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  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

昭和天皇と靖国神社③

私は、以前より、「もはや経済大国となってしまった中国を騒がせると経済面の足を引っ張られるから、靖国参拝を問題化させなくていいのでは?するにしてもお忍びで参拝すればいいんじゃないの?」という打算的な考えを持っている。

 

しかし、小泉首相の「心の問題であり、他国に言われる筋合いはない」という頑固なまでのメッセージおよび姿勢は、評価してしかるべきものであると、心の奥底では思っている。

もちろん、「実は小泉首相は中国や韓国へに対する日本国民の警戒感を促そうとしているのではないか?」という意見もあるように思う…。

まあ、どう考えても、「たがいに内政干渉はしない」とうたった日中平和友好条約の1条と3条を平然と破り続けている中国よりは明らかに利がある。

 

昭和天皇が「A級戦犯」を合祀したことに反対されていたのは、やはり担がれたとはいえ、東条英機氏や松岡洋右氏などが祀られることに強い抵抗があったということと、被害者である近隣国の反発を招いたことによる重圧を強く感じられたからなのであろう。

この昭和天皇の精神性は高く評価されるべきではあるが、これは戦時の天皇という過酷なまでのプレッシャーから発せられたご意見であることもまた間違いのないことである。

そして、自らのご意見を政治利用されるようなことがないよう、ご意見を一切表にされてこなかった昭和天皇の姿勢についても考慮せねばならないわけで、もしかすると、日経新聞のこの報道に一番憤慨しているのは、昭和天皇に引き続いてご意見が政治利用されることを避け続けておられる今上天皇かもしれないのである。

 

私は、日本人として抱く妥当な認識は安倍氏の認識に近いものなのではないかと思うのだが、いずれにせよ、戦後の日本社会において、毎度ろくでもない方向に導いているのは、朝日新聞筑紫哲也氏や日教組のような思考を持つ方々である。

 

わが国には246万6,532柱が祀られる靖国神社および海外にて戦死した無名戦士など約35万柱を祀った千鳥ヶ淵戦没者墓苑という、一般民衆ではなく軍人を祀った追悼施設しか国を代表する追悼施設として存在していないことや、靖国神社神道の追悼施設であることに反発を感じる○価学会員などの方々のためにも、国立追悼施設の建立もしくは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方向性は探ったほうが良いと私は思う。

 

とはいえ、本当は、国立追悼施設もしくは千鳥ヶ淵戦没者墓苑靖国神社の両方を首相を含めて誰もが参拝できる状況が望ましいとも思う。

何故、両方とも必要なのかといえば、靖国神社に祀られた霊・無名戦士の霊・一般民衆の霊などすべての霊を国立追悼施設において追悼することになるであろうとはいえ、ほとんどの軍人は「靖国で会おう」と言って、死後は靖国神社に“英霊”として祀られることを想って戦死したわけだから、戦死したほとんどの軍人にとっては靖国神社のみが魂の入った追悼施設と位置づけられるからだ。

たとえ、あの戦争が間違った戦争であったとしても、ほとんどの戦死者が間違った戦争における犠牲者であったとしても、そのように祀られることを望んで死んでいった霊をそこに祀らないというのは残酷なことのように思う。

 

靖国神社にて