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  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

日本経済と労働政策⑧ デービッド・アトキンソン氏の提言と…

今回はむちゃくちゃ長いが、次回はおまけの回となるので、内容的にはクライマックスの回となる。

 

本シリーズの第2回に「時給1,300円を確実なものとするためには、最低時給を強引に引き上げる方法と、労働需給を逼迫させて人手不足の状況を作り出して時給を上げざるを得ない状況を作るという方法がある」と述べ、リフレ派が主張する後者の方法は理想的な方法で、アベノミクスの効果が実ってGDPギャップが埋まり、労働需給も逼迫して人手不足が起きてきたので、移民さえ入れなければ時給が上がるまでもう少しのところまできたというようなことをこれまでの回で述べてきた。

 

最低時給の引き上げ策よりも、労働需給の逼迫を目指してそれによって時給を上げざるを得ないように持っていく政策こそが、失業者を生まずに時給を上げていく上策であり、韓国のように、労働需給が逼迫しないなかで最低時給を強引に上げてしまうと、低所得者層の所得減・失業増という本来の狙いと逆のほうに行ってしまうので、最低時給は極めて慎重に上げていかなければならない。

これは、失業こそが不幸の元凶と考えるリフレ派や俺と、これから紹介する、ハードランディングをものともしないデービッド・アトキンソン氏の考えで大きく違うところである。

 

ところで、最低時給の設定がなぜ必要かといえば、仮にとある村に仕事をする場所が1ヵ所しかない場合、どんなに時給を下げまくっても村民が働かざるを得なくなるわけで、雇用条件における市場原理が働かない状況での搾取が起こることを防ぐためである。

沖縄県の最低時給が737円なのに対して、東京都小笠原村の最低時給が958円となるような現象も起きている。

 

ところで、俺は読書をするたびに要約メモを音声入力で残しているのだが、以下はデービッド・アトキンソン氏の著書である「新・生産性立国論」を読んで俺が残した音声入力メモを若干整えたものである。

少し要約量が多いので著者のアトキンソン氏に申し訳ない感もあるが、実にすばらしい提言の連続なので是非とも目を通していただきたいのと、この中でいくつか俺の私見を入れたくなる項目があり、これについてはその後に述べていくので是非とも目を通していただきたい。

なお、我が家でアトキンソン氏の意見について話をしようとすると、「そんなに日本について文句にしか聞こえない提言をし続けるなら、どうぞイギリスにお帰りください」とうちのご主人がかなり機嫌を損ねるため、この場を使って熱く語ることにした。

以下が俺が音声入力したアトキンソン氏の意見である。

 

  • やりようによっては、人口減少は労働者の黄金時代を生む。
  • 人口減少に直面した欧州の人々は、日本と違って、働き方・産業構造を変え、必死に生産性を向上させてきた。
  • 生産性を上げない限り、日本が現在の社会保障システムを維持するためには、1日17時間労働が必要となり、また、本気で女性の活躍を促進しないと男性は21時間労働しなくてはならなくなる。
  • 経済規模を縮小させていってしまうと現在の社会保障を維持できないうえ、国の借金を返せなくなる。
  • 日本人は必要なだけ子供を作ってこなかったので、このような報いを負うことになった。
  • 日本の就労者一人当たりの労働生産性は極めて低い。
  • 生産性とは利益を指すのではなく、付加価値を指すのであり、また、利益は付加価値の一部に過ぎない。
  • 効率性と生産性も違う。
    生産性は効率性より広い概念である。
    例えば、銀行窓口の女性の手際の良さなどの効率性は高いが、彼女たちの労働の生産性は低いと言わざるを得ない。
    日本社会はこうした仕事で溢れかえっている。
  • 高品質・低価格は全く美徳ではなく、これは労働者の地獄を生み出す。
  • その結果として、日本社会は他の先進国よりも高い比率のワーキング・プアや子どもの貧困を生み出している。
  • 高品質・低価格とは、働いている割に十分なお金を要求していないということであり、高品質を提供する労働者に低賃金でしか報いていないということであり、犯罪的ですらある。
  • 不当に安い価格を求める日本の消費者は自国の労働者の首を絞めている。
  • 日本の社会制度は本当に素晴らしいので、だから私も日本に住んでいる面もあるのだが、この素晴らしい制度は経済成長無しでは維持できない。
  • 高品質・低価格商品には、求める人がいなくなっている商品、誰も求めていない商品、適切な価格にするとやらなくていいと言われる商品、クレームを言いづらくさせるためのものがある。
  • (ユニバーサルな意味で)高品質・低価格であれば日本は輸出大国になっているはずであるが、そうでないので日本は輸出大国となっていない。
  • 本当に必要なのは「高品質・相応価格」である。  
  • 日本のGDPの71%は男性が生み出しており、他国に比べてこの比率が高すぎる。
  • 女性雇用者比率が上がり、女性が働けば働くほど生産性が低下するのは、女性の能力が生かされていないからである。
  • 女性が十分に活躍できていないことによって国民一人当たり130万円もの機会損失をもたらしている。
  • 分析をすると、女性を活用するか、3,400万人の移民を受け入れるか、というのが日本における現実的な選択肢となる。
  • 男性が経営陣を占めている会社で起こりがちだが、そもそも女性を十分に活用しようとしていないという問題がある。
  • 現在の日本の職場が男性の論理に基づいて成り立っていることにこの原因がある。
  • 日本社会において専業主婦という贅沢はもう許されない。
  • 日本の女性は優秀なのに出世したがらないことに大きな問題がある。
  • 子供がいないのに専業主婦がいる家庭は、社会制度にタダ乗りしており、脱税と同じで犯罪行為に等しい。
  • 配偶者控除・第3号被保険者制度・遺族年金はすぐにでも廃止するべきである。
  • 年金や医療は家族単位でなく、個人単位で負担するべきであり、欧米ではそうなっている。 
  • 日本の経営者の無能っぷりは奇跡的としか言いようがないし、経営者にプロ意識がない。
  • アメリカの労働者の質は日本とは比べ物にならないほどに低いが、経営をサイエンスととらえており、また、世界に先駆けて次々と新しい価値を創造するので経営が上手く、経営者の質は世界一である。
  • 日本がデフレになってしまった最大の要因は、日本の経営者が高品質・低価格を金看板にいたずらに価格を下げたことである。
  • 価格を下げるのはどんな無能な者でもできる安直な戦略で、他の先進国では企業はそう簡単に価格を下げたりしない。
  • 普通の国では価格競争するために給与を下げない。
  • 先進国で平均賃金が下がるのは異常事態で、経営者の売国行為である。
  • いくら最高益を上げても基本的な企業戦略が評価されないから日本の株価は上がらない。
  • 従業員が経営者にかけるプレッシャーが少ない。
  • 生産性向上策は「企業数の削減」「最低賃金の段階的な引き上げ」「女性の活躍」の3つによってなされるべきである。
  • 生産性悪化の一番の原因は生産性の低い中小企業であり、中小企業の生産性向上を一番邪魔しているのは、守るべきでない企業や業界団体も守ってしまっている政府である。
  • 日本の企業数は今の半分でいい。
  • 生産性低い企業は退出させなければならない。
  • 企業の統合・廃業を促進するべきである。
  • 「超低金利政策は生産性の低い企業の生き残りを促し、低い給与しか払わない生産性の低い企業が退出しないので生産性の低迷と貧富の格差の拡大を生み出した」OECDが指摘しているが、その通りである。
  • 今の最低賃金は日本人労働者をバカにしている水準であり、最低賃金2020年に1,225円にすべきである。
  • イギリスでは最低賃金を上げても失業は増えなかった。
  • 中小企業の反対意見を気にする必要は皆無である。
  • 国家公務員の新卒採用者の半分を女性にするべきである。

  

アトキンソン氏は別の著書では、日本の女性の認識の甘さについて痛烈に指摘し、女性へもっとプレッシャーをかけろと強く叫ばれていたが、今回の著書では上記で述べた程度の記述だった。

 

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旅行業界への提言でもそうなのだが、アトキンソン氏の提言には、アングロ・サクソンエリート的というべきなのか、ゴールドマン・サックス的というべきなのかはわからないが、「資本主義の極北を行く人ってこういう考え方をするんだ…」と思わせるものが多い。

まあ、暴利を貪るアメリカの金融グループで働く時点でそういうマインドなのだろうけど、俺個人は、ゴールドマン・サックスがGPIF運用の一部を担っていることや、俺個人が投資をしていることを勘案しても、彼らの仕事は手放しで褒められるような仕事とは思わないので、ゴールドマン・サックスの出身者が、他人のために生産しない代わりに外注を最小限にする生き方を選ぶ人のことを「犯罪行為に等しい」と述べることには多少の違和感を覚える。

法に反しない限り人がどう生きるかは当人の自由であり、変えるべきなのは人の生き方でなく法や制度であり、生き方の否定をするのではなく、古来の人頭税を復活させるなり何なり、法や制度を変えれば良いだけの話なのである。

 

アトキンソン氏は日本の経営者を痛烈に批判しており、まさしくその通りなのだが、日本の経営者が全体的に無能なのだとすれば、太平洋戦争において日本軍の兵卒が優秀で、指揮官がアメリカに比べて激しく無能だったのと同じく、これは日本人の民族性なのだと諦めるしかない面もある。

また、小西美術工藝社の社長であり、ゴールドマン・サックスの元アナリストであるアトキンソン氏は経営者目線で経営者全体に対して提言をしていることが多いが、ザ・傍観者を自任する俺はマクロ経済や政治的な視点で考える傾向があるかもしれない。

 

マクロ経済的な視点では、日本経済の病根は、各々の経営者が悪いというよりも、どうにもこうにもならない日本国民の需要不足病にあるように分析するわけであり、アトキンソン氏の日本人経営者への痛烈な批判を目にして逆に頭に浮かんでしまったのは、日本人のあまりにもの需要の弱さに対して、供給側である会社・経営者・従業員がひたすら苦慮して頭を抱えてきた姿である。

そして、そこから否応なしに知らされてしまう事実は、日本は世界で最も高品質・低価格の商品とサービスで埋め尽くされていて、かつ、2018年3月末に資産1,829兆円・負債318兆円と、他国に比べて尋常でなく家計貯蓄が多い国なのに、老後が不安なためか、国民がそれすら欲しがらないという不可思議なまでに無欲の国であるという事実である。

日本は「欲しがりません勝つまでは」の国ではなく、「欲しがらないと他国に勝てないけどそれでも欲しがりません」の不思議な国なのである。

 

「行列のできる店は値付けで需給調整をし、利益の最大化を図るべし」と考える俺にとって、東京ディズニーリゾートや日本酒の獺祭を製造する旭酒造のように値付けが下手と思う事例があるが、日本社会においてこういった事例は少数派であり、バブル崩壊後の日本社会は常に消費者優位であり続けた。

「やっと供給側が強気に出られるようになってきたのだな」と痛快に思わされたわずかな事例が、クロネコヤマトの値上げ交渉であり、建設費の高騰であり、大都市圏のホテル料金の高騰ということになるが、これらはやっとのことで出てきた数少ない事例である。

余談だが、需要が多すぎてサービス終了したという「カジアル」「DMMおかん」のような家事代行サービスもあるが、これなどは均衡点まで値上げすれば良いだけの話でサービスを終了する理由が全くわからない。

 

また、アトキンソン氏の「日本の企業数は今の半分でいい」「生産性低い企業は退出させなければならない」「企業の統合・廃業を促進するべき」「超低金利政策は生産性の低い企業の生き残りを促した」という意見も、確かにその通りの意見である。

しかし、そのために必要な政策は、最低時給を上げて、業界保護を止めて、日本の半分の企業を潰すように追い込んで、多くの労働者を一旦路頭に迷わせて、その上で自助努力等を促して生産性の高い業種へのシフトを促すということであり、それはアメリカがやってきた政策であるともいえる。

アメリカという資本主義の権化のような国はそういったスクラップ&ビルドの連続によってより効率的な方向に産業と人材をパラダイムシフトさせて最適化を図ることで、移民を入れながらでも高い生産性を維持している。

しかし、そのアメリカでさえ、置いていかれた数多くの白人有権者がその新自由主義的な路線にノーを突きつけて、トランプ政権を誕生させ、保護主義的な方向にリバース回転している。

 

日本社会は鉄の解雇規制と低い最低時給設定によってハードランディング的な改革から逃げ続けてきたために生産性の低い業種や会社や働き方が維持されている社会になってしまったのだけど、そもそも日本人がこのようなハードランディング的改革を政治に対して求めてきたかといえば、これまで日本の政治をウォッチしてきた俺が思うに、間違いなく否であり、そう考えると、生産性が低いのは自業自得なのだが、多くの日本人はその事実をアトキンソン氏ほどに目くじらを立てずに粛々と受け入れているのではないのだろうかと思う。

その結果としての、「国民生活に関する世論調査」における過去最高の満足度の高さなのではなかろうかと思う。

 

また、中小企業の生産性が低い理由には、大企業による下請け企業への圧力が強すぎる商業慣行が負うところが小さくないということを多くの日本人が知っているので、アトキンソン氏のように「生産性悪化の一番の原因は生産性の低い中小企業」と一刀両断してしまう意見が多くの労働者の認識と適合するようにも思えない。

 

なお、「不当に安い価格を求める日本の消費者は自国の労働者の首を絞めている」とアトキンソン氏はご立腹されておられるが、怒ったところで国民性を変えることはできない。

圧倒的な安さで他店を駆逐し、俺が片道20分も自転車を漕いで買い出しに行くオーケーストアに対抗して、成城石井型の「高価格・相応価格」スーパーを近くで経営しろと言われたら誰が経営者であっても頭を抱えると思う。

現に外資系スーパーは日本市場からことごとく撤退している。

ダイソーキヤノンのプリンターに使える詰め替えインクを買ってしまったら、キヤノンが得られるはずのインクカードリッジの付加価値が1/20に減ってしまうが、どうにもできないし、大塚家具やIKEAニトリにはかなわないし、説教でこの流れを否定できるものでもない。

まあ、うちにIKEAの製品はたくさんあってもニトリの製品は全くないけど…。

 

しかし、第6回に述べた通り、とうとうGDPギャップが埋まり、労働需給が逼迫して人手不足になったので、国民の最大幸福の敵であるブラック企業の淘汰と、全労働者待望のインフレが見えてきたのである。

日本社会はこのチャンスに乗じてバブル崩壊以降の大停滞時代から抜けきって欲しいと思う。

第6回でも同じことを述べたのだが、これが本シリーズの結論となる。

 

仮定の話だが、俺は、バンコクカオサン通りの雑多なカフェの店員なら1,500円、ビルのフロア清掃なら2,000円、ルーム・ベッドメイキングなら2,500円、事務職なら3,000円、コンビニ店員と飲食店なら3,500円、介護なら5,000円、交通誘導員なら季節によって6,000円~10,000円、とび職なら1,000,000円の時給が提示されれば受けても良いと思う。

しかし、現時点でこの時給を提示する企業はないので、俺がこれらの仕事を選ぶことはない。

企業が提示した時給で人が集まらない仕事は、労働の需要と供給が合わない仕事なので、集まるところまで時給を上げるのが筋であり、それができない仕事はブラックな仕事なので潰れるべきであり、ここに例外や言い訳は通用しないのではないかと思う。

仮に、「する人がいなくなると困る」という人がいるなら「じゃあ、代わりにあなたがやれば?」で済む話なのであり、京セラフィロソフィ的な思想に影響される日本人にはこの辺の割り切りができていないのだが、労働の需要と供給を真摯に考え、「働く人が集まらない会社は潰れて当然」という意識を国民が等しく持つべきなのである。

資本主義経済では、労働においても消費においても需要と供給で決定するサイクルが最大限に尊重されるべきなのである。

 

ここまで書いて、大どんでん返し的なことを述べるが、何を隠そう、俺個人は移民を受け入れまくってデフレがずっと続いて欲しいと思っている。

正直、アベノミクスなんぞなくて結構である。

移民が増えまくれば異国の本格的な料理を安く食べられるようになるし、いろんな人種が街に溢れかえっているほうが日本にいながら外国にいるようで断然楽しいじゃんと思う。

また、俺がデフレ歓迎なのは、俺が簡素に生活していくライフスタイルを志向しているからである。

俺は今シリーズでは労働者の立場に立って労働政策の話を書いてきたので、自分の希望と逆のことを書いたが、純消費者である世の多くの高齢者も低金利は嫌がったとしても、デフレは歓迎のはずである。

 

俺にとって、労働者の賃金が上がるのはともかく、インフレになることなんて悪夢以外の何物でもない。

また、景気の良し悪しに関わらず利益を出せるような運用方法を柔軟に考えて対応していくことで、世界や日本の景気の良し悪しもさほど気にせずに済むようにしたい。

 

とはいえ、 俺は強欲な資本主義や人間圏の異常な拡大に嫌悪感すら持っている。

俺は清貧の思想とシンプルライフの信奉・実践者であり、美の観点からもエコの観点からも、消費と経済成長とキャピタルゲインを至上の美徳とする強欲な資本主義の在り方はどうしても好きになれない。

それなのに資本主義の旨味をいただいて生きていこうとするのには明確な自己矛盾があるのだが、俺は「投資リスクを負う代わりに不労所得を得る」という行為に対して倫理的な背徳感を一切持たない資本主義教の信奉者ではなく、昔のカトリックイスラム同様に多少の背徳感を持っている。

主観としての背徳感はあるが、今の資本主義社会に生きている以上、資本主義のメリットを享受しない手は考えられない。

 

次回が本シリーズの最終回で、「飲食業から見た生産性考察」という内容について書くが、次回はおまけの回となる。

 

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