ネット上の記事は読まれてナンボなので、見出しに力を入れるのは当然なのだが、見出しにあまりに強烈なキーワードが用いられすぎていて記事のラインナップを見ると「下品だな~」と思うことがあまりにも多い。
例を列挙すると以下のようなものがある。
- ~の末路
- ~なワケ
- ~の現実
- ~の正体
- ~の本末転倒
- ~が露呈
- ~の根本原因
- ~の最終結論
- ~が無理筋な理由
- ~の根本的な間違い
- ~の深い事情
- ヤバすぎる~
「そこまで強く言うなら知りたいわ~!」と思わせる見出しが百花繚乱である。
もちろん、それが「本当にその通り!」と納得できるような記事であれば言うことはないが、残念ながらとてもそうとは言えないような内容の記事がネット上に溢れかえっている。
特にビジネス誌サイトに連載している書き手が締め切り前にやっつけで書いたと思われる記事にそのような記事が数多く見られるように思う。
また、ページビューを稼げるような一文を文中のどこかから抜き出して無理やり題名をつけたせいなのか、かなりきちんと読み込まないと題名の箇所に辿りつけなかったり、そのことについて一行しか触れていない記事だったり、そもそも題名に対する答えとなる内容が書いてない記事も多い。
あと、このブログで過去に触れている通り、ポータルサイトのlivedoorが小ふざけた見出しで釣るのは昔からだしお約束としか思っていないが、最近はビジネス誌サイトが主戦場になっているので「なんだかな~」と思うのである。
とはいえ、百歩譲ってこれがネット上の無料の記事であれば許せなくもない。
しかし、ここ数年は販売部数が減少の一途をたどっているためか、書籍の世界においても目立つこと第一のタイトルをつける事例が数多く見られる。
一例だけ挙げるが、武田徹氏著の「なぜアマゾンは1円で本を売れるのか」という本は中身は結構な手間をかけて書かれた力作だし、光ることも書いてあるのだが、このタイトルの内容についてはそれこそ1ページ程度しか触れておらず、ただ売らんがために誰かがこのようなタイトルをつけたとしか思えないわけで、内容の割にとても残念な読者評価となっている。
新潮新書はいい本も数多く出しているだけに新潮社の姿勢に超絶ガッカリしたのだが、こういうことが何回か続いて、このところは新書を買わなくなるどころか読むことさえなくなった。
あと気になるタイトルのつけ方に「スタンフォード式」「ハーバード式」とつけるものがあるが、そもそもスタンフォード大学やハーバード大学で教鞭を取っているだとか取っていたというだけでこのようなタイトルをつけるのはあまりに不誠実だし、実際にこうしたタイトルをつけた本で良書に出会ったことがない。
なので、こういった本を出す出版社にも絶対にカネを落とさないようにしようと思うようになった。
なお、本ブログでも検索だとか閲覧数を意識するのであれば人目を惹くようなパワーワードをバンバン使用すれば良いのかもしれないが、本ブログは単なる俺のつぶやきを書いているわけであり、他人におもねらないということをとても大切にしているため、文章に題名にはあまり強烈なキーワードを用いないよう気をつけているつもりである。
近所の晴海トリトンにて。この椅子に座るのはソーシャルディスタンスを取っていると言えます…よね?(笑)