GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

モテ=他律

財務省事務次官新潟県知事といった極めて社会的地位の高い人間が女性関係でコケるニュースを見るたびに残念に思う。

とはいえ、ここで俺が残念に思うことと、世間のそれは全く違うものだと思っている。

 

世には「英雄色を好む」という言葉があるように、努力をすることによって地位を築いた能力の高い者が、美女をはべらせたり、美女を口説き落とすことによって達成感を得ようとすることはあるであろう。

地位を得る努力と美女を得る努力には近いものがあるのかもしれない。

 

ところで、全ての人がそうであるように、俺も自分なりの考えに基づいて自分の幸福を追求しているが、宗教をインチキだと決めつけつつも、信仰以外の多くの部分に関しては宗教者と似たような考えになってしまっているところもある。

それを簡単に述べると、幸福であるためには、他律的な部分ではなく、自律的な部分に注力するということになる。

 

物欲だったり、地位だったり、他人の歓心を欲しがるというのは、がなすものであり、他との関わりの中で引き出す他律的なものでもある。

つまり、モテを追求することは、他人の歓心を欲しがろうとすることであり、これは他律的な行為に他ならないと俺は思っているのである。

それに対して、他人のことを気にせずに自分自身がなりたい自分になる、自分があるべきと思う自分でいる行為を自律的な行為と俺は見なしている。

そして、俺は他律的な行為は自律的な行為よりも幸福を追求する手段としては一段下の行為だと思っている。

 

確かに、美女は魅力的だし、遺伝子に子孫繁栄の本能を仕込まれているために異性に対する性欲もあれば、異性に恋することもある。

もし、今から恋に落ちるとしたら美女以外の属性は考えられないであろうし、胸がキュンとなる感覚を想い返してみても、相手に恋をしてしまえば心がそう思うことを止めることはできない。

そういう気持ちを止めることはできないからこそ、本能のおもむくままに生きれば良いとも思っており、個人的にはボノボのように手当たり次第に行けば良いとも思うのだが、それでも、モテを目指すことは他律を基準とした一段下の行為だと俺は思っている。

 

そのうちにどうやってこういった至ったかについては別の機会に詳しく書こうと思うのだが、プロフェッショナリズムが他律を基準とするのに対して、アマチュアリズムは自律を基準としていてより高尚だと思うのと同じとらえ方なのである。

 

人によるのかもしれないが、俺に関しては、俺自身が幸せに生きるためには、他律的に生きるよりも自律的な生き方に注力するほうが合っていると感じている。

つまり、乱痴気騒ぎも美女も雑念であり、不要かつ邪魔ということなのである。

冒頭に「残念」と述べたが、出世欲も色恋も雑念と思っている俺からすればどうしても残念に思えるのである。

 

話を変える。

親父に薦められて前回初めて見た「ナイナイのお見合い大作戦」だったが、昨夜放送の回も見た。

 

俺には、結婚などという面倒臭く高コストなことを目的化する人の気持ちがこれっぽっちもわからないが、「ナイナイ」にせよ、NHKの「72時間」や「サラメシ」にせよ、自分とは違う考え方や生き方をする人間の人生模様をテレビで見るのはとても好きである。

海外旅行をするのも、異国の暮らしぶりを見て回りたい、異国人の考え方やとらえ方や流儀に少しでも触れたいと思ってのことである

 

また、話を変えるが、俺は上京するまで女性と交際したことすらなかったこともあり、若気の至りでモテたいと強く思ったことがあったが、早めに要諦に気づいたので、交際するにせよ遊ぶにせよほとんど困ったことはなかった。

 

その要諦をかいつまんで言えば以下のようなものである。

他律的な行為なのだから、自律的な行為の逆を行けば良いともいえるのである。

 

  • 自分にとってそうであるように、相手にとっても、会って少し話したところでOKかどうかはほとんど決まっている。

  • いくら自分が相手を気に入っても、脈がなさそうな相手には行かない。

  • お互いのために、お互いに好感を持っているとわかる時にのみアプローチをするべき。

  • できるだけ良い相手を見つけるためには母数は多くなければならないので、狭い世界にうずくまることのないように視野を広げるべき。

  • 誰かから好感を持たれる水準になる程度には、見た目・目力・所作・聞き方・謙虚さ・多様性を磨き、ジェントルマンであるよう努力をするべき。

  • 自分の胸がときめかない相手に行くのは、遊び目的以外であれば時間の無駄。

  • 遊ぶ場合には相手自身が「だから仕方なかった」という言い訳を心の中に作れるよう完璧にお膳立てをしてあげるべきである。

  • 草食・肉食などという言葉があるが、戦略を徹底的に講じて勝率を上げ抜いたうえで、待つ相手に対して、最後のひと押し分のみ肉食になってあげるべきである。

 

上記のようにある程度、他律重視にしつつ自分自身を魅力的に高めておけば、自然と多くの異性がこちらに魅力を感じるようになって、異性からアプローチを得られるようになるので、その中から気に入った選択肢を選べば良いといえるわけである。

なお、本ブログの前身のサイトでも、「相手の意志を確かめる方法」「確実にホテルに連れて行く方法」などについてやたらと掘り下げた内容をディテールまで掘り下げて書いていたのだが、それに関してはさすがに後年になって消した。

 

嚢中三升の米 炉辺一束の薪  良寛

 

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ダライ・ラマの夏の離宮であったラサのノルブリンカにあるこの格子印はチベット仏教で「永遠の絆」を意味している