GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

音楽観(下)

世の中には「ベスト版」を聴くことを恥ずかしく思う人たちがいるとは思うが、私はむしろベスト版以外を聴く余裕なんてあんまりない。

 

全アルバムを保有しているアーティストはビートルズだけだ。

中にはマニアックにいい曲があってもそんな曲を探すぐらいなら他の人のベスト版を聴く。

そういう厳しい目を持って聴けば、名曲に出会える可能性は高くなる。

オイラが持っている6,400曲のほとんどはベスト盤ばかりである。

○○教だとか○○狂に走るのもいいが、いろいろ欲張って聴いたほうが効率よく名曲に出会えるに決まっている。

そういうオイラも中学・高校生の頃はビートルズ狂だったが…。

 

そりゃ超ど真ん中に好みのテイストの曲を出すアーティストもいるであろうが、そのアーティストだけを崇拝していてはもったいなさすぎるほど世の中にはたくさんの名曲がある。

世の中にはベスト版ばかりを聴くことをよしとしない風潮があるとは思うが、そんな風潮は無視してできるだけ効率よくたくさんの名曲に出会いたいものである。

 

前編でも述べたが、ランキングや人気に基づくと世間では名曲とされている曲でも私にとっては名曲でもなんでもなくなることはよくあるので、残念ではあるが、ベスト版に入っていない名曲も逃すというリスクはままあると思うが、そこは仕方ないと割り切るしかない。

 

私はクイーンと聞いて、「やっぱWe will rock youだよね!」と言われてもウンとうなずかない。

その代わり、そこまで有名じゃない曲だけど、同じクイーンなら「Breakthru」とか「Keep your self alive」といった曲を張り合いに出されるとウンウンウンとなる。

私はビートルズの前期よりも中後期のほうが好きだが、前期が好きという人の気持ちもわかってやれる。

でも、「Brack Bird」とか「I will」という人がいたら、そういう人と是非ともお友達になりたい。

 

淘汰の末に残った昔の曲には当然良い曲が残っていることが多い。

でも、松田聖子だとかピンクレディーやたのきんがいいと言ったことは一度もない。

そりゃ~子供の頃は松田聖子中森明菜が大好きだったけど、松田聖子よりは断然中森明菜でしょ!

昔の曲を語るにも普遍的な目を失ったらダメだと思う。

 

オイラが前にコメントに「『いちご白書をもう一度』『22歳の別れ』『なごり雪』全部マジでサイコー!」って書いたら、友人のまんぷくさんが「ちょっとぉ!風の『22歳の別れ』を好きだなんて、かなり渋い!」と返してくれたのだが、「なごり雪」は誰もが認める超メジャー曲だから置いといて、ここで、「いちご白書よもう一度」じゃなくて「22歳の別れ」って言ってくれたことがたまらなくうれしかった。

両方とも名曲ながらも、社会現象を起こした「いちご…」より「22歳…」のほうがビミョーに名曲なだけに、「いちごじゃなくて22歳」って言ってくれたことがホントにうれしいかったのである…。

ちょっと前にテレサ・テンの「別れの予感」について書いたが、これも、「時の流れに身をまかせ」よりもこの曲を挙げてくれる人がいたら意気投合だな~。

 

話は戻るが、ヒット率というものは今も昔もあんまり変わらないのだろうと思う。

むしろ、邦楽が一番輝いていたのはオイラの大学時代とかぶるからかもしれないが、1995年~2000年頃じゃなかったかと思う。

昔から活躍している竹内まりやの曲でオイラが一番好きなのは「今夜はHeary Party」だし、なんかこの頃の曲は絶対的に元気があった。

でも、桑田佳祐単独の「悲しい気持ち」を除けば、オイラがサザンオールスターズで一番好きな曲は「さよならベイビー」なんだけど、むしろ、この時期の「エロティカ・セブンあたりからサザンの名曲率は下がってきてないか?と思うので、言っていることが矛盾しているのだけど…。

 

とにかく、昔の曲がいいような気がするのはいい曲だけが残っているからであり、今の曲を追いかけるより、昔の曲から聴いていくほうがいい曲に出会える可能性が圧倒的に高いのである。

小説も映画も漫画もゲーム?もそうでしょ!

だから、オイラは昔の曲や小説や映画を知らずに、サプライサイドに乗せられて今のものだけ追っかける人には感心しない。

って、結局言いたいことがいつもと同じなってますけど…。