独断と偏見でアイドルを皮切りに日本社会を斬らせてもらう。
あくまで私見なので意見が違っても怒らないでくだされ…。
NHKの大河ドラマで、最近は連続でジャニーズ系を主役にしているが、あれは誰に媚びてああやっているのだろうかと思う。
とはいえ、個人的に新選組モノが好きなので新選組のほうは強い興味を持って見ていたのだが、香取慎吾氏の演技は初めは酷かったものの、だんだんと良くなっていき、その様子が近藤勇の成長とダブったので許せたし、周囲のキャストが実力者揃いでとても良かった。
義経のほうはタッキーが主役と今一つ現実感がないし、どうせフィクションだらけであろうし、一話も見ていないため評価のしようがない…。
しかし、ジャニーズを連続で主役に採用するのはいかがなものかとは思ってしまう。
もっと演技の世界で実績のある人を主役にそえるべきであろうと思うのだ。
ジャニーズといえば、「世界でひとつだけの花」がいくら良い歌でも、SMAPが歌っているという時点で私は全く共感できなかった。
作詞作曲を手がけ、SMAPより歌が上手いマッキーが歌うほうが良いだろう。
まあ、あれに共感できる日本人が多いことは良くわかっているからこれ以上ケンカを売りたくはないが、歌わされているだけの人々がまるで自発的にメッセージを発しているかのように演出されるしらじらしさに対して私は全く共感できない。
話は変わるが、私はモーニング娘。のことが嫌いではない。
むしろ、先日“卒業”したメンバーの石川梨華さんの顔はどんな芸能人の顔よりも好みである。
ちなみに、どうしてもビキニ写真が見たくて、生まれてから唯一買ったアイドル写真集が石川梨華写真集なのだが、ああいった素人同然の子供達が世の中を席巻する日本社会にはいびつというか幼稚で貧弱なものを感じてしまう。
「ロリコン&未熟文化日本バンザイ!」などと言っている場合ではないとマジで思う。
ああいうものに本当に「萌え」といった感情を抱く貧弱な大人を街中で見ると、意地悪な私はからかいたくなる。
かなり前に、いい大人ともいえる22歳の矢口真里さんの恋愛が露呈し、「アイドルだから」という理由でメンバーを脱退したが、ファンの間に「アイドル=恋はご法度」などというニーズが本当にあるのだとしたら、そういう社会自体がもう情けないやらなにやらで嘆かわしくなってしまう。
大人のファンたちが「辞めないで!恋してもいいから…」と大真面目に署名活動などをしていたらしいが、なんともやりきれない気持ちになる。
しかも、ジャニーズファンの粘着ぶりはモーヲタ以上のものがあるから余計に怖い。
アイドル歌手がプロモーションビデオの中で平気で男と抱き合ったりキスしたりするアメリカのようなマッチョな文化になれとまでは言わないし、そこまでなる必要もないが、日本の場合は、行きすぎなのではないだろうか。
アメリカはアメリカで、マイケルのような倒錯者の数が日本よりも断然多いからそこについては何も言えんのだが…。
昨今の市況でも「萌え」関連銘柄の急騰ぶりがすさまじかったが、「萌え」が好きな人間が、たとえきちんと納税している善良な市民であろうと、こんなバカバカしく恥ずかしく情けないもののことを好きなことについて、嗜好の自由であるとは私は断じて認めん!
むしろ、萌えを認め、助長する幼稚かつ病的な文化そのものが許せん!
話は変わるが、私に言わせれば、「アイドルは誰も届かないような極上の美人でなければならない」ということになるのだが、昨今は大してかわいくないアイドルの存在が目につく。
これまた余談だが、私は「巨乳マニア」じゃないから余計かもしれんけど、巨乳系のアイドルには顔があんまりにもかわいくない子が多い気がする。
そりゃ~巨乳フェチの友人に言わせれば、「胸がデカけりゃ、顔やウエストなんてどうでもいいんだよ!」ということになるらしいし、実際にそういうニーズがあるんだろうからしょうがないのかなぁ~。
あと、これも言わせてもらうが、私は女性にだけウケて男性に全くウケない女性タレントやモデルのことは基本的に好きではない。
まあ、男性にウケないのだから好きになりようがないんですけどね…。
ここまで言っておいて難だが、需要と供給で商売が成り立てば良いという見方をするのが普通だから本当は何も言いたくはない。
しかし、この観点から、今の日本社会では「萌えやロリコンばかりが好まれる」「超越した存在より、より等身大な存在が支持を得る」という要素が強く、こういった社会は幼稚なことを肯定する方向に向かうのではないか、超越した人間が浮きやすくなるのではないか?と危惧するだがどうだろうか。
ゆるキャラもある意味で罪