GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

犠牲者のおかげで平和なのか?

「日本の平和と豊かさは、昭和の戦争での多くの犠牲の上に築かれている、という気持ちが、どの程度ありますか」。

読売新聞が今年1~2月に実施した世論調査(郵送)で、この設問に「非常にある」「ある程度ある」と回答した人は合わせて84%に上った。

日本人の多くが先人への感謝の気持ちを忘れていないということだろう。

明日、66回目の「終戦の日」を迎える。

3・11の東日本大震災を境に、戦後の「平和と豊かさ」は大きく揺らいでいる。

だが、このような危機の局面においてこそ、激動の昭和史から学ぶべきことも多いはずである。

 

上記は、8月14日の読売新聞の社説の冒頭の文章である。

こんなに「YES」と答えさせようと誘導するワーディングはそうそうないと、統計調査を前職にしていた者としては愕然とするのだが、それでも俺はこの質問には堂々と「NO」と答える。

まず、断わっておくが、俺の思想信条的はどちらかといえば保守的なほうである。

それでも、あの戦争における犠牲に美点などないことは真面目に考えればわかりそうなものだが、この巧妙なワーディングの効果で84%の人が目くらましにあっているようだ。

保守の論壇などにたまに目をやると千年一日のごとく、祖国を愛する気持ちを持って散って行った犠牲者のおかげで今日があるというような記述に出くわすが、それは違うといつも思う。

去年に知覧に行って特攻隊員の遺物を見てもそう思ったし、先週の日曜に上田市無言館に行ってなおさらそう思ったが、ものすごく残念ながら戦死者の死は犬死でしかないと俺は思う。

もう二度とこのような犬死をさせないようにしようという気持ちが国民に芽生えたという意味で犠牲に意味があるというのならわかるが、この設問からはそういったニュアンスは感じ取れない。

確かに禁輸など、当時の情勢を考えると窮鼠猫を噛まざるを得なかったとも思えるが、それでもあの戦争は思考停止の産物としか言いようがない。

それを反面教師とするのであれば、思考停止こそ何よりも避けなければならないことだと思うのだが、読売新聞は懲りていないように思える。

長らく購読している新聞だし、大読売新聞に俺のような小物が論戦を挑むつもりはないけど、この社説の冒頭とこの調査には、統計調査をかじった身としても、一般的な感覚からしても、どうしても違和感をぬぐえなかった。