GOODDAYS 東京仙人生活

ひっそりと静かに生きる47歳仙人のつぶやき

仮想田舎暮らし① 仮想田舎暮らしを始める理由

仮想田舎暮らしについて考えるようになった理由を書く。

 

僕は、日本という国に生まれたこと・健康であること・ものすごく仲の良いパートナーの存在・愉快な友人の存在・生活するのに不安のない収入があることといった生活の基本的基盤以外に、以下の要素を満たしているので、相当に幸福な日常を送っていると思って生活してきた。

  • 都内の好きな場所に自分が理想とする部屋を体現してそれを所有して住んでいること。

  • 通勤電車と長時間通勤とは全く無縁な徒歩15分通勤であること。

  • 長時間労働ではないこと。

  • 思うように有休消化をできていないが、年に2回程度は海外旅行をして、数回は国内旅行を楽しむ生活ができていること。

ところが、人間とはワガママなもので、以下のような要素が出てくると色々な雑念が出てくる。

  • 二人とも異常がないので続けてきた不妊治療を昨年で止めたのでどうやら子育てをする人生にはならなそうなこと。
     
  • そして、それはそれでとことん楽しめば良いと思っているので実際のところ悲壮感は全くない。

  • ライフスタイルがどんどんシンプルに研ぎ澄まされていって浪費を楽しまなくなってきていること。

その結果、自分の中に出てきた雑念が以下のような要素である。

  • お金をそんなに使わないようにすれば、今の豊かな世の中で週に35時間も働く必要性を感じない。
    このところ、中間管理職としてのストレスに苛まされることが増えて精神的にかなり疲れている。

  • 長らく東京が大好きだったし、人と飲んだり、店を開拓したり、色々なところに出かけるのが好きだったのだが、十分な経験値が貯まり、その頻度を相当減らしても平気になって、年々シンプルな生活で満足できるようになってきた。

  • 長らく幸福ログをつけていて、その記述の多くが能動的な幸福ではなく、自然の美しさや季節の移り変わりから感じる受動的幸福だったので、都会の喧騒に身を置かずに美しい山と木々に囲まれて生活したい。

  • 付近の不動産価格が上昇しているため、ローンを返し終えた後に家を賃貸に出せば、管理費・共益費・固定資産税を引いても結構な賃料が得られるはずで、この収入+投資利益+アルバイト収入で生活が成り立つのではないかという淡い期待がある。

  • 仮に田舎に不動産を獲得した後に相当節約して生活をし、気分および季節によっては東南アジアに長期滞在をすれば、かなり出費を抑えられるのではなかろうかという無茶な希望的観測がある。
    これは、世の貧乏山暮らしの本などからの感化されたものである。

  • ネット環境の充実、電子書籍の普及により、田舎もしくは他国においても東京にいるのとさほど変わらない情報に触れて生活ができるように世の中が劇的に変わった。

かといって、田舎暮らしに切り替えてもできる仕事はアルバイト程度だろうから、東京で正社員として働く今と比べると数分の一の時給しか得られるはずがない。

そもそも、二十年以上東京に住み続けている自分に田舎暮らしが向いているかもわからないし、田舎の人間関係に合わせられるかもわからないし、生活はシンプルだが東京の街は大好きだったりするし、暇な時間が多くなったところで時間を忘れて打ち込めるような趣味があるわけでもないし、好きな旅行の回数を減らしこそすれそれを大きく我慢できるかどうかもわからない。

そして、僕自身、今住んでいる家が大好きで、パートナーは自分以上に我が家ラブである。


そんなわけで、パートナーの賛同も全く得られておらず、そうすぐには田舎暮らしを始めるというのは現実的ではないと思うのだが、長い人生のオプションとして田舎暮らしを想定してみるという行動は早いうちからやってみたほうがいいと思うようになった。


個人的に田舎暮らしを想定して憧れる点は以下の点かと思うのだが、我ながらあまりにイメージが貧困で、まさしく、「こんなんじゃ、田舎暮らしなんて言っちゃダメだよ」と突っ込みたくなる典型かと思う。

  • 美しい山や田園風景を見ながら暮らしたい。

  • 自然に囲まれたなかでの爽やかな朝が恋しい。

  • 風情のある小屋に住みたい。

  • 寝転がって空や鳥を眺めていたい。

  • 満天の星を見ながら生活したい。

  • 焚火をして好きなだけ火を眺めまくりたい。

  • 食べ物を炙りまくりたい。

  • 出来たての美味しい野菜を食べて生きてみたい。

  • 人間としての原始的な部分を感じてシンプルに生きてみたい。

というわけで、次回以降に続きます。

 

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気持ちだけ田舎へ…