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東京の真ん中で仙人のように生きる俺のつぶやき

フィリピンに関する考察

 

資料を見て、自分であれこれ考えて、俺の観点で述べるフィリピン

前回のセブ島訪問の感想の続きでもあり、今回だけで独立した記述ともなっている。

今回は充実した内容であることは自負しているが、かなりの長文なので、フィリピン人に対する興味と読む暇と根気がない人は読まないほうが良いと事前に述べておく。

 

訪問した国のことを知るために、その国のことについて詳しく書かれている明石書店の「エリア・スタディーズ」に目を通すことで知識を得ることが多いのだが、フィリピンについても明石書店の「フィリピンを知るための64章」に目を通した。

図書館で借りて読んでいながら明石書店のシリーズにケチをつけるのは気が引けるのだが、正直、明石書店のシリーズは学者が執筆している文章が多いためあまりおもしろくなく、それはフィリピンに関しても同様だった。

フィリピンについて後づけの知識をつける上で猛烈に役に立ったのは「セブ島留学マナビジン」というサイトだった。

特にドン山本氏が書いておられる教養トピックのフィリピン全般に関する記述は本よりもずっと読みごたえがあった。

というわけで、そもそも俺が持っている知識に、ドン山本氏の記述・明石書店の本・「地球の歩き方」から得た知識や適当に検索して得たデータを加え、俺独自の観点でフィリピンについての概要的な知識と考察を以下に述べる。

 

地理的・歴史的経緯について

これは俺がずっと前から本ブログのどこかに記述しておきたかった事項だが、まず、関東地方もしくは伊豆・小笠原海溝以西からフィリピンおよびマリアナ諸島に至る海域には実はフィリピン海という名称が正式につけられている。

日本海の名称について韓国と争っているが、この件について日本がフィリピンと争っている形跡はなく、日本国内では太平洋と読んで済ませているようである。

これは実に上手な国内向けの表記方法だと思う。

また、日本は、東シナ海オホーツク海フィリピン海と他所の国の名前の海に囲まれているが、日本海が「東海」になんぞなってしまったら海に囲まれた国でありながら日本名のついた海が無くなってしまうので、これは死守せねばならないと思う。

 

なお、フィリピンを地図で見るとカリマンタン島と近いのだが、元々、フィリピンには主にマレー系の人が住んでいたようである。

マレーシアやインドネシアイスラム化され、その後にフィリピンもイスラムされていったようである。

つまり、そもそものベースはマレー系のムスリムの島々だったということになる。

そういう意味では同じく海洋系民族のマレーシアやインドネシアと人種・宗教的に近かったということになる。

また、スペインに占領されるまでは別々の王国として存在しており、フィリピン全体が国として統一されていたわけではない。

 

しかし、16世紀にスペインの占領が始まってキリスト教し、その後、アメリに占領されて英語が浸透した。

フィリピンは国名がスペイン国王の名前の国であるが、まずは、敬虔なカトリックというのがフィリピンの際立った特徴であるといえる。

言語に関して、フィリピンと聞くとまずはタガログ語が思い浮かぶが、実は、タガログ語ルソン島を中心に使われている言葉で国全体をカバーしておらず、他にセブアノ語やイロカノ語など数多くの言葉があり、全土をカバーする言葉としてはタガログ語を基礎にしたフィリピン語という公用語が設けられているようである。

なお、英語も公用語となっていて、学校の授業の多くが英語で行われることもあり、国民の多くは英語を習得しているようで、映画館で上映されるハリウッド映画には字幕がないという。

とはいえ、日頃から英語で仕事をしているうちのご主人の感触では、ホテルのフロントスタッフなどを除くと全員がきちんとした英語を話しているというわけではないようである。

 

フィリピンの現状について

マッカーサーの「I shall return.」という言葉や、「バターン死の行進」といった惨事が思い浮かぶが、第二次世界大戦時に日本が3年間以上占領している。

ところで、日本やアメリカは他の欧米列強と違って植民地の住民にきちんと教育を施した国なのだが、フィリピンはアメリカに占領されたために教育水準が高く、識字率も96.6%あり、この数字はASEANで最も高い。

フィリピンには英語の使用・高い教育水準という要素があったため、第二次世界大戦後は日本に次いで一人当たりのGDPが高い国だったようであるが、農地改革が行われずに小作人が残ったことや、財閥が残っていることや、マルコス政権下で進んだ汚職などが長期停滞を招いたりしたため、今も多くのフィリピン人が貧しい暮らしを送っているし、貧富の差も解消されないままである。

また、農地改革や財閥解体を訴えたジャーナリストの多くが不慮の死を遂げているとのことである。

述べるまでもないかもしれないが、麻薬・銃社会・腐敗・貧困・イスラム過激派などの要素が絡み合っているため、フィリピンはアジアの中ではかなり治安の悪い国である。

かつてアルゼンチンが世界有数の富裕国だったことがあるということほどではないが、フィリピンにはもったいない側面があるのである。

さらにもったいないことに大卒の人でもコネ無しではアルバイトで就職するのも大変なのだというが、これは高学歴人材の壮大な無駄遣いである。

とはいえ、近年のフィリピンの経済成長が著しいというのも事実だし、ドゥテルテ大統領は剛腕ながらも実に様々な方向においてフィリピンを望ましい方向に導いているようである。

「フィリピンのトランプ氏」と呼ぶには失礼なほどにドゥテルテ氏は荒っぽくも真っ当な策を講じているように思える。

なお、麻薬と汚職にまみれた国において多少荒っぽい方法を用いる以外に国全体を望ましい方向に導く方法があるなら逆に知りたいぐらいである。

人権を最大限に尊重することよりも多少は荒っぽい手を使ってもいいから麻薬組織の撲滅と治安の回復を目指すという方向性はフィリピンのような国にとっては相対的に正しく、絶対幸福に資するように思うのである。

 

「フィリピン」という呼称について

フィリピンの国土はマニラを含む北部のルソン島セブ島を含む真ん中のビザヤ諸島イスラム教徒も住んでいて治安が安定しない面もあるミンダナオ島の3つに分解するととらえやすいように思う。

「フィリピン」という言葉はそもそも、スペイン人がフィリピンに住むスペイン人を指して呼んでいた呼称のことだったようで、土着の人はインディオと呼ばれていたようである。

また、メスティーソという言葉があるが、これは中南米では白人と先住民の混血を指す言葉である。

しかし、中南米と違ってフィリピンにはあまり多くのスペイン人が住まなかったため、フィリピンにおいては中国からの移民とインディオの混血のこともメスティーソと呼ぶことが多いようで、むしろ、スペイン人との混血よりも中国人との混血のほうが多数派となっているようである。

とはいえ、数名のフィリピン人と話をしたところでは、彼らは自分たちはスペイン人とアジア人の混血という意識を持っているように感じたが、数は少なかったであろうとは思うものの、征服者のスペイン人男性はさぞかし多くの土着の女性に多くの子を産ませたのだろうとも想像してしまう。

そういう意味でもフィリピン人の意識は土着のマレー人のインディオではなくスペイン人との混血という意識なのだろうと思う。

確かにフィリピン人の顔をよく見ると白人の要素があるようにも思えるが、フィリピンの子供が東アジア人の子供よりずっとかわいく思えるのはそのせいなのかもしれないと個人的には感じた。

東アジア人として本音では認めたくはないし、差別的でもあるのだが、子供の見た目に関しては日本を含めた東アジア人の子供は世界のなかでかなりかわいくない部類に入るのではなかろうかと主観的には思っているためにこのように偏ったことを述べた。

また、フィリピン人に太っている人が多いことは先に述べたが、女性の尻の回りの肉のつき方が東アジア人の肉のつき方と全く違っていて、白人のような洋梨型の体型をしている。

インディオが先住民でスペインとアメリカに強い影響を受けた国という意味ではメキシコに近い感があるし、混血の度合いは違うとはいえ見た目も若干近い気がするようにも思うし、肥満率の高さや身長の低さなどでもメキシコなどとの共通点が多いように思う。

実際にスペイン支配下のフィリピンとメキシコの貿易は盛んだったようである。

 

フィリピンの経済について

現在のフィリピンの人口は1億人を超え、平均年齢は24歳程度と、47歳程度の日本の半分程度の若さで、人口の半数が都市に住んでいるようである。

フィリピンの失業率は6%程度とのことだが、雇用者数は4,055万人程度で国民の4割しか雇用されておらず、約5割の日本と比べて就業率が低い。

就業率が低いのは未成年者層がかなり多いというのも要因だろうが、そもそもが失業者としてカウントされていない恒常的失業者が多いためだともいう。

産業構成は、サービス業が57%、農業が25% 、製造業が18%と、発展途上国にしてはサービス業の比率が高い。

他のアジア各国と違って、農業→工業という過程を経ずにサービス業の比率が高くなってしまったというのがフィリピン経済の特徴である。

また、小作制度のような制度もいまだに残っていて貧困にあえいでいる人々も多いのだが、彼らが都会に逃げたとしても不法占拠したスラムに住むしかないといい、それによってフィリピン名物ともいえるスラムが形成されてしまっている。

つまり、小作人でいるかスラムに住むかしかないという層が多く存在しているということであり、そのような環境に置かれた彼らには貧困から脱する術がない。

  

資源国でない発展途上国が新興の中進国になるためには、外国からの投資を受け入れて工業化することによって豊かになっていくというのが、基本的なモデルケースである。

外国資本が入ると、営業利益や配当益や利払いを莫大に本国に吸い取られるので所得収支は大幅な赤字となるが、貿易収支の黒字を積み上げて国民の所得を増やして購買力を上昇させることによって発展途上国の国民の暮らしは豊かになっていく。

というわけで、外国資本を受け入れるためのインフラなどの社会資本の整備はフィリピンのような国が豊かになっていくためには欠かせないのだが、国民の教育程度が高くて人的資源にある程度恵まれているにも関わらず、治安とインフラという重大な要素に不安のあるフィリピンには思うように外国資本が入ってこないためにいつまでも工業化が進まず、貿易赤字を垂れ流し続けていて、豊かになるスパイラルに入れずにいる。

ところで、アジアの新興国は所得収支が赤字で貿易収支が黒字という国が多く、特にタイは莫大な貿易黒字を計上し続けているのだが、フィリピンは貿易収支が赤字で所得収支が大幅な黒字となっている。

年に20兆円もの莫大な所得収支の黒字を積み上げているのが内部留保王国の日本だが、これは海外支社からの送金や配当から得られる不労所得である。

それに対して、フィリピンの所得収支黒字は日本と同じく海外からの送金によるものとはいえ、言うまでもなくこれは出稼ぎ労働者が本国に送金していることによって得られている労働所得である。

つまり、出稼ぎ先の海外から送金したお金で莫大な所得収支の黒字を計上しつつも、本国の家族がモノやサービスを買いまくって、かつ、フィリピン本国からの輸出品が多くないために輸入超過になって貿易赤字が積みあがるというわけである。

もちろん、フィリピンは工業化で大きく後れをとっているとはいえ、近年はコールセンター・英語教育産業といったIT時代の新たな輸出産業が誕生しているが、看護師・介護士・メイド・船乗り・建設従事者といった出稼ぎ労働者からの仕送りがまだまだ国を支えているというのがフィリピン経済の実情である。

 

フィリピン人のメンタリティーについて

ここまでフィリピンについて捉えておいたほうが良いと思ったことを述べたが、個人的にフィリピンに関して最も興味深く思ったのはフィリピン人のメンタリティーについてである。

フィリピン人のメンタリティーは良くも悪くも南国的ともカトリック的ともいえ、このメンタリティーは幸福度には大きく寄与するだろうと思われるものの、富める者が富み、貧しい者がますます貧しくなる資本主義のメカニズムの前では常に搾取される側に回るという側面も併せ持っている。

勤労・利子・蓄財を禁忌としてきたカトリックの教えをプロテスタントカルヴァン派が否定することによって資本主義が生まれたが、その逆の価値観を持つカトリックの国は常にその脅威に晒されるわけである。

華僑が東南アジアで支配的な地位を占めているのはこのメカニズムを実に上手く利用しているからであるが、フィリピンにおいても富裕層は華僑かスペイン系が占めている。

なお、華僑が日本や韓国で活躍できないのは日本人や韓国人が華僑が同じように勤勉だからであるといえる。

 

以下、実に興味深いと思うフィリピン人の行動について述べる。

まず、カトリックのフィリピン人は大家族レベルでの家族愛がとてつもなく強く、食べられない人がいても誰かが食べさせるという助け合いの精神が根底にあるという。

それゆえに、持っている者が持っていない者を助けることは当然のこととされ、それをしない者は強く疎外されるという。

一応は借りるという形をとるらしいが、貸した金が帰ってくることはほとんどないし、借りるほうも返すあてもないのに貸してもらって当然といった態度で借りるし、貸している側が金を返さないことを責め立てると逆に大家族から疎外されるようである。

このような相互依存の精神は働かなくても食べられるという依存の精神、悪く言えばタカリの精神を生み、分け与えない者に対する恨みすら生むようである。

カトリックでは施しの精神が尊ばれるとはいえ、行き過ぎの感は否めない気もする。

また、大家族内での仲間意識が強いために貧困層ほど抜け駆けする者への妬み・足引っ張りのメンタリティーが強いと自己分析しているようであり、これを「クラブ(蟹の)メンタリティー」と呼んでいるという。

バケツの中の蟹は単独ならば外に出られるのに、複数になると足を引っ張り合ってどの蟹も外に出られないからなのだという。

このような社会規範にあって、あぶく銭を持っていると困っている誰かが借りに来るというかたちでむしり取られるため、誰もが早く使い切ってしまうようになったという。

日本には蓄えが必要な冬があり、古来より勤勉を尊ぶ美徳があり、「働かざる者食うべからず」という自己責任的な規範があり、それに加えて個人主義が浸透したのでこのような価値観は理解し辛いが、より原始的な視点で考えるとむしろフィリピン型のほうがユートピア的であり高潔で清々しく全体最適なようにも思える。

ところが、この価値観を持って資本主義メカニズムに対峙すると、たちまち搾取されるスパイラルに巻き込まれ、また、終わることのないラットレースに放り込まれることになる。

宵越しの金を持たない習慣がフィリピン人の骨身に染みついているので、浪費が激しく、あるお金は使い切ってしまうようで、また、使い方にも計画性がないという。

給料日を月に1回にしたら食うに困る人が続出するので、給料日は月に2回の金曜日とされているのだが、俺が確認しただけでも、給料日前日と給料日当日の巨大モールの混雑度合いが全く違っており、かつ、給料日当日のATMの列の長さは相当なものだった。

また、ゲームセンターの込み具合は如実に違っていた。

もちろん、このようなお金の使い方をしていてはいつになっても富の蓄積はできない。

 

フィリピン人の出稼ぎについて

ここで「大家族」と述べているコミュニティーは必ずしも血縁から成っているものではなく、お互いにそのように考え合っている集団から成っている。

大家族の誰かにお世話になりながらも、大家族に恩義を感じていつかは返さないといけない、誰かが返さないといけないという想いは持ち続けているが、国内には給料の安い仕事しかないため、いつかは外に出て家族を助けなければと考える人が多いようである。

そして、ホスピタリティーに溢れていて英語が堪能なフィリピン人に対する海外からの労働需要は数多く存在するので、大家族全体が困れば誰かが出稼ぎに出るようになる。

また、出稼ぎに出る人は採用されるだけの高い能力を有していることが求められるので、学歴の高い人が多いという。

高学歴国のフィリピンにはたくさんの医師がいるが、海外では医師よりも看護師の需要が多いため、フィリピンの医師が海外で看護師の求人に応募して働いていて、逆にフィリピン本国での医師が不足しているというような残念な現象も起きているという。

メイドの多くも大卒だというからもったいなく思う。

また、フィリピンでは古来より男性より女性のほうが大黒柱として働く習慣があったようで、そういう意味でも父親よりも母親が出稼ぎに出る場合が多いようである。

人口的には中東方面でメイドの仕事をしている人が多いのだが、中東におけるメイドへの虐待はフィリピンでも社会問題化しているようである。

なお、船乗りや中東での建築従事者の仕事は過酷そのものだが、家族思いのフィリピン人は家族のための苦労はいとわないのだという。

それにしても泣けてくるのはそうして血と汗と涙の成果として送金されたお金の本国での使い道が先に述べた通りであることである。

もし、フィリピン人と結婚したいと思う人がいるとするならば、そのあたりの事情も知ったうえで結婚したほうが良いと思う。

余談だが、資源国であることを傘に自らはろくに働かず、石油輸出産業以外の産業を創出できず、やることはといえばせいぜい巨大ファンドを作って投資したり、観光リゾートを作って外国人に働かせたりするぐらいで、富を貪っている中東諸国の国民は全般的にアジア人を見下して使っているそうだが、やがて過酷な気候の中で泣きを見る日が来ても知らんぞ!中東の気候は資源が枯渇して貧困に苦しむナウルのような楽園とは違うぞ!という想いを資源国に対する複雑な感情とともに抱く俺である。

しかしながら中東の産油国に唸るような富をひたすら献上し、産油国に対して莫大な貿易赤字を垂れ流し続けている代表的な国が我が国である。

 

フィリピン経済の可能性について

余談が長引いたが、フィリピン人の金の使い方はマクロ経済学の視点いえば悪い話ではなく、むしろ100点満点である。

企業には設備投資が必要だが、家計部門はとにかく徹底的に消費してくれたほうが経済が伸びる。

日本は「使わない・貯める」「有料なら目もくれないが、無料なら何時間でも並ぶ」という合成の誤謬によって、供給力が高くても需要が低いためにデフレスパイラルが起きて30年近くにわたって低迷飛行を続けているが、フィリピンの個人消費の割合は日本の6割を超える7割であり、これはアメリカと並んで世界トップクラスで、発展途上国にあるまじき高い割合であり、国内産業の供給力さえつけば無限のスパイラルで国内市場が伸びていくということでもある。

供給力=生産力さえ伸びればカネが天下を回りまくって伸びまくるわけである。

良くも悪くも治安とインフラを整えることによって国内に雇用を生み出すことこそがフィリピンの長期的な課題であるといえる。

 

カトリックの呪縛について

最後となるが、これも興味深い話である。

東アジアはおろか、東南アジアでも少子化傾向が鮮明となっているが、フィリピンの出生率は2.9程度と高い。

それは、フィリピンがカトリックであることと密接に結びついている。

フィリピンの法律には離婚がないようで、フィリピンのカトリックは避妊も中絶も禁止としているようである。

そうなると貧しい地域ほど子だくさんになってしまうことは避けられないが、スラムでは13歳ぐらいから身ごもることが多いらしい。

そりゃ教育もしなかったらそうなるわな…。

実際に貧困層出生率は極端に高く、また公教育が無料でも途中で退学してゴミ拾いなどをするようになることで貧困の再生産が起きてしまうという。

 

いや~、現地を見ても、あれこれ知っても、フィリピンは実に興味深い国である。