互監視というものがイノベーションの鍵になっている気もします。

なにせ頭が良くないため、難しいことを考えるのは苦手だし、今回は恥ずかしくバカなことを書いているのかもしれないのですが、世の中に大きな変化が起きるにはまだまだ先は長いと思うので、これから少しずつ理解していければと思っています。

livedoor→Peachy恐るべし!

ニュースのポータルサイトでよく見るのはYahoo!JAPANだが、うちのご主人から「釣りばっかだからやめとけ」と何度も言われているのについつい、livedoorポータルサイトをチェックしてしまう。

そして、懲りずに見出しに釣られて騙されまくる日々を送っています。

なかでも「女子」カテゴリーに良く出てくる「Peachy」に飛んでしまった日には、ツッコミなしに元のページには戻ってこれません。

2017年12月2日のPeachyのとある記事の見出し・小見出しを引用しますが、以下のような感じです。


「クリスマスまでに下腹スッキリ!寝たままできる美腹エクサ

~ちょっとハードですが短期間でスタイルアップするエクササイズをお伝えします。

■お腹を凹ませただけでマイナス3キロ見え

■寝たままできる!下腹に効く筋トレエクササイズ」

といった感じですが…

  • クリスマスまでに下腹スッキリ!
  • 寝たままできる美腹エクサ
  • ちょっとハードですが短期間でスタイルアップ
  • お腹を凹ませただけでマイナス3キロ見え
  • 寝たままできる!下腹に効く筋トレ

全部、刺さり過ぎですw
語彙力恐るべし。

でも、「おせーから!」「寝たままなのにちょっとハードかい!」「食べる量への言及はなしかい!」と突っ込まずには元のページに戻れません。
何故にクリスマスまでに下腹スッキリさせにゃならんのかもわからんし、どちらにせよディナー食えば腹も出るだろうに!とも思うし、息を吐きながらも下腹を凹ませてマイナス3キロ見えってできますかね。

もちろん真面目に記事仕立てになっているわけですが、やはりおもしろすぎです。
それにしても、こんなニュースに飛んだ俺って(笑)。

「~、~、~樹立させたいと思います」構文解釈

日馬富士側にも懇意にしている坊さんがいるようであれこれ所感を述べておられるが、護摩行だのなんだのでスポーツ選手と懇意にしている坊さんって多いっすわね。

で、2017年12月2日のスポーツ報知のニュースの引用。

貴乃花親方からメールを受け取ったというのは、高野山別格本山清浄心院・池口恵観法主。池口法主は、阪神・金本監督らとも親交がある。池口法主貴乃花親方を励ますメールを送ったところ『今の状況、若い頃から慣れております。全国民の皆様及び観衆の皆様の本来の幸せを感動という繋ぐ心で思慮深く究明し、心動かされる人の心を大切に真摯な姿勢を一貫して、この心の中に角道の精華として樹立させたいと思います』という内容のメールが返ってきたという。池口法主は『本当の相撲道に徹していけるような相撲協会になってもらいという気持ちがあると思う』と話していた。」

とのことですが、「普通、人の、しかも刑事告発をしてだんまりを決め込んでいる人のメールの内容を抜け抜けとマスコミに知らせます?」と思いましたが、まあ、貴乃花親方の許可を取っているのかもしれませんし、その辺の事情はわかりませんので、そこらへんのツッコミはその程度にしますが、法主朝鮮総連本部ビル売却に噛んでいた件は忘れ得ません。

まあ、それよりも、黙して語らずの貴乃花親方の文章はきちんと解読せんわけにはいかんですわね。
何せ、あれだけ寡黙な親方がこれだけ雄弁に語っておられるわけです。

「今の状況、若い頃から慣れております。」

→これは、氏の人生を見れば理解できます。解読する必要があるのは次です。

「全国民の皆様及び観衆の皆様の本来の幸せを感動という繋ぐ心で思慮深く究明し、心動かされる人の心を大切に真摯な姿勢を一貫して、この心の中に角道の精華として樹立させたいと思います」

→以下に分解します。

全国民の皆様及び観衆の皆様の本来の幸せを
感動という繋ぐ心で思慮深く究明し、

心動かされる人の心を大切に
真摯な姿勢を一貫して、

この心の中に角道の精華として
樹立させたいと思います

「究明」はコトバンクによると「道理や真理をつきつめて明らかにすること」とありますが、「~本来の幸せを~究明し」、すなわち、「~本来の幸せを 感動という繋ぐ心で道理や真理をつきつめて明らかにし」ということですが、「感動=繋ぐ心を持って幸せを明らかにする」ということでしょうかね。
「感動=繋ぐ心」という等式は「熱い」という意味でThat’s so coolと言うべきでしょうか。
かみ砕くと「繋ぐ心でみんなの幸せを明らかにしちゃうよ」ということですかね。

先の上2行も述語にかかるのですが、その後の「心動かされる人の心を大切に」と「真摯な姿勢を一貫して」も「この心の中に角道の精華として」と同じく、述語の「樹立させたいと思います」にかかるわけですな。
そして、主語は「心の中」とも「角道の精華」とも取れますが、要は「心の中に=角道の精華として」という等式が成り立つわけで、これもThat’s so cool。

それにしてもあまりにも深い。
国語があまり得意でなかった俺の構文解釈はツッコミどころだらけなのかもしれませんが、何度読み返しても凡人には理解できなかったので、どうしてもほっとけずに分解して考えちゃいました。
点の位置がもう少し違っていたら解釈も楽になった気もするのですが。
以上、お粗末でした。

村八分ニュース、いろんな意味で恐るべし

大分県村八分のニュースが少し前に報じられたが、ニュースの受け取り手も色々な感情を抱いてしまいがちなニュースというのは、論点をある程度はっきりさせないと誤解を起こしてしまいがちなので、自分で論点を整理して考えることにした。
ニュースは2017年12月3日付朝日新聞デジタルの記事をコピペし、文節ごとに俺の所感を書いた。

兵庫県に住んでいた元公務員の男性(68)は2009年、母親の世話などのため、家族を残して計14戸が暮らす大分県北部の集落にUターン就農した。」

→兵庫に家族を残して母親の介護ですね。家族は移住しなかったわけですね。元公務員ということでお金はそれなりには残っているのでしょうな。

「自治会には母親が入っていたが、11年に他界した。」

→残念にもお母さん亡くなったのですね。そして、それでも兵庫に戻らずにこちらに残ったということですか!家庭事情はわかりませんが大変ですね。


「男性は13年3月、国から農家に出る補助金の配布方法などを巡り、自治会の役員らと対立。」

→農地開拓の補助金のようですが、確かに中間山地農業にはしこたま補助金が出ますわな。事実上の生活保護のようなものですかね。本来はこの方にも渡るべき補助金を集落の人がちゃっかり受け取り続けていたというわけですね。それを指摘したら、気まずそうにごめんちゃいするかと思ったのに、ジャイアンばりに逆ギレされたものと理解します。この方、元公務員で集落の人と資産差は相当あったのでしょうから厄介です。

「自治会は翌4月、「男性は集落に住民票がない」として自治会から外すことを決め、市報の配布と行事の連絡をやめた。男性は14年に住民票を移し、加入を申請したが、自治会は「必要な集落全員の賛同が得られなかった」として拒否した。」

→逆ギレした集落側は嫌がらせに自治会から外し、市報の配布をやめ、行事の連絡もやめたのですな。まあ、市報などあってもなくてもいいと思うし、自治会を外れたり、行事に出なくて良いというのは願ったりかなったりのような気がしますが、ご本人にはキツかったのでしょうな。そして、この人は集落の人と違って世間一般のルールに訴えれば明らかに自分に負けのないケンカとわかっちゃっているので、ケンカを受けて立つことにしたわけですな。今の時代に生まれた運を活かしてぎゃふんと言わせたい気持ちはわかります。

「男性の申し立てを受けて調査した県弁護士会は、地域に住所をもつ個人の自治会加入を正当な理由なしに拒むことを地方自治法が禁じていることから、『排除は明らかな人権侵害』と判断。自治会長に対し、加入を認め、行事の連絡などをするよう今年11月1日付で是正勧告し、同月6日に開いた記者会見で『明らかな村八分』と批判した。」

→弁護士的な判断では間違いなく人権侵害と予定通りの公式お墨付きいただき!この武器で世間に打って出れば相手はもうぎゃふんですよぎゃふん。

「一方、自治会側は「行事参加やごみ集積所の使用は拒否していない」と反論。元会長(65)は、男性が加入拒否に絡んで自治会役員らを脅迫の疑いで刑事告訴したことを挙げ、「告訴は、地方自治法が定める加入を拒む条件の『正当な理由』にあたる」と訴える。「そもそも『感情の問題』なのに」と話し、法律論を持ち出す県弁護士会にも不満を示す。自治会は11月12日に会合を開いたが、加入についての結論は出なかった。「男性が入るなら、自分は抜ける」という声もあったという。」

→全ては集落の人の「そもそも『感情の問題』なのに」の言葉と認識に集約されておりますな。「法律論を持ち出す県弁護士会にも不満」とありますが、集落の人にとっては一般社会の論理よりもおらが集落の論理が優先されるのは当然でしかないのに、それに対して弁護士だの集落の外の人などがごちゃごちゃ言ってるようだけどそんなものはどうでもいいわけです。捕鯨に対して外国人が色々言ってきて腹が立つのと同じです。集落の人の今の所感は「全国に広がったのはちっとばかり痛かったな~」「でも報道も武士の情けで集落名は伏せてくれているし、まあいいか」「でも、コイツへの恨みは一生忘れね~」。


結局、集落で上手くやるには以下の方法しかないわけですな。

  • 村人となあなあで上手く立ち回る
  • 年齢の序列や先に住んでいるほうに意思決定権があるという掟を理解する

そして、それが無理なら以下のようにするしかないわけっす。

  • とっとと集落を離れるか、復讐をしてから離れる
  • 復讐する場合は今回のように派手なケンカをして憂さを晴らす
  • 派手なケンカをしても、またはすればするほど二度と関係が戻ることはない

結局、覆水盆に返らずなのであります。
ところで、この件で俺の最大の疑問は何故に争いの初期に兵庫に帰らなかったかということに尽きます。
家庭の事情はわかりませんが、兵庫に帰るところはなかったんですかね。
この辺も武士の情けでぼやかされているのかもしれまへん。

しかし、こういうニュースを見て思うのは、世の中にはこういう集落と違って外からの人に温かい集落もあるだろうに、ニュースとなるのはネガティブニュースばかりで、既に大分では3件目だというし、山梨県北杜市あたりのネガティブニュースも良く聞くわけで、Uターン・Iターンする人もどうやって集落の特性を見れば良いのか悩まされるでしょうということですな。
でも、知らずに間違うよりは100万倍助かるニュースですよね。
そして、多くの限界集落が消えてなくなると危惧されるなかで、このようなネガティブニュースが放つインパクトは半端ではないともいえますわね。
この方の復讐の念は、大分のこの集落よりも移住者ウェルカムの限界集落に大きなダメージを与えたものと想像します。

ほぼフェイクニュースを垂れ流す英エコノミスト誌とフォーブス・ジャパン

以下、本日(2017年12月3日付)のフォーブス・ジャパンの記事の引用。

「英エコノミスト誌の調査部門、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が毎年発表している報告書によると、シンガポールはここ4年間にわたって『トップ』を維持している。
EIUは食料品から公共料金、住居費まで160のカテゴリーに含まれる商品とサービス、合わせて5万品目の価格・料金を比較した結果をまとめ、順位を割り出している。最新のランキングで10位までに入った都市は、以下のとおりだ。」

以下はその結果です。

1シンガポール 2香港 3チューリヒ 4東京 5大阪 6ソウル 7ジュネーブ 8パリ 9ニューヨーク 10コペンハーゲン

どういう基準で決めているのか知らんが、これがまともな感覚ではないことは100人中97人は思うこと。
前にイギリスのマーサーの記事にも憤慨したことがあるのだが、イギリスのエコノミスト誌の調査部門、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)とやらの調査機関としてのポンコツぶりは尋常ではないですな。
ジュネーブやニューヨーク、圏外のロンドンと比べて20年間デフレが続く東京のどこが物価が高いのか逐一聞いてみたくなる。

EIUの紹介ページには「EIU の最大の特徴は、その独自の見解や分析であり、各国のスペシャリストであるアナリストは、母体となるThe Economist の精神を受け継ぎ、客観性はもちろんのこと、斬新で革新的な見解を辞さないため、単なる経済情報とは一線を画す、質の高いサービスを提供しております。 」とあるが、悪意があるにしてもないにしても話になりませぬ。
こういうニュースをストレートニュースとして報じるファーブス・ジャパンの見識のなさにも驚かざるを得ませんな。

日馬富士暴行事件の論点がありすぎな件

今回の相撲の事件ほどあまりに論点が多すぎて、かつ、政治や宗教の話題でもなく、あーでもないこーでもないと楽しめる話題もそうそうないだろう。
本来の論点は暴行事件への対応だけなのであるが、実際はそうはなっておらず論点がバラけまくっているように思う。
これだけ論点があれば国民総評論家状態になっても仕方ない。

外国出身力士の事件とはいえ、日本で生まれ育った者にしか理解し得ない、文化的に極めて閉じた議論であり、相撲という曖昧なこと極まりなく、見方によってはキワモノにも見える世界について論じるのだから楽しいといったらありゃしないわけである。

そこで、一体どれだけ論点がバラけているのかについて、思いつく限り列挙してみることとした。

先にも述べたが、国民総評論家状態になっているはずなので、いちいち論評するのは野暮なため、あくまで論点を列挙をしただけなのだが、その論点の多いこと多いこと。

なお、俺は6年前に、そもそも相撲を15日連続で取ると身体が持たないと書いており、興味があればこちらの記事も参照していただきたいが、その論点も以下に列挙した。

それにしても、当事者の日馬富士貴ノ岩とは関係ないことばかりが論点として思い浮かんでしまった。
しかし、相模原や座間の事件のように口にするのも気分が悪くなる事件とは違って、怪我人は出たにせよ死者が出たというわけではないという意味でも一般評論向けの話題である。

●社会論 

  • かわいがりや暴力や体罰の可否
  • 同郷の先輩が後輩を説教することの可否
  • 愛のムチというもの全体が今の日本社会で許されるかどうか


●事件論

  • 日馬富士の暴力事件そのものの刑事事件の扱い
  • 事件の真相に関して色々なニュースが飛び交ってきたなかで相撲協会の見解がやっと出てきたが、公式記録となるべきであろう警察の発表はまだない(と思う)
  • 後になって、ホステスの自転車を無理やり取って乗ってコケて、ホステスを責め立てたというろくでなしなニュースまでも出た


●組織人論

  • 貴乃花親方が組織への報告と刑事事件として黙秘のどちらを優先すべきだったかのコンプライアンス
  • 貴乃花親方の巡業部長としての職務をきちんと果たしたかという話
  • 他の部屋の力士とのつき合いをどうするか、仲良くするのを許すか、他のスポーツではどうか、一般社会におけるライバル企業の社員との交流はどうかといった組織論や勝負論


●組織の体質論

  • 相撲協会の事件対応は妥当だったといえるか
  • 相撲協会は過去の時津風部屋暴行死事件の教訓を活かせているのか
  • 相撲協会の危機管理委員会で出ている意見等はフェアといえるのか
  • 相撲協会にはまだ隠ぺい体質があるのか
  • モンゴル勢は好き放題にやっているのか、やっているとすれば実績に免じてそれを野放しにするのかどうか


貴乃花親方論

  • 貴乃花親方の人格論、これまでの人格形成論や人生論
  • 貴乃花親方のティアドロップサングラス等のファッションへの評論


●権力闘争論 

  • この事件と相撲協会理事の権力闘争との関連はどうなっているのか

 

八百長論 

  • 今週の週刊新潮および以前から週刊ポストが報じるような八百長はあるのか(あるに決まっていると思うが)
  • 稀勢の里などが「ガチンコ力士」と呼ばれるが、この発言の裏を考えれば八百長は公然の秘密なのかどうか


●モンゴル人国民性論 

  • 「モンゴル会」力士における上下関係や互助関係はどうなっているのか
  • モンゴル人力士の団結の程度について
  • もっと言えばチンギスハーンの国における風習や無言の掟はあるのか
  • 朝青龍がやっていたように、目をつけた力士への出稽古での荒技を仕掛けてケガをさせる行為をモンゴル勢は執拗に行う傾向にあるのか、そもそもモンゴル人は陰湿もしくは手段を選ばない傾向にあるのか
  • 日馬富士の兄貴分の朝青龍旭鷲山のベンツのバックミラーをへし折り、日馬富士は今回の事件を起こしたが、こういう大人げない行為はこの二人だけの特殊な話なのか
  • モンゴル国内での世論の盛り上がりについて
  • 引退した旭鷲山朝青龍モンゴル国内での影響力が何故にこれほどにあるように見えるのか
  • 日本人や他国の力士にも「モンゴル会」のような互助会的な組織はあるのか


●マスコミ論 

  • 真相が明らかになっていないままマスコミは好き放題報じていないか
  • マスコミはきちんと裏をとって報道しているといえるのか
  • 旭鷲山藤田紀子氏まで追いかけるマスコミの矜持について
  • なんでもかんでもおもしろがって報じるマスコミとそれをおもしろがる国民論


●文化論・品格論 

  • 先輩への礼儀礼節というが、逆に先輩ならどこまで無礼が許されるのか、これは儒教的な側面なのか、日本人的な側面なのか、モンゴル人的な側面なのか(個人的には礼儀礼節の強要は大嫌いである)
  • そもそも相撲が神事なのかスポーツなのかすら曖昧だがこれをどう切り分けるか
  • 日本の武士道精神やスポーツマンシップと相撲の取り口について
  • 横綱の品格といったあいまいなものをどう論じるか
  • 白鵬の先日の物言い、万歳三唱、貴乃花巡業排除発言は許されるか、白鵬横綱としての品格の論争
  • 最近の白鵬が頻用する強烈な張り手からかちあげ肘打ちのフックアッパーコンビネーションがあまりにも酷過ぎると思うが(俺の個人的意見)、これは横綱としてアリなのか


●健康論

  • 相撲は身体への負担が大きすぎるというホリエモン発言をどう論じるか(僕が6年前に書いたのと同じようなこと)
  • いくらなんでも土俵が高くて、あそこから落ちるのは危険すぎるように思うがどうか
  • 八百長をしないと身体が持たないのか、ルールを守っていたら健康を大きく害するのかどうかの論争
  • 伝統競技かつ神事とはいえ、張り手・頭突き・危険な投げ技の禁止など、安全性を高める取り組みを今一度考えるべきではないか
  • 力士の平均寿命は短く、引退後に内臓疾患などに苦しみがちで、還暦時の横綱土俵入りができたのは38人中10人しかいないがこれをどう論じるか


●キャリア論

  • 自民党竹本直一衆議院議員が「相撲協会がつぶれたら路頭に迷う。力士は体が大きいから普通のことはあまりできない」などと述べ、責められると「サラリーマン社会に適合するのは大変な人もいるという趣旨だ」と釈明したらしいが、その通りとはいえないか(朝青龍のビジネスマンぶりとは対極?)
  • 中卒で部屋に住み込んで食べて寝て相撲して不健康になって、引退した後のにどうすれば良いか、大規模な進路追跡調査をしたら驚く結果がわかるかもしれない