GOODDAYS 東京仙人生活

ひっそりと静かに生きる47歳仙人のつぶやき

左派を嫌悪する気持ちを持ちつつも思考のバランスを取る難しさ

バランスを取った発言をする必要があるかの是非はともかく、言論機関ですらバランスを取った発言をしているとは到底思えないのだが、俺個人はあまり偏った考え方をしないバランスの取れた人間でありたいと願っている。

また、「バランスが取れている状態ってどういう状態?」という自問自答も繰り返している。

とはいえ、これは正解が存在しない問いなので、不毛な努力としかいえないのかもしれないが、それでも自問自答し続ける自分でありたいと思っている。

 

俺は新聞を購読していないものの、各社の社説の見出しには必ず目を通し、内容によっては社説を読み、また、ネット上に散見する記事も読んでいるが、朝日新聞毎日新聞東京新聞の考え方にはほとんど賛同できない。

朝日新聞は今日も「あいち企画展 中止招いた社会の病理」という見出しで社説を書いていたが、「病理に向き合い、表現の自由を抑圧するような動きには異を唱え続ける」という主張には1%も共感できない。

毎日新聞も「『表現の不自由展』中止 許されない暴力的脅しだ」という見出しで同じようなことを書いている。

右側のヘイトは執拗に叩くのに左側のヘイトを華麗にスルーするという矛盾をおかしている時点で報道機関として終わっていると思う。

ここまで凝り固まった思想を発信し続ける報道機関が存在していることに嫌悪感を覚えるし、一体、どういうマスメディア教育とやらを受けたらこのように宣伝活動のような報道活動をするようになるのだろうかと心底不思議に思ってしまう。

 

俺自身は自分のことを右翼でも左翼でもありたくないと強く思っており、先の大戦に関する日本人の所業を正当化するつもりがないし、個人にとっては国より自分のことのほうがずっとずっと大切だと思っているし、「ネトウヨ」層の考え方にもほとんど賛同できないのだが、左右のどちらの考え方によりシンパシーを感じるかと問われれば消去法で必然的に右ということになってしまう。

というか、左寄りの方々の思考回路にかなり強い嫌悪感を抱いてしまっている。

また、「どう育ったら無責任極まりない左寄りの思想に染まるのだろうか?普通に世の中について情報収集をしたら左に染まるなんてあり得んだろ!」と思うのだが、実際の世の中はそうはなっていない。

 

インターネットでニュースを見る際に自分でサイトを選んで見る場合には左寄りの意見にも接することができるが、Yahoo!Googleのサイトを下にロールダウンして現れるコラムにはこちらが読みたいであろうとAIが判断したコラムばかりが表示され、自分の考えと違うコラムはほとんど表示されなくなる。

このような耳障りの良いニュースにばかり接していると自分の偏りに気づかなくなってしまう可能性があるのでAIが表示したニュースばかりを読むのは実に危険なことだと思う。

 

俺個人はAIに価値基準をコントロールされたくないと思うがために、読むニュースサイトを自分で個別に選択するようにしているのだが、長年の取捨選択を繰り返した結果、現在時点では毎日開くニュースサイトとして10サイト程度、週に1度以上開くニュースサイトとして40サイト程度に目を通している。

なお、極端な左寄りサイトのLITERAなんかはさすがにイライラし過ぎて読むのを止めたが、朝日新聞系のHUFFPOST・GLOBE+・AREA.dotや日刊ゲンダイDIGITALやハーバービジネスオンラインのような左寄りサイトにも目を通すようにしている。

なお、dマガジンでは毎週13誌の週刊誌および多数の月刊誌に目を通している。

 

同じく、Twitterでフォローしている人も右寄りの人ばかりになってしまいがちなので、渦中の津田大介氏のような左寄りの大物?もフォローするようにしており、逆に百田尚樹氏や高須克弥氏のように個人的に好感を持っているけど右に寄り過ぎているように思う方のことは敢えてフォローしないようにしている。

経済についても自分とは違った意見を述べていることがある野口悠紀雄氏や池田信夫氏などをフォローして多様な意見の取捨に努めるようにしている。

 

ところで、俺のように自分と考え方が異なるニュースやコラムに積極的に接するようにするとやたらと時間を食えばストレスも溜まるわけだが、多忙な現代人にそのような時間を確保できる人が多いようには到底思えず、そうなると読みたいニュースやコラムばかりを読むようになってしまう可能性が高いと思うのだが、もしそうだとすると左右の断絶はどんどん強まっていくのだろうと思う。

 

とはいえ、俺自身、積極的に左寄りの方の意見に触れるようにしてみても反感を抱くばかりで、共感を抱くことはほとんどないので、お互いが歩み寄るのはもはや無理に近いのではないかと思う。

しかし、それでも日本社会にはまだ救いがあって、アメリカのようにLGBTや移民の権利だとかポリティカル・コレクトネスを頑強に主張する側と、嫌LGBT・反移民でキリスト教福音派を頑なに信じる側とまでの絶望的な断絶があるわけではなく、俺自身とて朝日新聞を愛読している人だとか立憲民主党に投票する人と別にお友達になれないわけではないので日本人で良かったなあとは思う。

まあ、れいわ新選組に投票した友人がいないことはだけ願いたいのだけど…。

 

ところで、日本人が他国と違って公衆の場などで政治的発言をしないことを悪く言う意見を見聞きすることがあるが、これはとんでもない勘違いで、絶対に分かり合えない両者が発言し合ったところで分かり合えるはずがなく、この上なく不毛なのだから余計なことを発言しないというのが正解であり、皆、そのことをわかっているから発言しないのである。

しかし、そのような日本社会にあっても、時候の挨拶代わりとして誰を相手に発してもほぼ問題なく共感し合える鉄板ネタを挙げるとすれば「今の韓国政府は一体どうしちゃったんだろうね~」というネタだろうなと思う。

 

そういえば韓国で反日運動を異常に盛り上げて、人々の購買行動にまで執拗に介入するのも過激な左派の連中である。

また、我が家には秋にウズベキスタンを旅行する予定があり、航空便が仁川空港経由なのだが、今日、韓国側が旅行制限を検討しているという物騒なニュースが入ってきたのでかなり心配である。

 

次回は自分がバランスの取れた思考をするために自問自答している例をいくつかあげることとする。

 

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もちろん韓国で撮った写真です