GOODDAYS

東京の真ん中で仙人のように生きる俺のつぶやき

これからの社会は個人の健康が圧倒的に重要となる

前回にもさんざん述べたが、社会資本のレベルと、カスタマーとして享受するサービスのレベルと、安全・衛生のレベルが異常に高い平和な日本において、個人の健康以外の問題点に関しては「嫌だったらやめる」ことさえできるようになりさえすれば、そのほとんどが解決すると思っている。

上記のような条件がそろった日本において、健康と貧困以外の悩みの種を挙げるならば、いじめ・会社・家族・友人・近所や地縁といった人間関係の悩みということになるが、逃げることができればこれらの悩みは解決する。

他に死別などの悲しさや介護の悩みも大きいと思うが、前者は耐えるしかなく、後者は社会全体が個人を支えるしかないと思う。

また、満員電車に乗る人や長時間通勤の人も辛いのかもしれないが、それが辛ければ地縁や居住環境を多少捨てて住む場所や働き方を調整すれば良いと思う。

 

俺には子供がいないので子供がいじめについては想像でしか考えられないが、子供がいじめられたらすぐに隣の学校に転校できるようになればいいと思うのだけど、まだそれが社会的に奨励されていないのは残念なことだと思う。

学校内のしくみをあれこれ考えることも大切だが、逃げられる仕組みを作るほうがずっと簡単で効果があると思う。

高校になれば学力別に学校が分かれるが、そうした理由によって転校が難しいという場合でも、高校生にもなれば暴力によるいじめはほとんどないだろうし、高校生にもなれば心の中や外部に違う世界を探すことも可能だから学校で孤独だったとしてもそれに打ち勝つことができるのではなかろうかと思う。

また、これとは別の話だが、今の時代は多少は学校に行かなくてもネット動画や受験アプリで勉強できてしまうのではなかろうか、そしてむしろそちらのほうが効果が得られるのではなかろうか、過程はともかく要は18年かけて大学受験をクリアすれば良いわけでしょ?…と、きちんと事情を知らないながらではあるものの思ってしまったりする。

 

俺は儒教的な上下関係を強く嫌悪しているが、日本の悪い点はここに凝縮しているとともに、新卒採用による終身雇用と年功序列賃金制度の慣例と再挑戦が難しい労働慣行が労働者を逃げられない環境に追い込んでしまってきたように思う。

20代の青年と40代のおっさんを完全に平等に扱う社会風土であったならば就職氷河期によるロストジェネレーションなんて生まれずに済んだはずなのだ。

新卒採用・終身雇用・年功序列賃金制度がなくなっていけば、キャリアがない中高年だったとしても努力とやる気次第で雇われるようになるはずである。

キャリアのない中年がキャリアのある中年と比較されることを余儀なくされてきたからどうにもならなかったわけだが、諸外国のようにキャリアのない中年がキャリアのない青年と比較されるのであれば、たとえ中年であっても個人の努力とやる気でカバーできるはずなのである。

 

…とこれまでの日本には様々な息苦しさがあったが、これまで個人に逃げることを許さなかった日本社会は今になって新しいステージに切り替わってきた。

それは少子高齢化と金融緩和政策による働き手不足の発生とそれを受けての失業率の低下と賃金上昇、および、社会政策としての最低賃金上昇政策と同一労働同一賃金政策によって新たに発生したステージである。

本来は解雇規制の緩和をすべきところを70歳までの継続雇用を努力義務化するといった政策や、外国人労働者の大量受け入れをするといった逆行的な政策を政府が打ち出してもいるが、逆を言えば霞が関の官僚が計算するにはそのような手を打ち出し、かつ、副業を奨励したとしてもそれほどまでに労働者が足りなくなると予測し、顔を青くしてそのような手を打ったということでもある。

また、世の中は圧倒的に進化して、儒教的・体育会的・昭和オヤジ的な負の要素がネット上などで徹底的に叩かれるすばらしい世相になってきた。

要は、嫌ならば逃げられる社会が近づいているということであり、個人に苦痛ばかりの根性論を強いたり、個人を過度に追い詰めたりすることができない社会がやっと実現しようとしているのである。

まさに働き手不足社会の到来は労働者にとっての福音といったところである。

 

ベーシックインカムがあれば言うことはないが、とりあえずはどこかに勤め口があり、最低賃金でも食べていけるような社会になれば会社を辞めても生きていけるようになる。

最低賃金が上がりさえすれば、ブラック会社を辞めてもアルバイトをして生きていくという選択肢を取れるようになるし、ブラック会社も淘汰される。

そして、実際に最低賃金の上昇がなくても収入下位層の賃金は上がり続けていて、中位層の賃金は上がっていないものの、上位層と下位層の賃金は年々上がり続けている傾向にある。

 

逃げてもその後の生活の見通しが立つようになれば、ブラック会社や職場の人間関係の行き詰まりから逃げることが可能となる。

辞めようにも辞められないという人も退職代行会社を使うなり、法に則って動くなりすれば辞めることはできる。

そのためには、最低賃金のさらなる上昇が行われていく必要があるのだが、もし、中小企業の経営者が「最低賃金を上げたら会社が潰れる」というのであれば、とっとと会社を潰して他所で働いてもらえば良いのである。

 

アルバイトで生活をするのが大変な例としては子育て中の親が思い浮かぶが、夫婦ともにアルバイトをして食べられるようになれば言うことはないものの、行政による子供および一人親への支援、離婚親の共同親権の導入とそれに紐づいての養育費の差し押さえを確実に行えるようになれば家庭が貧困に陥る確率は格段に下がると思う。

マイナンバーの強大な力をそのために使っていくというのであればほとんどの人は賛成するはずである。

また、言論世界ではこういった意見で溢れているので、こうしたことが実現するまでの道のりはそんなに遠くないのではなかろうかと俺個人は予想している。

なお、思考回路がおかしかったり、しかるべき手続きを履行する能力が欠如していて貧困に陥っている人はどうやったって救えないと思うのだが、こればかりはどうしようもないのではなかろうかと思う。


会社や貧困への恐怖以外の悩みとして、家族・友人・近所や地縁の悩みが挙げられるだろうが、住む場所を変えて疎遠にすればほとんど解決するだろう。

仮に友人を切って孤独になったとしても、悩みになるような友人と別れて一人になったほうが精神衛生上よほど良い。

 

介護の悩みに関しては少子高齢化が進む中で莫大な社会的コストが必要になっていくだろうが、介護に関してはどれだけコストがかかったとしても安心してプロに任せられるような制度を整備・維持していくほかないだろうと思う。

もちろん、猪瀬直樹氏が叫んでおられるように医療のムダを省く方向にシフトしなくてはならないし、予防医学的な政策もどんどん進めていくべきであり、こうしたことをきちんと行ってのことだとも思う。

 

このように考えていくと、これからの社会においては、個人にとってかけがえのない個人の健康こそが圧倒的に重要ということがわかってしまうのである。

 

台湾の新幹線内。パッと見ただけでは日本の新幹線としか思えない…