GOODDAYS

世の中をかいくぐって逆張りの人生を歩む俺の意見

寝太郎さんがアパートを借りたそうだが…

今回は前回の続きになってしまう。

以下が前回の内容である。

 

gooddays.hatenablog.jp

 

ゴールデンウィーク中はうちのご主人の実家にいたので、前々回と前回は予約投稿をして出かけ、前回の内容がアップされたのは5月5日だったのだが、その1日前の5月4日に寝太郎さんのブログが以下のように更新されていた。

そして、間が悪いことに、その内容がこれまでと一線を画した内容となっていたので衝撃を受けた次第である。

 

mainennetaro.blog.fc2.com

 

記述には「今年に入ってから都心にアパートを借りた」と述べられていた。

家賃32,000円とはいえ、「都内」ではなく「都心」とあり、洗濯は手洗いで、シャワーは自作シャワーとあるので、風呂無し物件なのだろうと思ったのとシャワーを自作したのはさすがだなとは思ったが、光熱費やネット回線の維持を考えると、従来のBライフに加えて月に4万円は出費が増えるだろうから、月に6~7万円の出費が発生する生活に変容したということになる。

それもあって、清掃などいくつかの不定期のアルバイトを始められたようである。

 

著書「自作の小屋で暮らそう-Bライフの愉しみ」において月に2万円のBライフを提唱しておられることもあって、本書内に一生にわたってBライフを送ると仮定しての必要アルバイト労働日数別の綿密なシミュレーションを記載されていたのだが、著書「僕はなぜ小屋で暮らすようになったか」で語られておられる、常人とは全く違うレベルで圧倒的な孤独を渇望する寝太郎さんご自身ですら、一時的なものなのか永続的なものなのかはさておき、シミュレーション通りに事が運ばなかったかと今回の件で驚いたのだ。

 

もちろん、個人の人生に他人が四の五の言う権利はゼロだし、否定的にも思っていないし、敢えて言うならば、むしろ人間臭さを感じたぐらいである。

そして、寝太郎さんほどの超孤独エリートでさえ、たまに川辺に移ったり、東京だとかアジアを逍遥しつつも基本は小屋に籠る生活だけとはいかず、都心にもう一つの拠点を持たれるに至られたかと思ったのである。

いや~ものすごく勉強になるなあ…。

 

また、小屋の暮らし充実していて、体調も整い頭も冴えるが、社会と断絶していて落ち込んだ時などに心の逃げ場がないというふうに述べられている。

それに対して、都会の暮らし空虚であり、快適ではあっても体調を損ねやすいが、多少の逃げ場があるというふうに述べられている。

そして、時にはその逃げ場が必要になることもあるのであろう。

これは、非常に興味深い示唆である。

 

ところで、おそらくは都心のアパートは契約されたままだと想像するのだが、今は耕作することもあって小屋に戻られているようである。

俺は山梨県の森の中で越冬するのは過酷だろうと思っていたのだが、寝太郎さんにとっては冬こそが快適なのだそうで、冬だけは毎年小屋にいるとおっしゃっていたことに驚いていたのだが、今年は冬に都心におられたようである。

そりゃ~耕作に力を入れるようになれば、春から秋のうちで耕作に適したシーズンに小屋にいることになるのだろうなとは思った。

 

前回、俺は「寝太郎さんに究極にシンプルな一つのライフスタイルを教えてもらったのでとても感謝している。」と述べたが、寝太郎さんが都心にアパートを借りたり、畑を耕されたりして、そこでどのようなことを考えられたかを寝太郎さんがブログで発信される限りにおいて知ることができるのはおもしろいし、ありがたいと思っている。

 

また、アルバイトの業種として清掃業などを選ばれている理由について述べられている文脈上で書かれていた寝太郎さんの言葉で、我が意を得たりと思った言葉があったので以下に引用する。

 

他に、ストレスしかない仕事もある。

会社というのはなんにせよ、営利追求集団である。

あの笑顔も、あの情熱も、あの言葉も、全部「ビジネス」が背景にあるのだ。

ビジネスマンと付き合うのは虚しく、そして心底疲れる。

そもそも自分は「こんな仕事必要ない」から始まるので、仕事も人間関係もうまくいくはずがない。

 

ただ、俺自身は「こんな仕事必要ない」と思えるほどには世俗から脱しておらず、しかも、寝太郎さんにとっては不必要と思えるサービスの幾分かはあたりまえのように利用しているという点において、俺は寝太郎さんのようには首尾一貫しておらず、自己矛盾を内包した甘ったれである。

 

ゴールデンウィークにうちのご主人の実家に里帰りした上田市某所にて…