GOODDAYS

社会全般について思ったことをここでつぶやいてます

通勤手当と通勤地獄と住む場所の選択

まず、今回の記述は極めて個人的かつ偏った考えに過ぎないものだと断っておきます。

ずっと前にブロガーのちきりん氏が「首都圏で働く多くの人が、片道でも1時間、時には1時間半や2時間など、全員あわせれば膨大ともいえる時間を通勤に費やしてる」のは通勤手当によるところが大きいので通勤手当は廃止すべきと書いたのだが、それがネット上で議論を呼んでいたようである。

個人的には初めからその制度がなかったのであればともかく今となってそうするのは厳しいと思うのと、会社が一切移転しないのであれば考えられなくもないが、会社というのは移転することがままあるので非現実的な面もあると思う(しかも大企業に限って全然違うエリアに移転したりするから驚く)。

 
僕は徒歩通勤なので通勤手当を1円ももらっていないが、都心に住んでいるのでそれなりに高い家賃(ローンの返済であってもそれが終わるまでは家賃を払っているという意識で住んでいる)を払っている。
さらにそれによって、郊外と違って広くない家に住み、駐車場代が月額38,000円もするので車も持たず(シェアカーは契約している)、競争があまりなく地価が高いため全然安くないスーパーで買い物をして、近隣に緑が多いとも言い難い。
でも、会社に着く12分前に家に出て、会社を出た12分後に帰宅するので、毎日6時間以上は自由な時間を確保できている(また、会社に着く1時間前に起きても朝ゆっくりできる)。
職住近接の快感を味わったらもう抜け出せないと僕の知っている人は皆が皆言っている。
 
また、僕のようなヨソ者は地縁があって東京に住んでいるわけではなく、自ら選んで東京に住んでいるので、住む場所はどこよりも良いと心から思える場所でないと納得できない(と思う)。
昔から住んでいる人のように成り行きで住む場所を選んでいるのではなく、これまで7回も引っ越しているが、毎度毎度熟慮に熟慮を重ねて自分にとってのベストオブベストの場所を選択して住んでいるのである。
また、どこに住むのだとしても個人的に住む場所に求める最低限の基本条件として、何があっても満員電車には乗らない、職住近接でないと嫌だというのがある。

確かに、マスコミや文化事業など東京でしかできない地場産業というのがあり、僕の仕事も東京にしかない地場産業なのだが、どうしてもしたい仕事をしているわけではないので、それがかなわないなら東京でない別の都市に住んでいたと思う。
逆を言えば満員電車に乗って遠距離通勤をしてまで東京に住みたくないということである。
これは行列に並ばないというのと同じで僕にとっては譲ることのできないポリシーである。
 
広い世界の中で働く・住む・遊ぶ場所を選ぶ上で、日本人として生まれたから日本に住むのが自然なのだろうが、昔から海外で住んでみたいという思いがないわけではなく、それもあって若いうちに世界をある程度見て回ったのだが(アメリカ大陸には行っていないのだけど…)、やはり日本・日本人がダントツでいいと思うのと、あまりに英語力や度胸がないから日本に住んでいるし、日本にも福岡・広島・神戸・京都・金沢・横浜・函館など住んでみたいと思わせる魅力的な都市がいっぱいあって、他所に住んだらどうだろうと思わなくもなかった。
東京の大学に行ったことと最初に東京の会社に就職したから東京に住み続けたものの、フリーになったり、再就職をする際に東京以外の場所を選ぶ選択肢がなかったわけではない。
それでも東京に住んでいるのは、もちろん数少ない友人のほとんどがここにいるというのもあるが、東京がどこよりもエキサイティングだと思うからであり、選んで住んでいるという意識が強くある。
 
なかでも僕が住んでいる勝どき・月島エリアは家賃や物価はかなり高いけど、近くの商店街が築地や銀座や丸の内で、近くのショッピングモールがららぽーと豊洲で、日比谷公園浜離宮や皇居の緑もあれば、隅田川や東京湾やお台場も近くて、ヒートアイランドとは無縁で、月島や佃の情緒ある街並みがあって、老壮青のバランスも良く、そして何より自分の職場に近いので、僕にとっては広い世界の中から選びに選びぬいた結果、ここに住みたいと思ったエリアである。
 
とはいえ、不動産を購入するにあたっては、購入する前の3年間、このエリアで出てくる全ての売物件に粘り強く目を通して不動産屋レベル(自称)の相場観を養い、震災後に一気に値段の下がった時期に、「これ以上の眺望・立地・価格・耐震性の条件が全て揃った物件を買えるチャンスは十年以上は来ないだろう」と確信できた物件を購入したのだが、東京オリンピックが決まってエリアの不動産価格が一気に高騰した今となっては僕にはもう手が出なくなってしまった感があり、そういう意味ではとても幸運でもあった(なので、今となってはこのエリアはどう?と人に薦められない心苦しさはある)。
 
遠距離通勤をする人に失礼にならない程度に遠距離通勤をする理由を聞くことがあるが、以下に僕が個人的に理解できた理由とあまり理解できなかった理由を以下に挙げる。
ただし、全ての理由に対して「毎日満員電車に乗ってもか?」「長い通勤時間がかかってもか?」と問い正したい気持ちはかなりある。
 
完全に理解できた理由は以下の理由である。
 
満員電車で過ごす時間が苦にならない(→あっぱれ)。
配偶者同士の勤務地が離れており、どちらかが涙を飲む(→仕方ない)。
家を買った後に転職などで勤務地が変わってしまった(→また、前述の通り大企業ほど大胆に移転するから困る)。
親の介護等仕方のない理由(→通勤時間より大切なものはあります)。
 
まあ理解できた理由は以下のような理由である。
 
どうしても地元が良い、家賃が安い、始発なので座って行ける、やはり一戸建てがいい、緑が多くないと嫌だ、車があるから、子供や犬が走り回る緑が欲しい、子供が育つ環境を考えて、などである。
価値観の優先順位というものは人によっていかんともし難いですからね。
なお、都心部は子供が育つには向いていないと思っている人が多いなあとは人と話していて感じることが多いのだが、都心部には多くの税金が投入され、都市の顔となるべき公共用地も多く確保されているから、狭くて貧弱な道路網しかない半端な沿線都市より意外と緑や遊ぶところが多いような気がするのだけどなあとは思わなくもない。
 
あまり理解できなかった理由は以下のような理由である。
 
物価が安い(→そんなに違うか?)、実家に近い(→親の介護があるとかであれば別だが職場より実家に近いことが優先されるのか?)、土地勘がある、昔から住んでなじんでいる、なじみの店がある、職場の近くに住むと気持ちの切り替えができない(→休日も会社の前をガンガン通るけど僕にはこの感覚は全くない)、ターミナル駅を通過したい、会社に近いと同僚の溜まり場になる(→嫌なら断れ)、終電がないとだらだらと深夜まで働いてしまう(→意思はないのか?)、などであり、これらは僕には良く理解できない理由である。
 
ちなみに、故郷の宮崎は大好きだし、あんなに気候が良くて食べ物が美味しいところってそんなにないと思うが、少年時代の思い出を抱えた土地に大人になっても住み続ける人ってすごいなと、どちらかといえば大学デビューをして、そこから精神的に自立して大人としての自分自身の人生を歩み始めた僕としては思わずにいられないのだ。
多くの人は子供の時に住んだ街に断絶を置かずに大人になっても住み続けるのだが、本当にすごいことだよなあと感心してしまうのである。
 
最後に一つ。
個人的に賃貸派か持ち家派かと言われれば前者のほうが圧倒的にリスクが少ないと思うのですが、先述のちきりん氏は以下のようなことを書いており、これは僕の考えと全く同じだと膝を打ったので以下に引用しておきます。
 
『居住用不動産について「購入か、賃貸か」という比較や論争をよく見ますが、その大半が「お金の比較」であることに、ちきりんはいつも違和感を覚えます。「自分の住む家って、大事じゃないの?」と思うからです。そもそも人間は、大事なものは経済的比較で選んだりしないんですよね。「経済的な比較で決めるものは、大事じゃないモノ」だけなんです。』