GOODDAYS 東京仙人生活

ひっそりと静かに生きる47歳仙人のつぶやき

高級ブランドの減速?とブランドに対する私の考え

昨日の日経新聞の夕刊で「高級ブランド日本で減速」「出店ラッシュで飽和招く」という記事があったが、ちょっとうれしかった…。

だいたい、売り上げのシェアが欧米人全部で全体の3割だというのに、日本人だけで4割、アジアだけで6割もあるというから開いた口がふさがらない。

今後は中国市場の開発に力を入れ始めるらしく、やがては日本と同じ規模のシェアに膨らむことが予測されているというが、アジア人というのはどうしてここまでブランドが好きなんだろう。

本当は、人にはさまざまな価値観があるということを強く認めたいからこういうことは言いたくないのだが、この場では言わせてもらいたい。

 

しかし、ここで述べるのはただの主観で述べる感情論なので、それ以上の意味はないということは事前にことわっておく。 ブランド商品を買う日本人全員がお金持ちであるのならともかく、大してお金もないくせに生活を切り詰めてまでブランドを身につける連中がいたりするのは、全く不思議であるというか、ものすごくカッコ悪いことだと私は思う。

また、欧米ブランド各社側は日本人をカモだと思うとともに見下げた目で見ているに違いなく、そんな奴等に利益をあげさせることも、ものすごく腹立たしい。

身の丈にあった資金力でトータル的なオシャレを追及するのがオシャレの王道だと思うのだが、大して金もないくせに高級ブランド製品で身を固めている人というのは、オシャレに対するプライオリティーが異常に高い人ということで、まあ、一種の病気みたいなものなのだろう。

ただ、そういう人には「あんた、普通のOLのくせに全身をブランドで身を固めているけど、みんなあんたのことを心の病気か、愛人がいると思ってるよ…」とそっと言ってあげたくなる。

仮に、それがブサイクだったりしたら、愛人という線は消えるわ、ブランド着ても意味ないわで、余計に痛々しく思ってしまう。

また、私は、オシャレじゃない人がエルメスなどの高い商品を身につけていたりすると、かなりげんなりとするのだが、服のセンスが悪いのにブランドを持つことも、あり得ないぐらいにカッコ悪いことだと思う。

 

だから私は、実は高級ブランド製品を着ているのにも関わらず、ちっともオシャレに見えない堀江貴文氏のような人のことをちっともうらやましく思わない。

前に、ホリエモンがテレビで政治評論家の三宅久之氏に「あんた、下着で来てるけどね…」って言われていたのにはかなりウケた。

全くオシャレじゃないくせにTシャツを協調するカッコ悪さっぷりを見ると、「俺、いくら金持ちでも、絶対にホリエモンにはなりたくね~な!」って思ってしまう。

ベストジーニストにこんなことを言っては失礼か…?

 

逆説的だと思われるかもしれないが、私個人の「オシャレをしたい願望」は強いほうだと思う。

何故なら、オシャレを楽しむ行為そのものが楽しいということと、オシャレにこだわっていない人というのは、仮に、どんなに富や名声を得ている人であっても、間違いなくどこか見下げた目で見られるだろうと思うからだ。

ところで、前にも述べたことがあるが、アパレル業界というのは良くできた業界で、「これいいな!」と思う服ほど値が高いものだが、本当に値づけが上手だなと感心する。

例えば、丸井で言えば、その中でちょっと安めのブランド?である「オンボード」より他のブランドのほうが間違いなく欲しくなる服が多くそして高い。

しかし、丸井である程度高い値で売っている服と全く同じレベルのデザインの服がユニクロから販売されたとしたら、さすがに腹が立つだろうな~とは思うが、さすがはユニクロ!一流デザイナーを入れているとは言うものの、ちっとも欲しくなるようなデザインやシルエットの服が売っていない…。

まるで、高くで服を売る店に配慮しているかとしか思えないぐらいにそうである。

ただし、このトレンドはユニクロ次第でいつでも崩せるから将来的にはわからない。

かくいう私、部屋着や下着はことごとくユニクロなんですが…。

大してお金もないくせに生活を切り詰めてまでブランドを身につける人達には「何も高級ブランドで身を固めなくても、丸井や原宿あたりのちょっとした店あたりで売っているレベルで十二分にオシャレはできるし、オシャレな人はみんなそうしてるよ!」とは言ってあげたい。