GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

資本主義への嫌悪感と自己矛盾

台風の目の右側では特に強風が吹くが、昨日は台風の目が大阪の左側を通過し、潮位の高い時間帯と重なったために大阪周辺の地域の被害は甚大なものとなった。

それにしても、地震あり・水害あり・猛暑あり・台風ありと西日本にとってはとんでもない夏になったなあと思う。

今夏は東京も暑かったけど他の地域よりマシだったし、災害もあまりなかったのだが、同じような台風が東京に来たら、人口が多いうえ、通勤圏が広いだけにもっと大変なことになっただろうなと思う。

宮崎出身なので強い台風には子供の頃から慣れているのだが、実家の窓には雨戸があっても、今住んでいるマンションの窓には雨戸がないうえ、海が近い水辺に住んでいるので、台風が来ると風が怖い。

 

先日、強欲な資本主義に嫌悪感を持ちつつ、資本主義の恩恵に預かり、かつ、投資をすることでその旨味をいただいて生きている面があることに明確な自己矛盾があると述べたが、今回はそれについてもう少し述べる。

 

資本主義システムは、内燃機関の発明民主主義システムなどとともに人間文明の発展速度をロケット的に飛躍させた。

私的所有利潤追求を原則とする資本主義、有限責任の株式会社という画期的な仕組みの発明と発展が、財の蓄積や余剰を生み出し、人類の生活レベルの向上や長寿命化といったはかり知れない恩恵を人類にもたらしたのは紛れもない事実であり、資本主義にはものすごく感謝している。

しかし、資本主義が行き過ぎている今の世の中には、「地獄の沙汰も金次第」と言わんばかりに全ての尺度を金にしてしまう恐ろしさがあり、それに対して空恐ろしい気持ちになる人は少なくないであろう。

 

アメリカのテレビ局やスポンサーやスポーツ界などの意向を受けてオリンピックの真夏開催が決定され、あの地獄の暑さを知りながら噓っぱちな理由を並べて開催を引き受けた東京という都市があり、アメリカの事情で競技の時間帯を夜にずらせないのところを見ても選手のことなど二の次三の次であることは明らかで、アスリートファーストならぬトランプ氏以上の「アメリカファースト」の商業主義のあまりの害悪さに気分が悪くなる。

アメリカ人がテレビで観る時間帯にマラソンを実施したい」「選手には涼しい時間帯に走らせたい」「マラソンの時間帯に沿道付近の電車が動いているようにしたい」という願望を叶えたいというくだらなすぎる理由で国に2時間ものサマータイム導入を提案する手合いまでいるから商業主義には辟易する。

そして、灼熱の中で集めるボランティアには無償労働させようと画策しているわけだが、ボランティアを商業主義の中に入れてあげないご都合主義が失敗することを心の底から願って差し上げたい。

 

かつてのカトリックイスラム利子を受け取ることを禁じたのに対し、ユダヤ教徒カルヴァン派は利子を取る金融業で財を成し、かつ、資本主義を発展させていったが、財に財を生み出させることだとか、働かずに利益を得ることだとか、金融業全般に嫌悪感を感じる人がいるのは自然なことのような気がしている。

「リスクを取っている」「投機と投資は違う」「株式会社への投資こそが資本主義システムの根幹なのにバカか?」と言われれば確かにそうだし、俺もリスクとリターンは常に同じと思って投資をしているが、羨望や嫉妬を抜きにしても大多数の人間は道徳的にこういったものを称賛・尊敬しないものだし、そのほうが自然なのだろうと俺は捉えている。

なお、俺は宗教を完全否定しているし、当時のカトリックは免罪符というアホなものを売っていたこともあり、俺個人がカトリックイスラムに共感する要素は一切ない。

 

また、投資行動を否定的に考える大多数の人は投資で儲けることができないという意味では賢くないともいえるし、投資を正当化する人間は儲けやすいので賢いともいえる。

しかし、労働を伴わずに利益を得ることを後ろめたいものとする認識は昔の宗教的な価値観、もしくは、現代においても多くの人の価値観にかなっていることは認めざるを得ない。

 

現に介護・保育といった人間の業として本当に価値のある仕事や、肉体労働のようなしんどい仕事の給与が安く、あってもなくてもいい知的産業やクリエイティブで楽しい仕事や、空調の効いた部屋に居ながら搾取する側の給与が高いことが多いことを考えても資本主義というのはいびつなものである。

資本主義は金額の多寡で価値を判断するため、介護をしている人より課金ゲームを開発する人を高く評価するものであるが、金銭では低く測られ、ややもすると蔑まれることすらある仕事にばかり、本質的な価値があり、地に足のついた仕事が多いように思う。

それに対して、どうでもいいような仕事ばかりが高付加価値な仕事としてあたかも価値のある仕事のように金銭で測られ、併せてそういう仕事をしている人間が社会的に高い地位まで得て、より多くの納税するという行為によって強い自己肯定感すら得られるのだが、このような資本主義社会が形成した罠に対して違和感も覚える。

 

こうやって行き過ぎることになってしまった資本主義であり商業主義は、地球環境や他の生物の生態に大きな犠牲を払わせて数的・物質的に制御不可能な拡大を続ける人間の業と同じく、あまりに害悪な面も多いと思う。

困ったことに資本主義と両輪をなす民主主義システムの自己矛盾によってポピュリズムの極みに到達しており、真にグローバルな視点で人間全体の行動をコントロールすることはおよそ不可能な方向に突き進んでおり、集合体としての人間の愚かさに嘆息する。

 

とはいえ、俺は資本主義の本質を知ってしまっており、そうであるがゆえに実利的な立場から資本主義が生み出すメリットを享受している。

もちろん、お金にお金を生み出させる魔力のすごさを知っているが、あっという間にお金を吸い取られて財産が目減りしてしまう恐ろしさも知っている。

 

我ながら自己矛盾だらけであるが、資本主義を多少嫌悪しつつ、そのメリットは享受させてもらうつもりである。

 

 

【追記】

今度は北海道で地震とは…。

この国の自然災害の多さはほとほと嫌になりますな。