GOODDAYS

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沖縄本島

旅の概要

9月というのにまだまだ夏真っ盛りな沖縄を友人のT氏と2人で旅した。
沖縄本島をなめずるようにドライブしたので沖縄”本島”には”本当”に(…)詳しくなった。
途中で戦後最大の風の強さをほこる925ヘクトパスカル台風18号に遭遇したが、威力が弱まる前の沖縄の台風はさすがに迫力が違った(とはいえ、忍び込んだ高級ホテルのスパから、ガラスの外の那覇港の荒波を眺めていただけなのだが…)。

沖縄を旅して思ったことは、「沖縄はイイ」という事に尽きますな…
海は離島に行けば世界でも屈指のサンゴ礁があるといわれる海だし、琉球王国琉球地方の文化も独自でムーディーだし、沖縄料理も良いし、米軍基地に異国情緒を感じるしで(そりゃー和食とどっちかしかずっと食えないというのなら和食がいいが…)本当に良いところだと思った(もちろん、日陰の部分としての沖縄戦の悲劇[別項に意見記載してます]もあるのだが…)。

最近、沖縄は女性に人気があるというが、そりゃ~女性だけでバンコクに行くより安全だし、国内でこれだけ海がきれいで南国っぽかったら、言われなくとも人気が出るのもわかるというもの。

同じように南国っぽさをウリにしている私の故郷の宮崎県には「大掛かりな設備投資を伴う観光誘致は無駄な努力だから即刻やめなさい!」と言って小突いてやりたくなるわい。
残念だが、それほど自然面・文化面でのポテンシャルが違う(むろん、本土では宮崎が一番南国ムードたっぷりだし、宮崎は宮崎でそれなりにかなりいいところなのだが)。
「遠くから人を呼べる北海道と沖縄、近辺から人を呼べる東京や京阪神近郊以外は大掛かりな資金を投じて観光振興をしても無駄よ」と多くの県に対して言ってやりたくなりますわ(もちろん、宮崎もシーガイアのような大掛かりなものでなく、同じ宮崎県でも綾町のような身の程を知ったソフト面での観光振興ならばければどんどんやって欲しいが…)。


旅の日程

かなりの沖縄本島制覇ぶりがわかっていただけるのではないだろうか…。
もちろん、基地周辺や那覇周辺についてはあますことなく走破してある。

1日目 東京→那覇 那覇泊  

2日目 那覇→アメリカンビレッジ→嘉手納ベース→残波岬沖縄海岸国定公園恩納村)→瀬底ビーチ→屋我地島→名護 名護泊
 
3日目 名護→今帰仁城跡→嵐山展望台→辺戸岬→やんばる地方→海中道路→勝連城跡→コザ(沖縄市)→コザのクラブ コザ泊

4日目 コザ→那覇→ロワジールホテルの天然温泉スパ[台風直撃の日!] 那覇

5日目 那覇ひめゆりの塔ひめゆり平和祈念資料館)→首里城 那覇
 
6日目 那覇→斎場御獄→平和祈念公園沖縄県平和祈念資料館)→喜屋武岬→那覇


旅の概要

 
アメリカンビレッジ

那覇市から車で20~30分行ったところにある北谷(ちゃたん)町には沖縄のホットスポットであるアメリカンビレッジがあるのだが(写真上)、そのすぐ横にはこのような美しい海水浴場がある(写真下)。
一大ショッピングセンターと美しい海岸のコラボ…この辺が沖縄のすごさだと思う。
ただ、ちょっと護岸工事をしすぎている点だけが悔やまれるところである。

 
アジア最大の嘉手納基地(カデナベース)

上の写真は道の駅の展望台から見たカデナエアベースである。
とてつもなく広大な敷地にこのアジア最大のエアベースは存在している。
基地の東側のゲートの前には旧コザ市(沖縄市)があり、今はずいぶんとさびれていたが、昔は米兵が数多くいて、独自の文化を育んでいたようである。
私は今の寂れたコザしか知らないが、盛り上がっていたときに行ってみたかった。
でも、夜中には一応コザのクラブで遊んできました(ちょっと色々とありましたが…)。

 
残波にはこのような隠れ家的なエメラルドのビーチが点在している

 

残波ビーチ と 残波岬の周りの独特な景色

残波には残波ビーチを始めとするとてつもなく美しい砂浜や岩場が点在している。
本島にありながらこの世の天国を思わせるような美しさである。

灯台のある残波岬は断崖の絶壁が続いており、青々とした海を見ることができる。
なお、戦時にはこのすぐ南方の海岸からアメリカ軍は日本に上陸した。

 
どこまでも海が青い残波岬にて…

沖縄の美しい景色・すばらしいリゾートの多くは恩納(おんな)村に集中している。
人口は1万人ぐらいしかいないようだが、これだけ圧倒的な観光資源を有しているのだからなんとも欲張りな村である。
西海岸沿いのドライブは本当に最高で、真栄田(まえだ)岬や万座毛(まんざもう)などの絶景ポイントも数多く有している。

 
本島の中では屈指の美しさを誇っており、サンゴ礁が海底に広がる瀬底ビーチ

本部半島の先端のほうにある瀬底ビーチは沖縄本島の中でも屈指の美しさを誇るビーチで、ものすごく遠浅な海の海底にはサンゴ礁がびっしりとしきつまっており、サンダルを履いたままでないととても海底を歩くことができない…。
サンゴだけでなく魚やなめこが海底にたくさん生息していてびっくりした。
しかし、それにしても美しいビーチである。

 
世界遺産にも登録されている今帰仁(なきじん)城跡からと嵐山展望台からの絶景

琉球王国最大規模の今帰仁城は深い緑の中に存在しており、ここからの景色は絶景である。
なお、嵐山展望台からの景色もまた絶景である。
本部半島の隣には屋我地島があるが、この島にざわわと揺れるウージ(サトウキビ)畑は立派である。

 
辺戸(へど)岬には台風の影響で信じられないほどの高波が押し寄せていた

沖縄本島最北端にある辺戸岬には今考えても笑ってしまうぐらいの大波が立っていた。
写真ではわかりにくいが、高さ10mとかそんなものではなく、とてつもなく高い波が立っていた。
断崖絶壁になっていなかったら津波の連続だっただろう。
波が高くなっていたのは戦後最大の風の強さを誇る台風18号が接近しているためで、そんな中にいたものだから岬ではものすごい強風が吹き荒れており飛ばされそうになるぐらいであった。
もちろんこの風景は普段の辺戸岬の風景と違うのだろうが、これはこれでかなりおもしろかった。

 
上:海中道路 下:勝連城跡

 
勝連城跡からの景観

海中道路に行くまでは沖縄本島の東側の海岸沿いを走ったが、西側ほどの魅力は感じない。
本当はやんばるの森の中を縦断する大国林道を通ってやんばるくいなでも探すべきなのかもしれないが、通過するのに時間がかかりそうなので、海岸沿いを走った。

それにしても東海岸沿いというのは人気(ひとけ)がないものだ…。
金武(きん)町あたりに来るとやっと街らしきものが目につくようになるが、金武新開地はアメリカ軍のキャンプ・ハンセンのゲート前に広がる商店街でちょっとエキゾチックな感じがする。

そのまま金武湾を南下し、ものすごく浅い海の上に4.7㎞にわたってかかっている海上道路をひた走り、伊計島までドライブをした。
伊計ビーチで泳ぎたかったのだが、台風が近づいてきていて遊泳できるような様子ではなかったのでその願いはかなわなかった(またいつの日にか!)。

その後は勝連城跡へと行ったが、これまた見事な城塞で、ここからの景色もまた風光明媚であった。

 
上:ひめゆりの塔 下:普天間ベースの米軍住宅

左の写真は有名なひめゆりの塔で私が献花をするところである。
ひめゆり学徒隊が最後に看護活動を行っていた場所にひめゆりの塔はある。
隣接するひめゆり平和祈念資料館をじっくりと見学をしたが、ひめゆり学徒隊だけでなく数多くの女学生のことを思うと涙がでてきてしまう。

右の写真は同じ日の夜中に基地問題で揺れる普天間基地の米軍基地の住宅部分を撮影したものである。
アメリカ風の広い住宅が並んでいるが、いくらなんでもこの贅沢な敷地の使い方では沖縄に住む人たちの反感を招くだろうよ!と思ってしまった…。

 
上:弐千円札にも載っている首里城守礼門
下:首里城内部


守礼門と聞けば、さっぱり人気のない弐千円札を思い出してしまう。
ちなみに当時には、普段は「首里」という扁額を掲げ、中国からの冊封使がくる時には「守礼の邦(琉球は礼節を重んずる邦という意)」の額に変えたといわれている。

中山・北山・南山という3つの王国を1429年に統一したのは尚巴志で、首里に王府を置き琉球王朝を建国した(後に、1609年に島津氏によって侵略され、島津氏に服属する属国となって存続するが、1879年に「琉球処分」によって王朝は滅びる)。
この頃の琉球の王の名前というのは中国風の名前であることが多い。
やっぱり島津藩に征服されるまでは日本語はしゃべっていなかったのかな?と勝手に想像してしまう。
日本的な要素と中国的な要素との折衷となっているとのことだが、ぱっと見た感じには中国風の色彩のほうが強く感じる。

ところで、首里城の龍の爪は4本しかないのだが、これは当時の宗主国であった明王朝に配慮してのものだったとのことである(何故か日本の場合は3本らしく、その理由については諸説たくさんあるため、きちんとしたことはわからないのだが、日本人にとっての龍は中国人にとっての龍ほど重要じゃないのでどうでもいいかなどと思ってしまう)。
しかし、中国は中世の歴史だとかこんなところから「沖縄はそもそも中国のものだ」だとかふざけたことを言うことがあるが、「アホ抜かせ!」って感じである。

 
上:小高い丘に立つ首里城からの景色
下: 再現された首里城正殿


首里の地下には日本軍の指令壕があったためにアメリカ軍の激しい攻撃を受け、首里城はほぼ完全に消失(正殿はその過去にも3度消失している)したのだが、1992年に国営沖縄記念公園首里城公園として再建された。

 
斎場御獄(せいふぁうたき)にて

斎場御獄は琉球の聖地中の聖地で、国の重要な神事を行う場所として限られた人しか入れなかった場所でまた男子禁制の場所でもあったという。
しかし、右の写真にはその聖地でバチあたりなことをしている輩がいます。

 
平和祈念公園にて戦没者に祈りを捧げる

平和祈念公園にはひめゆりの塔および資料館とは別の日に訪れた。
ここにも沖縄県平和祈念資料館という資料館があるのだが、ここは規模の大きな資料館で色々と知ることができるのだが、当然ここでも涙がちょちょぎれました。
旅中に食した沖縄料理の数々
沖縄で食べた料理の一部を写真に収めました。
沖縄そば
どん兵衛」に似た味…

ゴーヤチャンプルー
苦い!
ラフティー
言わずもがな…
ミミガー
コリコリして美味い
海ブドウ
プチプチした植物

ヒラヤーチー
沖縄風お好み焼き
タコス
ボリュームたっぷり
鉄板焼きステーキ
国際通りのお楽しみ
コザで食べた定食
豪快かつアメリカン!
沖縄薬膳料理1
多種多様です!
沖縄薬膳料理2
長生きしそう…