GOODDAYS 東京仙人生活

セミリタイアして質素に生きる44歳自由人のつぶやき

哲学的・科学的に考えて不要不急の外出をします

新型コロナ禍において、脊髄反射的な思考回路で生きている人以外の人々は哲学的なことを否が応でも毎日考えながら生きているはずである。

こんなに毎日考えることを余儀なくされる日々はこれまでなかったのではなかろうか。

 

国内における新型コロナウイルスの感染対策に関する政府や自治体の自粛ベースの発信内容、緊急事態宣言の必要性や法的効力、飲食業界などの扱い、医療崩壊寸前と言いながらも医療業界のリソース配分が妥当なのかということについて…など知識を集めてぐるぐると考えているが、「こうやれば良い!」と断言できるほどに自分の考えがまとまっていないし、俺が断言しても世の中がどうなるわけでもないので理解を深めれば十分だと思っている。

 

とはいえ、一人で無言で食事をする外食も20時以降はダメ、さらにはランチもダメという発信内容にはさすがに違和感があるし、「どうしちゃったんだろう?」と思う。

新型コロナ患者をほとんど受け入れていない業界団体の日本医師会や東京都医師会の会長が毎日声高に叫ぶことに関しても強い違和感があるし、医療体制を整えられない政治や厚生労働省を無力だと思うし、医療従事者や新型コロナ患者を差別をする人や差別を助長する勢力に強い怒りを覚える。

また、昨日のNHKニュース7のトップニュースとして、80代の糖尿病の男性が感染して症状から軽症扱いにされていたのだが入院先が見つかる前に自宅で亡くなったというニュース、および、都内で自宅療養中に亡くなったのはこれで3人目です…というニュースが報じられたのだが、その報道姿勢にも違和感がある。

80代男性の息子さんは60代だそうで、普通に考えればこの男性は80代後半だと思われるのだが、どういう価値基準でトップニュースにする価値があると思ったのだろうか。

「その程度を医療崩壊というのなら別にいいんじゃないの?」と心の奥底で言ってしまいそうになるが、言ってしまうどころか、勢い余ってここに書いてしまっている。

 

今になって石井妙子氏著「女帝小池百合子」を読んでいる。

Kindleで実質半額になっていたためなのだが、思っていた通りに俗物のモンスターとしか言いようのない小池氏の人生に呆れ、かつ、都知事としての小池氏の行動を全く肯定できていないなか、彼女が不要不急の外出の自粛求めても俺の心には恐ろしく響かない。

政府も同じことを述べているが、そもそもロジックがあまりにおかしく、かつ、自粛ベースなので、菅首相のことを支持している俺でも心に響かない。

まず、世の中の産業のほとんどが不要不急のことばかりなので、「不要不急って何を指すのですか?」と素朴に思う。

俺の価値観では無理やり行う延命治療マスコミの煽り報道こそ「何よりも圧倒的に不要かつ有害」ということになるが、そういう理解でよろしいのでしょうか。

そもそも、必要かつ急であっても感染リスクの高い行動を取ることがダメなのであって、不要不急であっても感染リスクが低い行動を取ることを禁じるのはおかしい。

また、罰則があればもちろん守るが、罰則がないので、俺は堂々と感染リスクの低い不要不急な行動を取り続けようと思っている。

 

なお、俺自身、どうしても感染したくないので、2020年2月以降、妻以外で一緒に食事をしたのは、義妹・甥と数回、友人夫妻と1回だけで、他の友人と会ってすらいないし、俺は無職で妻はリモートワークである。

外食は一人か妻と二人でするが、混んでいたりうるさかったりする店には入らず、空いている店に入り、店内では会話もほとんどしない。

でも、逆に個人旅行が危険だとは思わないので何度も行っている。

12月の石垣島は離島であったために旅行をキャンセルしたが、近隣への密でない旅行に関しては緊急事態宣言下であっても哲学的・科学的に考えて問題ないと思っている。

むしろ全員が旅行しなかったら旅行業界が滅んでしまう。

また、個人旅行より危険だとは思うが、スポーツジムにも行っている。

 

このように俺なりに考えて低リスクな行動を取るようにしているのだが、驚くようなニュースが入ってきた。

水道の蛇口を通じて大江戸線の運転士38名に感染したのではないかというニュースである。

もし、本当に蛇口が原因で38名に感染したというのであればスーパーも電車も無理で、今頃国民のほとんどが感染しているだろうと思うので、これだけが原因とはいえないだろうと思うのだが、注意の度合いは上げねばと思う。

 

話題を変える。

これだけ新型コロナ関連であれこれ考えさせられているのにこれまた超ド級の哲学的問いが迫ってきた。

TwitterGAFAが結託し、反社会勢力を封じる勢いでトランプ氏の発信する場を奪いにいったことについてである。

このことについて個人的にはものすごく釈然としていないし、もやもやとしている。

しかし、ものすごく頭の良い人たちが法的側面・哲学的側面から妥当性があると考えて、かつ、巨大権力を敵に回してまで行ったことなので、もっと深く考える必要があると思うし、経緯への理解も深めなくてはいけないとも思うため、この件について自分の考えをまとめるには時間が必要である。

しかし、ヨーロッパの首脳らが語る通り、国家レベルではなく民間企業が結託してこういうことをやってしまうのは危険だと思う。

日本の政見放送の自由さを見習ってほしいものである。 

いずれにせよ、プラットホームを持つビックテック企業が結託してこうした力を行使できる状態をこのまま野放しにするのは独占禁止法的な観点で考えても危険だということだけは確実にいえると思う。

  

話を変える。

年始に「逃げるは恥だが役に立つ」のドラマを録画して、それを今頃になって4年遅れでまとめ観して、一人でハマって、デタラメ「恋ダンス」をやってしまっているという極めて痛い状況である。

同じく今頃になって「鬼滅の刃」の放送を8話ほど観ている。

こちらは今のところおもしろいと思えていないのでちょっと辛いのだけどがんばって最後まで観たいと思う。

 

昨日、逗子と葉山の海岸沿いを散策した。

絶好かつお気に入りの散策ルートである。

最寄りのJR駅の新橋駅から逗子駅まで電車移動したが、行きは一両に3人程度の乗客で、帰りも空いていて密とは無縁、現地でも浜辺を歩いていただけである。

現地の人の大半はマスクすらしていなかったが、それで問題ないだろうと思った。

俺はよそ者なので現地の方々への礼儀としてマスクをしていたのだけど…。

 

f:id:gooddays-shumai:20210115111808j:plain江ノ島と富士山が美しく見えるのだが、写真では富士山がうっすらとしか見えない

 

f:id:gooddays-shumai:20210115111816j:plain葉山マリーナ

 

f:id:gooddays-shumai:20210115111825j:plain森戸大明神からも富士山が美しく見えるのだが…鳥居の上にうっすらとしか見えない

 

f:id:gooddays-shumai:20210115111833j:plain葉山御用邸を通り、長者ヶ崎まで歩いた

 

タスクに追われても料理は丁寧にしたい

自由人かつ子育てもしていないので自嘲気味に自称暇人と言っているのだが、時間に追われて生きている。

実は毎日多忙なのである。

自分のなかでやるべきと考えているのかやりたいと考えているのかわからないタスクが多すぎるのである。

投資判断・掃除・料理・買い出し・ゴミ出し・家計簿入力・日記書きなどは必要な活動として自分で承認している。

問題は不要不急かつ止められないタスクのほうである。

 

目を通すと決めている膨大な数のサイトの巡回・dマガジンでの週に15冊以上の読書・Kindleで買ったり図書館で借りた本の読書・1日に3時間分のPodcastラジオ番組の1.7倍速ながら再生・朝ドラやNetflixなど観ると決めている録画番組や映画鑑賞・友人らとの延々と止まることのないLINE・1回3時間週2~3日のジム通い&サウナ・散歩と街散策・さまざまなログの記録などに無駄に取られる時間が多すぎて一日フル回転で疾走している感じなのである。

併せて本ブログの記述のような無為極まりないことも行っているのであるが、仕事をしたり、子育てをしたり、その両方をしている方からしたらぶっ叩かれそうな時間配分の悩みである。

ちなみに睡眠は寝たい時に寝てアラームなどは一切かけずに起きたい時に起きているのだが、8時間は寝る。

 

うちの母ちゃんも庭の薔薇の世話(100坪ぐらいある)・録画したTV鑑賞・断捨離・家事などに日々追いかけられて生きていると言っている。

うちのご主人も母ちゃんもやましたひでこさんの断捨離の番組が大好きなのだが、お母さん(義母)も断捨離しなきゃといつも言っている。

ちなみに我が家は整理整頓や断捨離だけはする必要がないところまで常に行っており、台所のパイプのぬめり掃除ですら毎日行っている。

掃除は好きだから苦にならないのである。

 

このように時間に追われる日々を送っていると料理にかける時間をどんどん短縮してしまうようになってしまい、心のなかではこれではいかんと反省しつつ、なかなかそれが治らない。

うちのご主人がテレワークになったため、昼食は2人分を作るようになったが、夕食はうちのご主人が作ってくれることのほうが多く、料理をする回数が減っているのにこのありさまである。

朝食に関しては、俺は前日に漬けたチアシードとヒビタスヨーグルトと果物味のプロテインとはちみつを混ぜたものを長らく食べているが、うちのご主人には朝食を食べる習慣がない。

 

世の中には尊敬すべき人がたくさんいるけど、俺が常に尊敬をしているのが、世の中の働いて子育てをして食事をきちんと作っている親たち、残念なことにおそらくはほとんどが男性ではなく女性が担ってしまっていることが多いので、主に世の中の母親の皆さんたちである。

俺には子供を出産した経験も子育ての経験もなければ、弁当だとか大人数向けの料理を用意し続けた経験もなく、裁縫などもダメダメで、そういうことができる人に対して何もかもかなわないなという畏敬の念を心の底から持っている。

そのような方々が手早く食事を作ろうとさまざまな工夫をするのはとても望ましいことだと思うし、仮に丁寧に食事だとかキャラ弁を作っておられるのだとしたら脱帽モノである。

 

でも、俺のような人間が自分が食べるものに手を抜き過ぎるのはダメだろうと思う。

面倒くさかったり手が臭くなるのが嫌だからと味が落ちるとわかっていてもチューブのニンニクやショウガを使ったり、ドレッシングを自分で作らずに市販のものしか使わなかったり、サラダを和える手間を惜しんで切るだけのサラダばかりにしたり、市販の焼き肉のたれや「超おろしのたれ」や「マキシマムスパイス」で炒める調理ばかりになるようではいけないと思うのである。

決して「丁寧な生活」をするとは言わないが、簡単で良いから旬の素材の味をきちんと引き出すような調理をするようでなければ生活を大切にしているとはいえないのではないかと思うのである。

料理を用意し始めた頃にはベターホーム協会の「お料理一年生」と「お料理二年生」をきちんと読んで、昔の主婦が作っていたような料理をしていたのに、だんだんと面倒になり、食べる前から味がわかっているいつものレシピや会員になっているクックパッドの人気順レシピ上位のなかで簡単そうなものを選んで作るようになっているが、昔の主婦が作っていたような手の込んだ料理とまではいかずとも、素材の味を引き出すような料理をすることは心がけたいと思う。

また、本当はPodcastの番組を聴きながら、リスニング7・料理3ぐらいの注意力で調理をするのは良くないと思うのだが、これだけは止められないので、せめて炒める時ぐらいはイヤホンを取って調理したいと思っている。

 

普段からやらずに年始になってにあれやるこれやると述べるのは良くないと思っているのだが、今年は生きる上でとても重要な「食べる」という過程をもっと大切に考えたいと思っている。

 

f:id:gooddays-shumai:20210105201510j:plainとても気に入っている基本的な料理本。特に「お料理二年生」の麻婆豆腐のレシピは絶品でこれを自分の中での得意料理にしている 

 

f:id:gooddays-shumai:20210105201724j:plain緊急事態宣言になって Go To Eat のポイントの有効期限が切れては困るとたまたま1月3日に東京ミッドタウン日比谷のタイ料理屋さんに予約して昼食コース料理を食べていたら、座席から箱根駅伝の様子が見えた。これは創価大学の選手が駆け抜ける様子だが、まさかこの後に大逆転が待っているとは思わなかった

 

f:id:gooddays-shumai:20210105201734j:plain日比谷公園にはもう菜の花が!

 

f:id:gooddays-shumai:20210105201744j:plain同じく1月3日の銀座。この日は人が多かった