GOODDAYS

世の中をかいくぐって逆張りの人生を歩む俺の意見

望んでいない転勤はさせるべきでないと思う

カネカに勤務していたとある人が家を買って育休取得をした後に転勤辞令が出たために退職しただの、実はその人は育休中に起業準備をしていただのいう複雑な内容のトピックが少し前にネット上で出ていた。

起業準備に関しては内心の自由なので何とも思わないし、こういうことにグチグチいう人間が多いことに俺は嫌気がさすほうである。

でも、こういった部分をやたらと攻めたがるのが日本社会というものでもある。

 

このトピックでカネカは転勤辞令を出したことには問題がないと述べていたが、確かに契約上の問題はないとはいえ、こうした認識を持っている会社に違和感を抱いたという人が多かったから話題になったのだろうと思う。

つまり、この問題はカネカ一社の問題ではなく、社員に転勤を命じる全ての企業にあてはまる問題でもあるということである。

 

育休取得後の転勤辞令に対して世の中が違和感を持ったのは、「夫が乳飲み子の子育てをすることができなくなっても仕方ない」もしくは「一緒に妻もついていく場合、妻の現在の仕事のことは一切考慮しない」と転勤を命じる会社が考えていると思わざるを得ない点に対してであろうと思う。

夫だけが転勤をしたら乳飲み子の世話は妻がするしかないし、妻もついていったら妻は今の仕事を辞めるしかないのだが、カネカが出したコメントにはこの点に対する配慮がない。

 

営業職の男を数多く雇っている古いタイプの会社には「子供が病気をしても妻が会社を休んで子供の看病をすれば良い」と言わんばかりの考えを持つ会社が多いのではないかと勝手に想像しているのだが、転勤辞令の罪はそれよりもずっと重いと思う。

過去にも同じようなことを何度か述べているのだけど、あたりまえのように数年ごとに転勤を命じる組織にはその組織のあり方に対して違和感を抱く。

もちろん、何千万円もの報酬を受け取る余人をもって代えがたいエグゼクティブの転勤であれば仕方ないといえるが、それ以外の引っ越しを伴う転勤を希望しない社員に転勤を命じるのは人権を踏みにじる行為に近いと思うのである。

 

とはいえ、俺は住む場所を自分で選ぶということは人生においてものすごく大切なことと思っていたため、大学生の時の就職活動の際に転勤の可能性がある会社をことごとく受けなかった。

会社に言われるがままに自分で選んでいない街に住むことは他律的人生にあたると思ったのである。

俺のように転勤ありの会社を避けた者からすれば、転勤ありの会社に就職したほうが悪いと言えなくもないが、おかげで当時の俺はまともに大企業を受けることができなかった。

今はどうだかわからないが、当時の大企業のほとんどは転勤の可能性を排除していなかった。

 

なお、人に頭を下げるのが好きでない俺は営業職にシンパシーを抱いておらず、それに加えて、客先でお腹が痛くなったり外でウォシュレットでないトイレに行くハメになったら嫌だなと思い、文系学部出身でありながら大企業だけでなく営業職もパスしたのだが、これだけで随分と選択肢が狭くなったものである。

 

また、俺が大卒後に就職した会社には「支社も現地採用なので転勤無し」と聞いて入ったのに、入った初日に名古屋支社に転勤を命じられた者が1名だけいたのだが、企業というものは油断も隙もないなあと思ったものである。

 

引っ越しを伴う転勤に対する世の中の風当たりは強まっていると思うが、こうしたニュースが数多く出て引っ越しを伴う転勤を希望しない社員への転勤辞令は人権違反に近いものですよという認識が大企業に膾炙すれば良いなあと思う。

 

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