GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

昭和天皇と靖国神社①

先日、日経新聞がスッパ抜いた故・富田朝彦氏のメモに書いてあった昭和天皇の「心」を通じて思ったことを書く。

 

富田朝彦氏のメモに、昭和天皇A級戦犯靖国神社合祀を指して、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と発言したメモが何故に今頃になって発表されたのかわからないが、このことで「やはり昭和天皇はすばらしい人格をお持ちだったのだ」だとか「昭和天皇を利用してあのような戦争を起こした連中のことを昭和天皇は内心から憎んでおられたのだ」と思った人は多いのであろうと勝手に想像する。

それは、私がその中の一人だからである。

 

天皇陛下も国民の一員として靖国を参拝すべき」と2004年8月の産経新聞「日本よ」上で語った石原慎太郎都知事は、一昨日、「昭和天皇お気持ちは良くわかりますね。私が戦争の責任者と思っているA級戦犯について祈るつもりは毛頭ない」と述べていたようである。

また、麻生太郎外相は1月30日にすぐ釈明したが、「天皇陛下の参拝が一番」と今年の1月28日に語っている。

なお、麻生氏は靖国神社宗教法人格の返上を促し、国営化した後に分祀する考えをうたってもいる。

また、産経新聞は「主張」において「首相参拝には影響されない」と反論に躍起になっていたようである。

とはいえ、天皇靖国参拝推進派はいわばこの件でハシゴを外されたことになるわけで、ちょっとばかりバツの悪い思いをしたのだろうと思う。

 

しかし、私はこの件に対して、むしろ、「昭和天皇のことをさんざん悪く言って、自分で判断する力が備わっていない子供達に自分達の思想を吹き込んできた日教組の連中は昭和天皇のこの精神性についてどう思うのか?」と問いたい。

まあ、この連中にモノをいうだけ無駄なのだが…。

 

あと、前に述べたことがあるのだが、「(敗戦時に)天皇陛下は退位した方が良かった。明治憲法下で基本的には天皇機関説的に動いていたから、直接的な政治責任はない。しかし象徴的にはある。政治的にも象徴的にも、ひとつのけじめをつけるべきだった」と述べた菅直人氏にもご意見をお聞きしたいところである。

 

A級戦犯を認定した極東軍事裁判の正当性をインドのパール判事が強く非難したこともあって、この裁判の正当性に疑問を持っている日本国民は多いわけだし、2006年7月21日付の読売新聞社説に「別の資料だと、同じ『A級戦犯』でも、木戸幸一内大臣については、『米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり』と語ってもいる」と書いてある通り、昭和天皇も一概に「A級戦犯=悪」と決めつけているわけではないということをうかがい知ることができる。

木戸幸一氏は東条内閣の成立に尽力する愚を犯したものの、終戦工作を進める役割を果たしたという。

 

しかし、この富田氏のメモから伺える昭和天皇のご意見からは、A級戦犯を加えることそのことに対する反発を感じることができる。

昭和天皇は、合祀しなかった筑波藤麿靖国神社宮司のことを「私は、或る時にA級(戦犯)が合祀され、その上、松岡(松岡洋右元外相=病死)、白取(白鳥敏夫元駐伊大使=獄死)までもが。筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と評し、1978年にA級戦犯合祀踏み切った当時の松平永芳靖国神社宮司のことを「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。松平は平和に強い考があったと思うのに、 親の心子知らずと思っている。だから、私はあれ以来参拝をしていない。それが私の心だ」と評している。

松平永芳靖国神社宮司は最後の宮内大臣を務めた松平慶民氏の長男なのだが、これは慶民氏の心を永芳氏はわかっていないと評した内容と思われる。

 

確かに、東京裁判のあり方や正当性に疑問を持つ人も多く、この裁判の扱いというものは大変に難しいし、A級戦犯を合祀するに至る経緯を見るとわからなくはない面もある。

小泉純一郎首相も石原都知事も戦争を起こした人に参拝する気は毛頭ないというようなことを言っておられるが、A級戦犯が厳密に戦争を起こした張本人と合致するかの論議はあれ、東条英機氏や松岡洋右をはじめとする人々を祀るのは間違いだったとはいえるとは思う。

それと同時に「A級戦犯を参拝する気はないと言ってるんだからごちゃごちゃ言わんでいいじゃん!」と思う気持ちもある。

 

靖国神社にて