最近は「ニート」って言葉が流行っているせいか、「あっ!仲間いたんだ!じゃあ俺はニートでいいや…と思っている若者が増えているに違いない」と憶測してしまうのは、ニートとさして変わらぬ生活を送る私である…。
確か、一週間ほど前の日経新聞の「経済教室」にて、「ニート」という言葉の名づけの親である玄田有史東大助教授が述べられていたが、ニートというのは低学歴で低所得世帯の若者に起きやすいとのことらしい。
私はてっきり、どちらかといえば、高学歴で高所得世帯の屁理屈ばかりこねるタイプの若者に起きやすいのかと思っていた。
しかし、そうだとしたら、「ニート現象」というのは社会の階層化を映す鏡となっているともいえるわけで、「だとしたら、これはちょっと絶望的な現象だといえるな…」とも思った。
「親の収入が多くないのにニート」「親の年金でニート」という若者が多く、時々起きる陰鬱な親殺し・子殺しの事件というのはそういった家庭において起きやすいのだろうか?などと勝手に推測すると、親が「働け!」と言えば子は働くどころか、逆ギレして家庭内暴力を働くような像が浮かんでくるからなんともやりきれない気持ちになる。
こういうヤツに限って社会では何も言えないくせに家庭で内弁慶になることで心のバランスをとろうとするからやっかいなのであろう。
また、「ニートの半分は過去に就業した経験があるが、その際に過重な業務やノルマによるプレッシャーを受け、心身の健康を害することによって生まれることが多いのではないか」とニートに陥る理由として玄田氏は述べている。
確かに、就業環境の厳しい会社で働いたら身も心もボロボロになるだろうし、実際に働いて自信を喪失し、トラウマになってしまうのだとしたら、問題は根深いなあと思った。
なお、別の日の同欄で小杉礼子氏がおっしゃるには、ニートのうち最終学歴が中卒の者が約3割を占めており、また、団塊ジュニアの世代とともにニート・フリーターの核になる年齢が上昇してきているとのことである。
そして、一度フリーターやニートになるとなかなか離脱して正社員になることができず、そのまま歳を重ねてきているのでこの状況は危険であると推測している。
確かに、中学を卒業、もしくは高校を中退して、30歳すぎまでずっとニートで来たとなると、これから正社員になろうとしてもなかなか雇ってくれるところがなかったり、雇ってくれるところはとても働きたくなるような会社じゃなかったりといった現象が起きるのであろう。
「仕事を選ぶな!」とは言いたくても、東京は山谷に住む労務者やホームレスでさえ、かなり仕事を選ぶというぐらいだから、働かずに生活させてもらえる身分のニートが仕事を選ばないワケがないからコトはやっかいなのだろう。
これも、いわゆる「ミスマッチ」というカテゴリに入るのかな?
また、ニートにはひきこもり系の他に不良系がいるとも昨日の夕刊に書いてあった。
ひきこもり系と不良系を同じ研修施設に入れるといじめが起きるのだそうな。
しかし、少年時代にどんなに素行が悪かった人間でも、お金をもらって働くようになれば真人間にならざるを得ないため、世の中において就労は最強の教育システムとして長いこと作用していたわけだし、自分の労働でお金を貰うことで自尊心を形成できるものなのだが、ニートにはそういった場を自分で閉ざしているからこれまたやっかいである。
就労?労働?…あっ、俺も人のこと言えねえや!
なお、ちなみここまでぐだぐだとニートについて書いておりながら、私は語源となった本である「ニート/フリーターでもなく失業者でもなく」を読んでおりません。