GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

日本の権力構造と自民党総裁選

 

文書主義と分業

無学なもので勉強できていないことを恥じるのだが、いずれ勉強してみたいと思っているのが、国家統治だとか組織のメカニズムについてである。

世界の王朝だとか中国の科挙の時代からあったように、官僚制というメカニズムは、法律と両輪を成して国家運営における大きな役割を果たしてきたのだが、規則・権限・階層・上意下達・専門性・文書主義などといった官僚制の原則に沿って国家が有機的に動いてきたわけで、人類の英知のたまものだと思う。

全体をきちんと把握しきれている者は誰もいないのに、文書主義を通じて有機的に連鎖してその機能を果たすわけである。

その結果として、トランプ大統領レベルの知性の持ち主や、バカな独裁者でも国を動かせるわけである。

法治主義国家においては全国民が法の利害関係者なのだが、読む気もしない保険契約の約款と比べ物にならないぐらいに分量が多いので、まともに全部を読んだことがあるのは司法試験を受ける者ぐらいであり、また、文書主義とはいえ、公文書を横断的に読み込むには人の人生は短すぎるのだが、分業によって国家組織が有機的に連鎖して動くわけである。

 

民主主義国家は法律により定められ、選挙の結果によって行政の長政党政治によって間接民主政を支える議員が選ばれるのだが、行政府の長が方針を決め、国会が法を決めることはできても、細かい部分にまで目をやるには国家組織はあまりに巨大かつ複雑怪奇過ぎるわけで、結局は官僚制の原則に基づいて国家運営がなされている面が大きいわけである。

 

国を動かしているのは官僚 

アメリでは政権政党が変わると官僚の上級職も多くが入れ替えになり、法律の多くは議員立法なので、まだ行政と立法において政治家が負っている面が大きいが、日本は政権が変わっても官僚の入れ替えがほとんどなく、また、多くの法律は議員ではなく、その道のエキスパートである官僚が作ることが多いわけで、行政においても立法においても実質的には官僚の集合体が動かしている国であるといえる。

しかも、今でこそ官僚の人事権を握る内閣人事局ができて、無力だった政治が多少は力を持ったが、政治家よりも官僚が力を持ち続けることを良しとする朝日新聞毎日新聞内閣人事局への批判を延々と続けているし、族議員の意を汲むならともかく、官僚が官邸の意を汲むという当然の行為に対してですら「忖度」と述べて批判の道具にする。

なお、俺は、民意で選ばれていない人事院総裁の谷公士氏が、国家公務員法改正の際に異常な抵抗を見せたことに対して殺意に近い感情を抱いたことをいまだに忘れていない。

 

政治家が力を持つアメリカでは支持者や圧力団体の意を汲んだ議員が愚かとしか思えないような偏った法案を次々に提案するのに対し、主に官僚が法律を作る日本では誰が見ても愚かと思うような法律はさすがに提案されにくい。

日本の地方自治体は連邦国家のような地方自治権を持っておらず、しょせんは憲法の第8章で定める程度の出先機関的な権限しか持たない地方行政団体に過ぎないのだが、それに対して中央官庁の官僚は、法律を作るだけではなく、徴税と予算配分を含め、数多くの許認可権を持っており、その力は絶大なうえ、困ったことに政治家よりずっと頭が良い。

政治家の知的レベルに応じてルビをつけるなどの工夫をしてレクチャーして差し上げるほどに両者の頭の良さには差がある。

このように民意で選ばれていない官僚の実質的な力が強すぎるのが日本の権力構造の特徴だが、だからこそ、民意で選ばれた政治家が官僚の暴走を抑えつけなくてはならないし、そのためには官僚を震え上がらせるぐらいにまで政治権力を集中させなくてはならない。

権力というものは分散していては力を発揮できないものだからである。

 

小選挙区制の力 

俺は、風に乗って当選するチルドレン政治家をたくさん生むというデメリットがあることを重々承知しながらも衆議院選挙制度については常に小選挙区制を支持し続けているのだが、それはこの制度が、官邸に独裁といって良いほどの巨大な力を持たせるというメリットと、もし官邸が運営を誤ったならば高い可能性で政権交代を起こすことができるというメリットという、相反しながらも不可欠な2つのメリットを併せ持つからである。

この巨大な2つのメリットの前においては中選挙区制への懐古的な議論など取るに足らない議論であると、いとも簡単に断言してしまえるわけである。

 

政権交代が起こる可能性があることは民主党政権とその後の自公連立政権が成立したことで実証されたわけであり、この事実は日本の民主主義がきちんと機能しているということと、小選挙区制の制度設計通りに事が運んだことを証明した。

同時に、政権交代をしてもかなりの部分において継続性を伴った行政が行われたため、大きな混乱を起こさずに済んだのだが、この事実からは国を実質的に動かしているのはやはり官僚で、政治家の力が小さかったということを理解できた。

内閣人事局ができたはいえ、日本では政権を交代してもほとんどの官僚を入れ替えないために混乱が起きないわけであるが、政治が官僚を抑えつける力を失ったら共産党員が好き勝手にやっている中国のような国になってしまうわけで、官僚の集合体に対峙するために民意を代表する政治であり官邸が巨大な力を持つ必要があるのである。

なお、政党の候補者の決定権は党の執行部が持っていることが多く、小泉政権郵政解散でその威力が発揮されたが、衆議院中選挙区制に戻したら再び派閥の領袖が力を持ち、官邸の力が弱くなるので、官邸が官僚に対峙できなくなる可能性がある。

 

議院内閣制について

俺も昔は三権分立という意味において、国のトップを国民が直接選び、そのトップが強大なリーダーシップを持つ大統領制・首相公選制のほうがいいなあと思っていたが、行政の与党議会の与党が違っている時に機能が滞ってしまう他国の様子を見てむしろ効率が悪いと思うようになった。

それに対して議院内閣制は、議会の多数派が行政を握るために行政と立法の対立が起きないというメリットを持ち、さらに、直接選挙においてトランプ氏や小池百合子氏のようなトップを選んでしまうというような事故を起こさないというメリットも持っているので、議院内閣制のほうがずっと良いと思うようになった。

 

なお、議会制度においても上下院の与党が違う場合には機能がストップしがちなのだが、下院の優越の度合いを強めるか、もしくは、一院制にすることによってそれを防ぐことができる。

残念ながら日本の下院である衆議院は首相指名・予算案・条約の承認においてしか優越しておらず、日本の国会は参議院の力が強すぎるという構造上の弱点を持っている。

安倍政権は衆参両院で多数派を握る珍しい状況にあるから法を通すことができる。

 

というわけで、1994年に成立した衆議院小選挙区と2014年の内閣人事局の設置によって官邸が独裁に近いほどの絶大な権力を握るようになったのだが、日本の国家機構においてはそれぐらいでないと官僚の力を抑えつけることができないと思う。

政党間および党内の権力闘争を勝ち抜いた官邸絶大な権力を持ち、官僚の集合体に対峙するという今の権力構造は悪くないと俺は思っている。

 

政党と首班指名の権力構造

政治家を選出するのは国民なのだが、選挙において国民が選ぶことができるのは実質的には政党だけであり、政党のトップを選ぶことはできない。

政党政治において政党のトップを選ぶのは議員と党員だけであり、選挙における投票行動というのはパッケージ化された2つ以上の政党から1つを選ぶという程度のことに過ぎないわけである。

民主党政権を誕生させる力を持っているという意味では民意の力は絶大であるが、選挙民の裁量というのは所詮その程度なのである。

よく、「民主主義国家では選挙に行かないと発言権はない」と言う人がいるが、一面においてはそれは真実であるものの、一面においては真実ではないともいえるのである。

 

自民党総裁を選ぶのは現役議員と彼らとある程度紐づいた党員である。

自民党総裁は現役議員が作った派閥のトップに誰がなるか、派閥間の戦いで誰が勝つかという狭い世界での熾烈な権力闘争党員票という変数によって決まるわけで、やはり昔も今も首班指名を巡る権力闘争は派閥の戦いなのである。

そうでありながら選挙候補者の決定権党の執行部が持っているわけだから、その権力闘争はオセロのごとしであり、現執行部に反旗を翻す候補者はそれを踏まえて反旗を翻すことになる。

場合によっては郵政解散時の小泉氏のように対立候補を擁立される可能性すらあるということを覚悟しながら反旗を翻すわけである。


安倍政権の恐ろしいところは、一見右寄りに見えつつも、実は右から左まで総花的に政策を盛り込んで、左の者が訴えることがほとんどない状態を作ることで野党に何も言えなくさせてしまったことだが、さすがに野党がこの体たらくでは自民党が腐敗する可能性が出てくるので是非とも頑張って欲しいところである。

 

政権が正当性を持つためには選挙の洗礼が不可欠である

このように絶大な権力を誇るようになった現在の日本の総理大臣だが、選挙の洗礼世論調査の結果にだけは弱いわけで、そういう意味ではやはり民主主義のチェックが機能しているといえるし、選挙に勝った首相と支持率が高い首相の立場は圧倒的に強いともいえる。

 

自民党議員でもない俺が言うのも変だし、日本の首相には解散権があるので難しいと思うのだが、自民党総裁選は総選挙の前にやって欲しいし、選挙で選ばれた首相には4年間を全うして欲しいとも思う。

自民党総裁任期満了とともに小泉氏が辞任してから以前の自公連立政権がおかしくなったのだが、自民党民主党政権が追い詰められた後に解散せずに辞任して政権をたらい回しにして、選挙の洗礼を受けていない政権が次々とできたから短命に終わったのであって、鳩山由紀夫氏ほど失点を重ねない限りは選挙で勝った首相は国民の強い支持を得られるものなのである。

 

今回の自民党総裁選では安倍氏の勝ちが間違いなさそうだから良かったとは思うが、選挙の洗礼を受けていない首相の誕生は国民の負託という意味においてはどうしても正当性に劣るのである。

それにしても、6年間もじっくりと考える時間があったというのに、インフレ目標の修正をにおわせ、消費増税財政再建を行うと述べ、アベノミクスのトリクルダウン効果を批判しつつ、地方の中小企業農水業を重視すると真顔で訴えられてもなあ…と石破氏のセンスの無さにほとほと呆れてしまうわけでもある。

 

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