GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

定額制について① 定額制と幸せについて

「定額制」について思ったことを3回に分けて書く。

 

僕はビュッフェが大好きだったが、40歳になったのを機に行くのを最低限にするようになった。

長所も多いのだが、あまりにも短所が多すぎるからである。


長所には、行く前の高揚感、少しずつ多種類のものを食べたいという願望を叶えられる点、アラカルトで頼むよりもずっと安くでお腹いっぱい食べられるという点が挙げられるだろう。


短所は、作り置きなので味が落ちる点、食べ過ぎて健康に悪い点、食べ過ぎて自己嫌悪に陥る点、終盤は美味しく食べられない点、あまりにもありがたみがない点であろう。

本来ならありがたく思って食べることができるものを雑に食べ散らかしてありがたく思わなくなるのはやはり本末転倒である。

歳をとって食べられる量はずいぶんと減ったが、大柄なためそれでも結構食べ、しかも炭水化物以外の肉や魚介や野菜ばかりを食べる僕のような客は店にとっては迷惑だと思う。

そして、インターコンチネンタルホテルのビュッフェでカニばかり食べ、帝国ホテルのビュッフェでローストビーフを何枚も食べるようなセコイ人より、「俺は今はやきそばが食べたい気分なんだ」と言ってビュッフェでも本能を貫く人のほうが精神的にはずっと豊かだと思うが、僕を含めて大抵の人は前者である。


人間は「満腹で食べる上カルビ」よりも「空腹で食べる塩むすび」に幸せを感じる。

幸せになるために最も重要なことは、「足るを知ること、それをコントロールしてシンプルに生きること」と常に思いながら生きているのだが、最近の世の中は食べ物以外もビュッフェばかりになってしまって、なかなかそういった生き方を許してくれない。


資本主義が最後に生み出したモンスターであるAmazonが、実店舗を単なるショールームに変えてしまい、世の中から買い物という行為を一掃していっているのと同じく、Amazonは定額制という特典を設けて顧客を囲い込んでコンテンツ業界を飲み込もうとしている。

もちろん、宅配サービスもコンテンツの定額制もAmazonだけが行っているわけではないので、ここでいうAmazonとはアイコンとしての意なのだが、株主の利益を度外視しても、赤字を出してでも顧客満足に全力を注ぎ続けて他の追随を全く許さない圧倒的な状況を作ってしまうという意味ではやはりAmazonはモンスターである。

 

インターネットの出現、それに伴う無料サービスの出現、そして、スマホという顧客の時間資源を奪い去る存在の出現で困りに困っている小売り業界やコンテンツ業界に対し、さらに迫る脅威が定額制なのである。


受け手にとって、本の読み放題も、音楽の聴き放題も、映画の視聴し放題もありがたいのだが、飢えを知ることができなくなったことが幸せにとって良いことなのか自問自答することも多い。

ビュッフェと違って食べ過ぎて健康を損ねることもないし、味が落ちるということもないのだが、定額制サービスがあると、全てが「満腹時の上カルビ」になってしまうのだ。


逆に、「空腹時の塩むすび」を思い出してみる。


40歳程度の人だったら、子供の頃、ビデオデッキすらない頃にテレビにカセットの録音再生専用機を近づけて番組を録音して後で映像無しで何度も聴き直したり、そのようにして録画したお気に入りの曲を集めてMYコンピレーションカセットテープを作って擦り切れるほどに聴きまくった経験はあるだろう。

「タッチ」の番組を録音している途中、上杉和也が事故に遭うシーンで親父が話しかけてきて、後で浅倉南と親父とブチ切れた僕の声を何度も聴き直したことなどはいい思い出である。


VHSデッキが家に来てからも、自分用のテープを親にもらってそこに自分のテープであることを誇示したイラストを描き、3倍モードで録画して、テープの画質が悪くなっても気にせずに使い倒したものである。


中学生の時にビートルズの音楽を聴いて衝撃を受けてからずっとCDを集めたくて、高校になった時に新聞配達をして14作全てを揃えられた時のうれしさは忘れられないし、英語の成績は常に最低で、英語の曲なんて今では全く覚えられないのに、この頃に覚えた曲は今でもそらで歌える。


古本屋を何軒も見て回ってパーツを揃えるように買い集めたマンガ本を何十回も読み直したこともあれば、ファミコンを持っている友人の機嫌取りも随分とした。

イミダスや知恵蔵も頭から順に読んでいったものである。


いずれも相当な「空腹時の塩むすび」である。


定額制はこういった情緒やありがたみを一気に吹き飛ばすものだ。

定額制はコンテンツ作成側にとってはこの上なく残酷な脅威だ。

その代わりに消費者が存分な恩恵を受けることができて本当にありがたいのだが、それでも、一消費者として「満腹時の上カルビ」を食べているような感覚になっているのが残念である。


ところで、先に、宅配サービスが「世の中から買い物という行為を一掃」すると書いたが、書店で立ち読み・品定めができなければ本そのもののビジネスが縮小するように、実店舗というショールームがなければ通販業界の多くは成り立たず、定額制以外のコンテンツにお金を落とす人がいなかったらコンテンツ業界は成り立たない。


それでも宅配サービスは相応の利益を生むが、定額制がそれに見合う利益を生むとは思えない。

ビュッフェは人件費を浮かすことができるが、デジタル配信コストは定額制だろうと従量制だろうと変わらないはずである。


定額ビジネスモデルは一体何を目指そうとしているのだろうといつも思う。

ちなみに、この解については3回目まで読んでいただいても書かないし書けない。

 

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