GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

東京都内東西徒歩横断

 

東京都内東西徒歩横断バカ道中

たかが、東京・山梨県境から東京・千葉県境まで歩くのに7回にも分けて歩いたヘタレの記録です。

日程と出来事しか記録が残っていませんが、30歳になって20歳頃のことを思い出して書きます。

 

1日目 1996年2月16日(19歳・大学1年時) 山梨県丹波山村→青梅

朝5時15分に奥多摩の向こうにある山梨県丹波山村まで電車とバスで行き、8時50分にそこから歩き始める。

しかし、途中で雪がぱらつきだす。

それでも雪の中歩き続け、12時10分に奥多摩に着き、食堂で昼飯を食べて12時50分に再出発する。

雪は吹雪に変わり、「なんで俺はこんな目になりながらここを歩いているのだ?」と恨めしく思いながらも何とか歩き続ける。

18時20分に這う這うの体で青梅駅に着き、そのまま東小金井に住む友人のM氏の家に転がり込む、というか、遊びに行く。

その次の日は記録的な雪だったので、実家なのにも関わらず、そのまま友人の家に2連泊して、その次の日の夕方に友人のK氏が働いているラーメン屋に遊びに行ったという旨が当時の手帳に記録されている…。

うむ、実にくだらん。

しかも、その日の22時から1時までバーミヤンでバイトした旨も記されている。

虚弱ッキーなオイラも昔はそんな体力があったんだな~。


バスで県境に移動 
  


ただ雪は降るばかり…

 

2日目 1996年12月15日(20歳・大学2年時) 青梅→立川

続きを歩くのに何故に1年後になるのかわからんが、この日はこのぐらいにしておいたようである。

この日の記録には「コギャルの高校生と渋谷合コン。るみ・みやけ・ちふみ」って記録も残っている…。

「コギャル」って言葉に時代を感じますな…。

そして、そのわずか1週間後に試合があったみたいなので減量中だったと思うのだがホントにタフやね…。

忘れないようにギャルの名前を手帳に書き込むあたりは我ながらマメです。


3日目 1997年6月1日(20歳・大学3年時) 立川→吉祥寺

ほぼ中央線沿いに歩き、立川から吉祥寺へ。

吉祥寺からは新宿に行って、その後は何故か田園調布にある弟の家に遊びに行った旨が記されている。

なんのこっちゃ!


4日目 1997年10月26日(20歳・大学3年時) 吉祥寺→中野

数ヵ月ぶりに再開のようで。

同じくほぼ中央線沿いに歩く。

中野で止めるなんて根性ないっすね…。

この日は弟と歩いたようである。


5日目 1997年11月2日(20歳・大学3年時) 中野→新大久保

前回と時間の間隔は短めだが、オイオイ!中野から新大久保って1時間もかからん距離だろ!いい加減にしろよ!と過去の自分にツッコミを入れたくなる三十路の私。

本屋にピットインして4時間ぐらい立ち読みした旨も記されておる。


6日目 1998年10月25日(21歳・大学4年時) 新大久保→亀戸

この日の記憶はあんまりないのですが、久々にそれなりに歩いておりますな…。

当時の彼女と歩いておるようです。

江戸東京博物館に行っているのは良いが、試合の2週間前なのに友人と飲みに行っている記録もあってこれも酷い。


7日目 2006年11月21日(30歳の誕生日) 亀戸→千葉県市川市

なんで、亀戸から市川まで歩くのに8年もの時を経る必要があったんでしょうか…。

忘れていたというのもあるし、余程面倒臭かったかとしか言えませんね。

とりあえず、20歳代の落とし前は30歳になる前につけたかったんですな…。

夕方に残り8.5kmの道のりをとぼとぼと歩きました。

夕方スタートというところがやる気ないですな。

30歳の誕生日の日に1時間半ぐらい歩いて南行徳駅に着いたのは自分が生まれる時間の少し前でした。

ということで、一応20代に達成!

この1ヵ月後にサラリーマンに戻るのですが、3年半にわたる素浪人生活へのお別れっていう意味もあるんですかね。

後づけですが…。



夕暮れ時に千葉県境が…感動っす…っていうか、歩き始めたのも夕方ですから!