GOODDAYS

東京の真ん中で仙人のように生きる俺のつぶやき

若者が動けば無毛化が進むかも…

今回は下ネタ的要素を含みますのでご注意を…。

概して若者の見識は高くないが、それでも新しい文化を作るのは若者たちである。

今のうちに言及しておくこととするが、男も腕や足の体毛の処理をしなくてはならない時代が遠くない未来に来るのではないか、そういう文化を若者が作るのではないかと思う。

ある時から急に大多数の若者が体毛の手入れをし始め、毛もじゃのおっさん達を激しく差別し始めるという悪夢が今のうちから頭によぎるのである。

おっさん達は若者に差別されても「フンッ!」と泰然自若に構えれば良いだけなのかもしれないが、耐えられない軟弱おっさんは若者の流れに迎合し始めるのだろうとも想像する。

どうあがいても毛もじゃよりは無毛のほうが見た目に良いため、コンセンサスさえ形成されれば流れは早いのではないかと思う。

 

処理の範囲は手足だけになるか、ワキ毛刈りまでとなるか、ワキ毛剃りまでとなるか、下の毛の処理にまで波及するかはまだわからないが、ヨーロッパでは既に下の毛にまで波及しているようだし、日本でもそういうハイジニーナな漢のことを「ハイジ男子」と名づけられているそうである。

こういった呼称は誰かが無毛化の流れを焚きつけるために作ったのだろうが、清潔かどうかという観点で見れば昨今「介護脱毛」「妊活脱毛」という言葉が出てきていることからもわかる通り、下の毛もやっちゃったほうが間違いなく清潔だと思う。

 

「VIO」という言葉で語られることのあるデリケートゾーンがテュルテュルならば、拭いたトイレットペーパーが“こより”のように周辺毛に絡まるリスクもほぼゼロとなるだろう。

さらに下品な話となるが、モテ男の代表であるリリー・フランキー氏が週プレの連載上で異性交遊の前戯時に、こよりのように絡んだトイレットペーパーを「気づかせないように食うのが思いやり」「これまでロール2本分は食った」というようなことおっしゃっていて、このくだりは俺の心に深く刺さった。

潔癖症の俺だと食ってしまえずにそっと指でこよりを引き抜いていただろうから、自らの心の狭さを反省するとともに氏の無双ぶりに深い感銘を受けたのだが、そもそも毛がなければトイレットペーパーは絡まず、こよりは発生しないはずである。

どうりでVIO脱毛が流行るわけである。

 

逆に、話し言葉に関しては時代を追うごとに男性化が進む一方である。

「~だわ」という活用形を用いるのは昔は女性と相場が決まっていたが、今は50代以上の女性か、オネエか、男同士の会話において、「いや、あそこのラーメン、マジ美味かったんだわ」と全く違うオヤジなイントネーションで話すかでしか使われない活用形となってしまっている。

 

しかし、見た目の分野に関しては、欧米で下の毛は処理するくせにヒゲ面は流行るという珍奇な現象が生まれているとはいえ、世界的な女性化・無毛化シフトが進むばかりである。

俺が1999年に中国を旅した時、既に上海の若い女性のワキ毛はなかったものの、北京のうら若き美女たちのワキ毛はマジでガッツリとボーボーだったのだが、おそらく今の北京の女性のワキはボーボーではないはずである。

とはいえ、近年の欧米では全く違った流れも発生している。

アメリカでは女性がスネ毛やワキ毛を伸ばす運動が起きていたりもするので、もしかしたらどこかで時代の流れが反転して男性化・脱無毛化シフトが始まる可能性もゼロではないのかもしれない。

 

しかし、俺は無毛化が進むほうに一票を投じることとする。

潔癖症なのでより清潔なほうがいいように思うし、スネ毛や腕毛がボーボー生えているのを見るのはどうしても美しく思えないし、指毛が長い人の指を見ると心がざわざわしてしまったりもするのだが、無毛の人を見てそういった気持ちになることはないからである。

ラグビーワールドカップでほとんどの選手が足の毛を処理していたように見えたのにはとても好感を持ったのだが、そう感じる人の割合が高まれば流れは一気に変わるのだろうと思う。

 

ウズベキスタンで「写真を撮って!」と声をかけてきた、かなり若くかわいらしい女性二人組がいたのだが、俺の視線は足に行ってしまった…

 

こちらは埼玉県新座市にある平林寺境内にて。武蔵野の美しい林が残っている。紅葉の前に訪問したが、紅葉の時はすごいだろうなと思った