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社会全般について思ったことをここでつぶやいてます

高年収正社員への課税についての悲喜こもごも

一つの判決が世の中を大きく変えてしまうという事例がいくつかあるが、日本の経済力が衰退した理由に、昭和53年に東京高裁が示した「整理解雇の4要件」を挙げる人は多いと思う。
これは、「人員整理の必要性」「解雇回避努力義務の履行」「被解雇者選定の合理性」「手続の妥当性」の全てを満たさないと不当解雇となり無効とされるものである。

昔はキャッチアップ経済だったこともあり、かつ、その頃の人口ボーナス等の社会状況もあって、終身雇用と年功序列(要は給料の後払いで、賦課方式年金と同じで逃げの構図)が日本社会に定着する中で、この判決によって、正社員を一度雇ってしまったら最後、不祥事でもやらかさないとクビにできないという日本独特の事情を生んでしまった。

これが日本国内における企業活動の手足を縛って、経済構造の変化は妨げるわ、人材の流動性を低くするわ、個人の挑戦心を奪って心を縛るわ、正規と非正規のあからさまな身分差を生むわと、国にとっても人にとってもどうなの?と思える多くの負の結果を生んだように思う(もちろん、絶対にクビにならない安心感や家族的経営など、正と思える面もある)。

僕が思い浮かぶ負の影響には以下のようなものがある。

  • 正社員は一度雇ったが最後で、まずクビにできないため、雇うリスクが大きく、そのリスクを減らすために派遣社員契約社員といういびつな雇用形態での雇用が広がり、両者間にあからさまな身分差を生み、社会を分断した。

  • 超氷河期で新卒の採用が極端に減った世代において(僕の世代はこれに入ります)、最初からキャリアパスの構築ができずに、派遣社員契約社員から抜けられないという人生を歩む人たちを多く生んでしまった。当時、使えない中高年を切ることができればこういったことはなかったはずだが、今や、この超氷河期の非正規労働者が中高年になってしまった。

  • 使えない中高年をクビにできないわ、労働慣行上、減給は難しいため高給は減らせないわで企業を消耗させた。使えない中高年は後がないから何があっても会社にしがみつくし、事業を整理して新しい分野に注力したくとも、旧来の人材を解雇できないまま抱え続けているのでそれが企業の屋台骨を揺るがすほどに邪魔になることがあるし、中高年の給料が高いためにその犠牲として若手の給料が国際比較的に低く抑えられる結果となった。そして、若手に高い給料を払う外資系などに遅れをとった。また、とんでもない高額で中高年層の早期退職を募っても辞めるのは優秀な人からという皮肉を生んだ。

  • 新卒で大企業や優良企業に入れた優秀な人材にとって、転職することのリスクが上がり、多くの大企業の人材が硬直化した。

  • 会社を辞めたら人生計画が大きく狂うため、正社員は会社への忠誠度を上げざるを得ないし、転勤(僕は上層部以外の転勤は人権侵害だと思っている)や長時間労働や無駄な慣習があっても自分を押し殺さざるを得なくなり、多くの正社員の心の自由を奪った。

  • 「こんな会社辞めてやる!」と言えない不自由な人生を多くの正社員に強いた。とある統計によると、実は日本のサラリーマンは他国よりも心の底では会社を敵視しているそうである。

  • とにかく会社におんぶにだっこなので、自分の人生や資産(特に人生のほう)をどうコントロールするかを考えない人の割合を高めた。

  • 同じ企業にしか勤めたことがなく、現場から出世した人が会社経営を担うという危なっかしい状況を生んだ。モノを言わない株主とあいまって、社員上がりの経営陣が社員となあなあの緊張感のない経営を続けた結果、アメリカ企業などに比較にならないような時価総額の差をつけられた。

考えればまだまだまだまだいくらでも書けるが、これぐらいにしておく。

今度は、これと増税の話について述べる。
政府が、所得税の控除見直しにより増税となる会社員を年収850万円超とする修正案に合意した件で思ったことに関してである。

850万円も稼ぐようなサラリーマンは、①絶対数が少ないから選挙での存在感がない、②バリバリ働いているため日々忙しく政治にごちゃごちゃ言う暇がないから不満も出にくい、③食うに困っておらず金持ちケンカせずで政治に必死になれない、という特徴があるから増税しやすいのではないかと思う。
また、僕が思うもう一つの増税理由が別にあるのだが、これは後に述べる。

この層には、本人の実力もあるだろうが、大企業に勤めているという事実によって高給を得ている層や、中高年の正社員が多く、こういう人は低所得層に妬まれやすいので狙い撃ちしやすいという面があるように思う。
そりゃ超氷河期の非正規社員から見たらズルいと思っても仕方ないですからね。

このように、労働所得に対して課税する所得税増税というのはやりやすい。
それに対して、消費に対して広く課税する消費税となると、低所得層と資産保有者の有権者を激怒させるのだが、この両者は有権者数も多ければ口もうるさいので消費税増税は政権を潰すほどに難しい。
もちろん、高所得のサラリーマンがもっと声高に所得税減税・消費税増税大賛成と叫ぶべきなのに、見識がないのか、騒ぐのがみっともないと思っているのか、叫ばないのも悪い。

というわけで、消費税増税で比較不利的に損をするのは低所得層と資産保有層なのだが、この資産保有には、不労所得貯蓄切り崩し層若中年層年金生活がいる。
そして、資産保有層のうち、不労所得のある若中年層は、貯蓄を切り崩しつつ年金で生活する層と同じようなベネフィットを得ているということになる。

先ほど、もう一つの増税理由を述べると書いたが、850万円以上も稼ぐような層に多くの手取りが残って、消費してくれればいいけど、下手にコツコツと蓄財・資産形成をされて、その結果、この優秀な層に不労所得のある若中年層にでもなられて、早めにリタイアされたり、仕事に対して怠惰になられたら国家的な人材の損失といえるわけで、生涯現役を掲げたい国家としては何としてもそうさせないようにしなければならないわけである。

このように、バリバリ働く層に比べて、不労所得のある資産保有層の若中年者に対して甘い税制となっているのは確かなのである。
ならば、不労所得のある資産保有層への課税を強めれば良いと思う人もいるかもしれないが、それは以下のような事情で簡単にはそうはならないのではないかと僕は思っている。

自民党議員の喫煙率は6割を超すようで、自民党両院議員総会は喫煙可らしいが、自民党議員の多くはいかに禁煙関連法案を骨抜きにしようかとがんばっている(都民としては小池氏にここだけはがんばってもらいたいところ)。
そして、資産や不労所得への課税にさほど踏み込まないのには議員の個人的な収入事情の影響も多少はあるのではないかと推察するのである。
ところで、富岡八幡宮があそこまで羽振りが良いように見えたのは門前仲町の一帯の地主だからだそうだ。

ちなみに、僕個人がこういった課税の動きを良しと思っているかどうかなどについてはここには書かないこととする(笑)。