自分の知らないことを知ろうとする努力はしたほうが良い、違う考えの人の意見にも耳を傾けるほうが広い視野を持てると思って生きてきた。
100人いれば1番目なのではないかと思うほどにいろんな情報を浴びまくって生活してきた。
しかし、新型コロナ禍になって特にそうなのだが、読むと不快な気持ちになる記事やコラムに出くわす頻度がかなり多くなっている。
鬱屈した今の時世に気の重くなる記事や根本から考えが違う人のコラムを読むとどんどんストレスが増えていく。
これまで尋常ではない量の文章を読み続けたことにより、いろんな角度から書かれている文章を読んでも新たに得られることがほとんどなくなってきている。
また、見出しを見ただけで書いてあることの8割を想像できるようになっているし、どういった見出しが釣りのクソ記事であるかということについても大体の判断がつくようになった。
そして、もう十分な基礎知識を蓄えたので、今更、無知であるがゆえに煽られて偏った意見を持ってしまうかわいそうな人になってしまう可能性も低い。
そもそも世の中のあらゆることに詳しくなる必要など全くないし、俺自身が知識を増やし続けていたとしてもそれは純粋に娯楽としての行為と位置づけており、むしろ、それを役立てることを嫌っている。
そういうわけで、今後は読むと負の感情を抱きそうな記事やコラムを読むことを止めることにした。
もちろん、違う国で起きている悲惨な出来事をインプットすることを止めるようなことはしないが、クソみたいな記事やコラムに接するのはもう止めようと思ったのだ。
世の中にはどうやっても腐った人というのが5%程度いると言われるが、嫌な気持ちになる文章の多くは声高な彼らが書いていると思うことにして無視することにした。
とはいえ、問題なのは1をあたかも100であるかのように伝える、まさしく性根が曲がっているとしか思えない人の比率が新聞社をはじめとするマスコミで異様に高いことなのだが、個人として彼らのクソな所業につき合うのはもうたくさんである。
普通の人だったら誰でもやっているようなことを述べたのだが、これまでの俺はそうではなかったのでわざわざこの場で述べた次第である。
そうすると決めて、新型コロナの感染者数が増え続けているなかにおいても、ここ数日は余計なストレスが幾分か減った気がしている。
まあ、連日のオリンピック観戦での一喜一憂の疲れは相当なものなのだが…。
8月2日の夕方は雨が降ってたまたま涼しくなったので大会中の選手村付近へ。入口に選手らを乗せたバスが入って行っていた。周囲に見物人がいるかと思ったがほとんどいない
白人選手が多く乗ったバス。窓から手を振ってくれたが写真はピンボケ
もう片方の搬入出口には10名ぐらいの人だかりができていた
搬入出口付近に五輪車両が駐車されていた
豊海埠頭から見た選手村の夜景
タワマン群と比べると電気の点灯率が低いことがわかるが、短期間の滞在しか許されないのでしょうがないわね…
豊海埠頭からのレインボーブリッジ。選手村からも同じような景色が見えるはず
なんだかんだ言って、竹芝方面の夜景が一番きれいかもしれない…