GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

森友文書書き換えで考える「何のために」と「自分のために」

 

「何のために」

森友文書書き換え問題で国政に激震が走っている。

籠池泰典氏が繰り出す数々の揺さぶりに屈して随意契約をしてしまった財務省近畿財務局の仕事のミスによって起こったのか、政治家の意図を忖度して無理な契約をしてしまったのかはわからないが、籠池氏に首相夫人が絡んでいたことから野党やマスコミから徹底的に狙い撃ちされるようになった案件である。

その結果、長期間にわたって森友問題として発展し、朝日新聞がどこで「確認した」のかは明らかになっていないものの、3月2日の朝日新聞のスクープによって激震が走り、財務省は最終的に貸し付け契約と売却契約に関する14文書の内容を書き換えたことを認めた。

麻生氏の説明通り、佐川宣寿氏の国会答弁と決裁文書の整合性を取るために後づけで書き換えが必要になったのか、もしくは、佐川氏の答弁と書き換えの両方が誰かの指示もしくは忖度によって行われたのかは今のところ不明である。

また、これが「書き換え」で済むのか、「改ざん」と言わざるを得ないのか、罰せられるものが罰せられるのか、トカゲのしっぽ切りになってしまうのか、それがどの程度の規模になるのか、今後、さまざまなことがわかってくるのだろうと思う。

 

安倍政権を手放しで支持するわけではなく、権力に批判的な姿勢で立ち向かうのがジャーナリズムであるということを理解しているものの、安倍政権打倒のためにであればあまりに手段を選ばない朝日新聞の非建設的な姿勢に不快感を覚え、このブログでもこれまで朝日新聞を散々批判してきた。

その俺でも、今回の件における朝日新聞の社運を賭けた執念には頭を下げざるを得ない。

 

門外漢の俺がこの問題についてとやかく言っても仕方ないのでこれ以上述べないが、それぞれが「何のために」このような動きをしたかについては考えてみた。

大雑把に考えて、以下の方々や組織は以下の動機で動いてきたと思う。

  • 籠池氏:手段を選ばずに目的に向かった結果、事件を引き起こした。
  • 朝日新聞:真実を追求するジャーナリズムの役割と安倍政権打倒の「社是」。
  • 与党:傷少なくこの件を乗り越えたいという思い。
  • 野党:安倍政権打倒という明確な目的。
  • 財務省自らのミス隠し?何者かへの忖度?


追求をしなくてはならないのは、財務省が決裁文書の書き換えを、誰の命令もしくは希望で、「何のために」したのか、その目的のためにどうしてここまで危ない橋を渡ったのか危ない橋を渡ることでそれをした当人にどのような見返りがあるのだろうか、ということは誰しもが思っていることであろう。

誰かの指示であれば指示した者とその目的を探し出せば良いし、それが政治ならば政治が責任を取ることになると思うが、もし、何者かへの忖度と忖度の結果として得られる見返りのために財務省職員が自分の意志でここまで危ない橋を渡ったのであればあまりに残念としか言いようがない。

まさか、忖度の見返りが消費税増税だったり、与党や経済産業省に対する省益の確保だったりしたら、人柱ではあるまいし、当事者にとってあまりに悲し過ぎる。

 

「自分のために」

この事件を自分にあてはめた場合、自分自身のためならばともかく、組織や上の者なんかのために忖度も不正もしないだろうなと思う。

以下のように、「自分のために」どう生きるべきかを常に意識して生きていれば、仕事やキャリアやお金のためにそのような残念なことをせずに済んだのにと思うのである。

  • 人間は皆対等である。
  • そもそも大昔の人間は自給自足に近い生活をしていた。
  • 自給自足で食べるのは大変だから、仕方なく分業によって比較優位な仕事を行い、他人のために仕事をした対価として貨幣を受け取っている。
  • 仕方なくやっている仕事ごときのために無理をするのは自分の人生に対する不誠実。
  • 仕方なくやっている仕事ごときに対して過剰な自己犠牲を払うのは自分の人生に対する不誠実。
  • 仕方なくやっているものに内発的なやりがいを感じるのはラッキーだが、教条的なやりがい搾取や他者貢献の押しつけにはひっかからない。
  • 他律・不自由の権化であるプロフェッショナリズムに敬意を払いつつもそれを憐れみ、自律・自由からなるアマチュアリズムを粋なものとして尊ぶ。
  • 現代の日本の最底辺の生活レベルは100年以上前の誰の生活よりも豊かであり、足るを知れば怖いものはない。


このような事件が起こると、こういった原理原則が俺の心の中にいくらでも湧き出てくるのだが、列挙するのはこの辺にしておく。

赤紙召集令状が届いたわけではあるまいし、自分の中にこういった律を持っていれば、仕事ごときに対しては常に開き直った態度で臨めるはずである。

幸福に生きるという「目的」のために、生きるために仕方なく行う仕事という「手段」があるわけだが、重責を負うプロフェッショナルであるエリート集団は、いつの間にか手段に人生を飲み込まれる不幸に見舞われることが多いように思う。

「これは働きアリのパラドックスとでも言うべきものであろう。

 

他人から俺を見たら、どこまでも怠惰で投げやりで無責任で利己的で開き直っているように映るだろうと思う。

しかし、俺は他人からどう思われようと、自分を幸福にするために自分が定めた自分の律に対して誠実に生きる。

 

最後に余談。

こういったことで国会が空転するのはもったいないが、首相候補と呼ばれる政治家の経済政策等の認識を見るに、現状では安倍政権がベストだと思う国民が多いだろうということと、野党には情けないぐらいに政権担当能力がないのだから、狭義の国益のためにこの件は早く収束すればいいなと思う。

また、消費税増税時の新聞の軽減税率はこれでなくなったかもなと思った。

そうなればいい気味である。

願わくばインフレが確かなものになるまで消費税増税も延期になればとも思う。