GOODDAYS 東京仙人生活

ひっそりと静かに生きる47歳仙人のつぶやき

知ること・学ぶこと・気づくこと・考えること貧乏

本当に好きなこと・楽しいことって何かと聞かれたら、美味しいものを食べることというのは当然だからさておき、知ること・学ぶこと・気づくこと・考えることだとしか言いようがない。

感じることという言葉も入れたいところだが、結局はこの4つに収斂するのかなと思う。


プロフィールには「趣味は、読書・インターネット・旅行から学びを得たり考えたりすること」「街散策の鬼で掃除の鬼」と書いてあるが、結局、あらゆることは知ること・学ぶこと・気づくこと・考えることに行きついてしまう。


贅沢は好きではないし、モノはいらないし、コト消費にお金も使わなくていいし、パートナー以外の人とはべったり仲良くなりたくないし、それほど人と話していたくもないし、人と繋がっていたいとも思わないし、人からの承認・感謝もいらないし、人に対する貢献感も別に欲しくないから、お金も人間関係も控えめで結構である。

強がりなしに心底そのように思う。

 

全くゲームをする気が起きないのも、お笑い番組を全く見ないのも、そこから学びがなさそうと勝手に思ってしまっているからだと思う。

お笑いに関しては本当に深刻で、ほぼ全てのお笑いを見ても僕だけが前提条件を知らないためなのか、どこがどうおもしろいのか全くわからなくて、「絶対に笑ってはいけない」と言われてもどこをどう笑えば良いのか説明して欲しいぐらいなのである。

今でもネット上でおもしろ画像を見て吹くことは多いし、浅草演芸ホールに落語を聞きに行くのは楽しいし、子供の頃は吉田戦車氏のマンガに爆笑しまくっていたのだが、困ったことにお笑い番組は全く理解不能なのである。


でも、知ること・学ぶこと・気づくこと・考えることだけは心底楽しい。

自分の頭の悪さ、基礎知識の無さ、知らないことの多さ、理解力の無さ、難しい文章を読むことの苦手さ、つきつめて考えることへの根気の無さに心底嫌気がさしながら、そして、知りたいことの多さにほとほと参りつつもこれらを楽しんでいる。

研究者やジャーナリストではないから一次情報に接触しているわけではなく、誰かが提供してくれた情報を組み合わせて自分なりに理解をしようとするだけにすぎないし、誰のためになろうという気はないし、アウトプットをしたいわけでもないし、理解が浅いとか深いとかいうことにもこだわってないし、人と理解度を争う気も全くないので、完全に自己満足・自己完結的なものなのだが、知ること・学ぶこと・気づくこと・考えることにはひたすら娯楽的な要素があると思う。


その反面、先ほどのお笑いの件ではないが、知ること・学ぶこと・気づくこと・考えることに結びつかないことを楽しく思えないというか、自分自身が知ること・学ぶこと・気づくこと・考えること貧乏になってしまっている気がする。

別に知らなくても、学ばなくても、気づきがなくても、考えさせることがなくても泰然自若としていればいいじゃないかと思うのだが、それがないと思う行動にはどうしても心がなびかないのだ。

もちろん、心がなびかないことからも何かの学びは得られるのではないかと思ってM-1で優勝した人ぐらいはYouTubeで見るようにしたりはしているのだが、どうしても笑えないし、俺が浅はかなのか何も得ることができない。

貧乏性だからどんなものからも何らかを学びや気づきを得て楽しい思いをしたいのだけど、困った困った。


そういや、前にも同じようなことを述べてました。

 

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