GOODDAYS

東京の真ん中で仙人のように生きる俺のつぶやき

災害と社会の動きについて

東京では台風が峠を過ぎたし、うちは川沿いにあるのでビジュアル的な怖さはあったものの何事もなく済んだが、停電の件数もかなり多いようだし、被害各地で被害状況が明らかになるのが本当に怖い。

 

それにしても東京の機能がここまでストップしたのを見たのは初めてかもしれないと思った。

わかっていたことではあるが、首都圏において鉄道網は血管とでも呼ぶべきものだったのだなと痛感させられた。

裏を返せば鉄道が止まればほとんどの会社は堂々と休業できるということである。

もちろん出かけることはないが、営業している店があったのかどうかを好奇心で確認したかったぐらいである。

家から外を眺める限り、道路を走る車は少ないものの台風のピーク時以外は全くなかったというわけではなかったし、近くのコンビニもずっと開いているようである。

そして、川の向こうに見える朝日新聞社の電気は煌々と点いているが、新聞は今朝も配達をしたのだろうか、明日の朝も配達するのだろうかと思わずにはいられない。

 

しかしながら、とにかく無理をしないという方向に社会が変わったのはすごく良いことである。

昭和的なゴリ押しの儒教社会に対してハラスメントを訴える動きが平成の最後に起き、令和の時代には、少子高齢化によって労働者が不足する社会の到来も相まって労働者と消費者の立場が適正化する、もしくは逆転するところまで行くのかもしれないと思わされる世相だが、ハラスメントを叩く動きが一気に高まったのはやはりSNSの力によるところが大きいのだろうと思う。

つぶやきの力と拡散力によって、特に大企業は労働者に対して強引な手を打ちにくくなったわけで、これは個による集団、労働者による使用者への勝利とでも言うべきものでもあるように思う。

 

また、このところの世の中の動きで、災害時における社会的コンセンサスが一気に形成されたようにも思う。

災害の際には備蓄や備えを自己責任である程度やっておくこと、避難は「正常化バイアス」を持たずに的確に行うこと、宿直対応が可能な官公庁・インフラ・病院・ホテルなど以外で災害の時に営業する会社はクソ会社認定ということ、災害後に交通が混雑している際に無理して不要不急な出勤をさせる会社もクソ会社ということ、などなどといった社会的コンセンサスである。

 

そして、これらの急激な変化から、一旦世の中の流れが変わったら一気に変わるということも確認できたわけで、人口減少および少子高齢化を迎える日本社会が将来に必ず行わなくてはならない負担増を伴う数々の変革もこの調子で乗り切ることができるのかもしれないと思い、その点では心強い気持ちになった。

 

ところで、先日の関西電力の不祥事を論外と思ったのはもちろんであるが、この件に関しては、世の中には正当な権力移行の手続きを踏んでいないのに何故か強大な権力を有している「ドン」的な人物の跋扈していることをまざまざと見せつけられたという側面もあった。

昨年のスポーツ界での不祥事でもさまざまな理不尽が露わとなったが、こうした理不尽を社会から排除しようとする流れはますます強まるだろうし、是非ともそのようになっていって欲しいと思う。

しかし、社会を一気に変化させていくうえで最も大きな力を持つ政治の世界が最も古臭さを色濃く残す世界だから困ったものだとも思う。

などということを台風を眺めながら思った次第である。

 

うちの真ん前でも隅田川の遊歩道は水没していた