GOODDAYS

世の中をかいくぐって逆張りの人生を歩む俺の意見

3.11と0.315%

投資利益を確定申告しないと脱税になるので、当然ながら20万円以上の利益を出した年には確定申告をしている。

譲渡所得等に対する申告分離課税の税率は20.315%だが、そのうちの0.315%は復興特別所得税である。

 

東日本大震災津波の被災地における巨大な防潮堤の様子やかさ上げ工事がされた後に新しく造成された街に閑散としている場所がある映像などを見ると、もう少し違った税金の使い方はなかったのだろうかと思ってしまう。

生活を安定させ、地域の景気を良くするという目的で考えると、むしろ被災者にガッツリと現金を渡したほうが良かったのではないかとすら思う。

生活に困っていないわけがないので、配ったお金が貯蓄に回って乗数効果が落ちるということもなかったのではなかろうかと思う。

現在の復興については民主党政権自民党政権の両者が行ったことなので納税者として選択肢がなかったのかもしれないし、地元の方にはその結果に納得している方がいらっしゃるのかもしれないし、俺自身が今の現場を見たわけでもないので無責任な所感になるが、どうしてもそう思わずにはいられない。

 

ところで、日本の人口はこれからすさまじい勢いで減り続ける。

仮に移民を受け入れたとしても手遅れではないかと思えるほどだが、どうやら多くの日本人は移民の受け入れに慎重なようなのでそれは止めようがない。

当然、日本中でものすごい数の空き家が出てくる。

単純に考えて、都会でマンションが一室売れるごとにストロー効果でどこかに空き家が発生するというぐらいの勢い、いや、それ以上の勢いで空き家が増えていくことになる。

先日、巨大な選手村の写真を載せたが、選手村がやがてどこかで空き家を作ると思うとそら恐ろしい気持ちになる。

そういったなかで、限界集落の数は今よりもどんどん増えていくことになるわけだが、僻地のふるさとに住み続けたいという人に国や自治体がどこまで行政サービスやインフラを提供するのかという問題はどんどん深刻さを増すものと思われる。

 

直下型の熊本地震に関しては被害の予測や事前対策が難しかったように思うが、東日本大震災では津波被害の予測や原発事故への備え、平成30年7月豪雨災害では洪水対策とハザードマップの活用、北海道胆振東部地震では地滑りが起きやすい地盤の扱いや対策、などなどの必要性を痛感させられ、それに対する社会の備えも日々進んでいるように思う。

しかし、それに伴って、対策および復興を行うエリアの選択の問題だとか、住む場所に関して自己責任や売り手責任と問うという問題は必ず出てくるだろうと思う。

東京は全く地震に強くない街だと思うが、東京などの大都市圏の震災対策に資金を投入する意義と僻地の震災対策に資金を投入する意義とで意見が激しくぶつかり合う日も必ず来るだろう。

長らくは、都会の人間と僻地の人間の意見をお互いに直接ぶつけ合うかたちではなく、政治や行政を不満のはけ口にして、その結果、両者の要望を立て続けてきたわけであるが、この国がこのやり方を続けられるほど余力を維持し続けられるとは思えない。

 

バイオ医薬品などにおける医療分野でどこまでコストをかけて命を救うかを問われ、その費用が無尽蔵に増え続けていくことが予想されるがごとく、ふるさとに住み続けたいと思う気持ちがどこまでプライスレスなのかが試されるようになっていくのだろう。

住みやすいところ住みたいところにひたすら移動を続け、かつ、夏も暑いのに冬やたらと寒い地域だとか東北地方のように気象条件の厳しい地域に住む価値観を理解してあげられない俺のような人間にはわかってあげられないのが申し訳ないが、俺の価値観とは相反して、世の中にはどうしてもふるさとに住みたいという人が多いだけに、これはこれから大きな問題になっていくと思う。

 

また、震災復興の費用に関して頭の痛い問題が、福島第一原発周辺のタンクに貯め続けてどうしようもなくなっているトリチウム水の問題である。

海に流しても影響は軽微であろうとされるトリチウム水を流せないことによる金銭的な損失は風評被害を怖れる地元の漁業従事者が漁業で得られる金銭的な利益を凄まじく上回っている。

漁業従事者には補助金で一生遊んでもらって良いから流すというわけにはいかないのだろうかと思うがなかなか動きそうにない。

話変わって、辺野古の基地の周辺では住民が迷惑料として一世帯あたり1.5億円のカネを要求し、ちょうど昨日、プレジデントオンラインに普天間などの軍用地の取引で多額のお金が動いているという記事が出ていたように、世の中では意外なかたちでカネが動いていたりもするので、利権が絡む案件はとかく膠着状態に陥りやすい。

普天間基地が除去されて、猫の額のような土地を返還されて困る地主も数多くいるのだろうなどといらぬ想像を働かせると余計にそう思ってしまう。

 

また話を変えるが、日本以外の国の企業は見切ったサービスの停止が早い。

サービス停止によって被害を受ける弱者のことなどお構いなしにスパッと切るものは切る。

しかし、日本の企業は最後の最後まで弱者や老人に寄り添う傾向が強い。

クレーマーに対しても逆ギレせずに最後まで寄り添う。

また、海外を旅行していると、都市と都市の間に農家以外の人が全く住んでいない土地が延々と広がっている国が多いように感じるが、そのような国では僻地での行政サービスをスパッと切っているのだろうと思う。

日本は国も企業も“絆”を大切にして弱者に最後まで寄り添う姿勢を見せ続けるが、“傷舐”め合ってその代償が他国との経済成長率の差というかたちでどんどん顕在化している。

人口減少も伴ってその差はどんどん開いていくのだろうと思う。

というわけで、納税分の20.315%に関しては仕方ないが、残りの79.685%で自分だけでも守って行かねばと思う。

 

2019.3.11の不思議な夕焼け