GOODDAYS

  世の中の歪みをかいくぐってひたすら逆張りの人生を歩む俺の意見

カンボジア

 

急にアンコール・ワット

自分の頭では年末年始はタイのプーケットに行こうと考えていたのだが、前年の香港は夏には手配したのにも関わらず、この年は手配しないままだんだん年末が近くなってきて焦り始めたところ、パートナーが料金が安めで直行便で行けるアンコール・ワット行きのツアーを見つけてきたのと、いつかは必ず行きたいと思っていたので今回はアンコール・ワットに行ってきた。

今回は首都のプノンペンに行くことがなく、アンコール・ワットのあるツーリスティックな街であるシェムリアップに行っただけなのでカンボジア全体の所感とはなっておりません。

でも、年末年始にアンコール・ワットに旅行するつもりの方には役に立つことを書けたのではないかなと思います。

 

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機中

2014年12月29日

7時40分に家を出て、9時に成田に着き、恐ろしく長いツアーデスクに30分ぐらい並んで出国したはいいが、11時半発の飛行機が遅れて12時半の離陸となった。

帰りは5時間半だが、行きは7時間弱乗って、2時間の時差なので17時20分に着陸。

アジアンエアの直行チャーター便が出たのはとてもありがたかったのだが、今回はLCCでのフライトである。

LCCに乗るのは初めてで、長身の僕の膝が座席に収まるかという不安もあったが、なんとか収まったので、アジアへのフライトであれば問題ないことがわかった。

とはいえ、今回は前の席の人が座席を倒さずにいてくれたからありがたかったが、あれで倒されたらしんどいだろうなとも思った。

もちろん僕も倒していない。

機内に映画や音楽のエンタテイメントはないのだが本を持っていけば全く問題がないし、機内食も出て、しかも味も普通だったし、ビールももらえたので不満は何もなかった。

おそらくチャーターツアーだからこれらが含まれていたのだと思う。

 

空港の外に出るまでにイミグレーションや手荷物が出るのに時間がかかって空港の外に出たのが18時10分。

これまでバリ島の空港が最も時間を要したが、今回はワースト2位。

小さな空港のほうが外に出るまでに時間がかかるものなんですかね。

とはいえ、ハワイなどはそうではなかったので発展途上国マタ―だと言わざるを得ませんが…。

うちらは急いで列に並んで50分かかったものの最初のほうに出たが、現地でビザをとる人もいるなか、全員が揃うまでツアーのバスが発車せず、さらに50分待って19時頃になってやっと発車となり、チェックインは19時半になった。

ツアーというものに慣れていないので、その無駄な時間にはイライラするが、ここからは76時間後の集合時刻まで完全に自由行動となる。

 

シェムリアップ

2014年12月29日(続き)~2015年1月2日

シェムリアップ川沿い西側のパブ・ストリートを中心としたこじんまりとしたエリアに見どころは集中しているが、パブ・ストリートはあくまで外国人向けのツーリスティックなエリアであり、カンボジア人の暮らし向きを知りたいのであればその他のエリアも見て回ったほうが良いと思う。

うちの場合は、ホテルがパブ・ストリート周辺でもなく、大型高級ホテルが多いエリアでもなく、シェムリアップ東岸の比較的地味な場所にあってそこから歩いてパブ・ストリートへ何往復もしているので街のいろんな場所を見て歩くことができた。

パブ・ストリートは一昔前のバンコクのカオサンロードのようで居るだけで楽しいエリアである。

こういった無国籍で猥雑極まりない界隈でゆっくりすることをアジアの旅の大きな楽しみにしている人が多いと思うが、もちろん僕もそうである。

 

なお、パブ・ストリートエリア以外での見どころはオオコウモリが生息する数本の巨木があるところぐらいだと思うが、ここですら徒歩でそんなにかからない。

また、クメール・ルージュによる粛清跡地であるキリング・フィールドや博物館群には行ってないのでどうだったかはわかりません。

今回キリング・フィールドに行かなかったのは国中に多数存在している場所なのに、ここを見るだけでキリング・フィールドをわかった気になりたくなかったのと、そのことに対する勉強がまだまだ不足していると思ったからである。

遠方にはアンコール遺跡群以外にも遺跡があるようだし、トンレサップ湖やマーケットがあるようだが、旅慣れた人間の好奇心を満たすほどのものかといえばそうではなさそうな気がしたので行っていない。

もちろん、時間があれば行きたかったが、ゆっくりするのを優先するか否かで前者を優先しただけである。

アンコール遺跡群以外に見どころが少ないことを逆に喜んで、アンコール遺跡群の観光に専念し、後はホテルやパブ・ストリートでゆっくり過ごせば良いので気分は楽だった。

 

あくまで僕の感覚と実際の過ごし方だが、アンコール・ワット+αとアンコール・トム+αをそれぞれ半日ずつ見て、夜はパブ・ストリートで過ごし、それ以上の滞在日は特にすることがないと思うのでゆっくりするのがベストだと思った。

体力があれば午前にアンコール・トム、午後にアンコール・ワットを一気に見て1日で終わらせることができると思う。

ということで、滞在日数が丸2日以下であれば安いホテルでも結構だろうが、3日以上あるのであれば良い意味で何もすることがない日が出るのでホテルライフを楽しめるホテルのほうが良いと思う。

ちなみにうちは快適ではあったものの1泊30ドルの安いホテルだった。

もしくは細かいところも律義に見学するのであれば安いホテルでもいいのでしょうな。

 

ちなみに、今回使用したツアーでは最終日12時にチェックアウトをして、22時のホテル集合時刻までずっと外に追い出し状態だったが、その後に飛行機に乗るなどということは体力のない僕にとってはあり得ないことだったので個人で30ドルを払って延泊をして昼寝・シャワー・荷造りに部屋を使った。

前々年にバンコク旅行で年末年始を過ごした際は高級ホテルのコンラッドに宿泊したのに深夜便で帰る直前までホテルを使える仕様だったが、何故に安ホテル利用のツアーでそれをせずにたかが1泊分の宿代をケチったのか理解に苦しむ。

 

元日の街の様子だが、カウントダウン時にバカ騒ぎが起きることもあって元日の昼ぐらいまで店が開かない以外では平日と何ら違いがなかったので、日本のように店が閉まって困るといったリスクはない。

なお、カンボジアでは2月の旧正月と4月のクメール正月の3回正月が訪れ、それぞれで派手にやるらしい。


アンコール・ワットとタ・プローム&バンテアイ・グティ

2014年12月30日

アンコール・ワットのすばらしさについては言うまでもないので感想を書くのは野暮なのでやめておくが、アンコール・ワットが真西に向いているため、観光は順光で建物が美しく見える午後が基本のようである。

アンコール・ワットでの日の出鑑賞は旅行者に人気なのだが、初日の出という大トピックがあったのにも関わらず、僕は行かなかった。

その理由は、①早起きが苦手・②混雑が苦手・③混雑の中で必死になるのが嫌・④そもそも逆光になるので順光を楽しむ赤富士などと違ってシルエットしか見えないからまあいいかと思った・⑤そもそも初日の出を見に行ったことがなければありがたいとも思わない、という理由で見に行かなかったのだが、普通であれば旅のハイライトとなるトピックだったし、日本と違って寒くもなかったのだから行っておくべきだったかなと反省。

でも、アンコール・ワットをじっくりと見られただけで十二分である。

ちなみにアンコール・ワットの見学に要した時間は約2時間半だった。

 

アンコール・ワット北東にあるタ・プロームとバンテアイ・グティは両方とも損傷の激しい遺跡だが、タ・プロームは植物によって押し潰された遺跡の様子が逆に圧巻で、パートナーはアンコール・ワットよりもタ・プロームが最も心に残ったと言っていた。

 

アンコール・ワットへの交通手段はホテルのフロントにてチャーターしてもらったトゥクトゥクで1日15ドルだった。

相場によってはもう少し安くなったりもするのだろうが、ホテルのフロントの知り合いをチャーターしてもらうほうが街のトゥクトゥクを拾うよりは安心だし、日本人からすればチャーター費用も安いものだし、実際にとても親切で安全に運転する運転手だったこともあり、個人的には見学手段としてはトゥクトゥクのチャーターがベストかなと思いました。 


アンコール・トム(バイヨン、パブーオン、ピミアナカス、象のテラス、ライ王のテラス)とプリアカン

2014年12月31日

アンコール・トムは広いのでどうやって観光するかと思ったのだが、主な見どころは徒歩で一筆書き状に見て回ることができる。

最初に観るであろうバイヨンが圧倒的だとは多くの人が思うであろう。

アンコール・トムを出て北側にあるプリアカンはタ・プローム級に見ごたえのある遺跡なので必見です。
 

機中

2015年1月2日

チャーター便だったこともあって、行きと機体も同じなら席も同じで、周囲の人も同じだったからおもしろかった。

離陸は1時半に遅れ、深夜1時発の飛行機だったので爆睡。

とはいえ、離陸してしばらくした後に寝ているのにスナックが出てきて断ったが、4時間経たない頃に機内食が出てくる。

5時間半のフライト後に着陸したが、日本時刻は2時間進んだ午前9時。

そこから1,000円バスに乗って1時間半後に銀座に到着。

帰宅したのは11時半だった。

 

どうやって情報を得たのか、1,000円バスは外国人の乗客が意外と多く、高速道路から富士山が見えるポイントもたくさんあって、外国人の目が富士山に釘づけになっているのがおもしろかった。

今回は行きはスカイライナーで帰りはバスにしたが、次回からはリスクはあるが行きもバスで考えようかと思った。

 

雑感

旅程と費用

全て2名分合計だが、3泊5日で、ツアー料金が燃料込みで約26万円、保険が約8千円、ビザが1人40ドルで1万円弱、アンコール遺跡群入場料1人40ドル含んで現地使用分4万円超で、国内交通費等全て含めて32万円強だった。

現地でもっと使えばよかったのだろうが、そんなに使うようなところはありませんでしたな。

トゥクトゥクチャーターした以外は食事とマッサージぐらいしか使うところないですからね。

あと、基本的にチップのない国なのはすばらしい。

サービスに満足したら僕は払ったのですが。

 

気候など

12月末と1月頭の気候は1年で最も良い気候なのではないかと思うのだが、本当に快適である。

でも、「涼期」とはいえ、他のシーズンはえらく暑いと思われるカンボジアであり、暑いか寒いかといえばもちろん暑めなので半袖で十分で長袖は不要。

ガイド本に羽織るものがあったほうが良いとは書いてあるが、僕に関しては一度も長袖を着なかったけど朝日観賞する人はいるのかも…。

さて、この時期に蚊がいるかについてですが、何故か泊まっている宿で2回ほど刺され、それ以外では刺されなかったのでほとんどいないと言いたいところですが、ゼロではないのが残念。  

 

食に関して思ったこと

タイ料理が大好きなのにある程度以上辛い料理を食べられず、また、臭いが強烈な食べ物も苦手で、タイ料理の何割かは実質的に食べることのできない僕ですが、カンボジア料理は僕が食べたところでは辛みがほとんど気にならず、市場も含めて臭いが気になったこともなく、タイとベトナムの間にあるだけあって、味もその中間かタイ寄りのような味だった。

香草の多用や米麺の使用などはベトナムに近いと思った。

代表的な料理にアモックという具は魚のことが多いココナッツミルク煮があるのだが、これがとても美味しかったので何度も食べた。

 

売りものや産業に関して思ったこと

食事やサービスは恐ろしく安いのに、先進国と発展途上国で値段の差がない物は食料加工品を含めた工業製品だったりするが、このカンボジアではその傾向がさらに顕著。

ミャンマーと並んで東南アジア最後のフロンティアとして数多くの企業が進出しているのだろうが、そこで生産されているものが日用品や食料品ではないのか、スーパーで売っているメイド・イン・カンボジアの商品の少なさにビックリ。

かろうじて見かけたカンボジア製品は手造り感溢れたお菓子だとか、砂糖とか、アロマオイルだとか、とにかく加工の工程の少ない商品ばかりだった。

マーケットのニセモノ商品ですら自国で作っている感じがしないのが悲しい。

そもそもどこに行っても買い物に全く興味がないため、今回、カンボジアで買ったのはヤシ砂糖と会社バラまき用のクッキーの2点のみで、売り手と何の交渉もしていないので実際の価格はわからないのだけど、日本には100円ショップがあって工業製品がとんでもなく安い値段で買えるのだが、カンボジアでは100円ショップで売っているようなものも1ドル以上はしそうな感じだった。

  

僕がカンボジアにいた3日ちょいの間の起きている間に3回の数分間の停電が起きた。

フロンティアといえど、安定した政情・治安・電力供給・水・労働者の質・物流網といった社会インフラが整わないと海外企業の進出が起きず、それゆえにそういった国は発展しないものだが、今の状況であれば、国民向けより海外企業を優先して電力を安定供給するか、緊急用の自家発電機を設置するだけの投資をできる企業のみが進出するということなのではなかろうかと推測する。

 

なお、電力をベトナムなどから輸入もしているためカンボジアの電力料金は高いらしいから大変である。

そうなるとちまちました日用品なんかを製造するというわけにもいかんのでしょうな。


そもそもカンボジア、特にクメール人は歴史的に農業を主産業をする傾向が強く、現在でも7割が主に稲作の農業に従事していて自給率は120%超あるようだが、それにしても作物の発育に恵まれた南国でありながら農業の労働生産性の低さに驚いてしまう。

隣国のラオスも農業従業率・自給率ともにほぼ同じである。

とはいえ、自分たちの食べ物を自分で作っているからそこに貨幣経済はほとんど介入していないわけで、金銭的には貧しいけど飢えとは無縁で食べるのには困らずに、仏教寺院を中心としたコミュニティーのなかで心豊かに生きている人が多いのではないかと思う。

あらゆる意味で先進国の日本において「セミリタイアして半自給自足」だとか「スローライフ」だとか「丁寧な暮らし」的なライフスタイルこそが心豊かな生活であるというふうなブームが長らく続いているのにはある一周してるのを感じますな。

 

通貨について

もちろん現地通貨もあるのだが、旅行者はほとんどUSドルだけで用が済むし、驚いたことに現地の人もUSドルで決済している。

1ドルが4,000リエルと交換されるので、1,000リエルをクォーターと思っておけば良いことになる。

おそらく価値が安定しているドルの値づけが基本的な商品の価値で、リエルの価値が対ドルのレートによって変動する実質的なドル本位制で経済が回っているのだと思う。

 

発展途上国はどこもそうなのだが、カンボジアのようにドル本位で経済を回している国においては特に外貨の獲得が国を豊かにするための重要な施策であり、その中でも観光産業はそのための有力な手段であり、本来は素行正しい日本人にビザなど発行しなくて良いのだろうが、外国人からカネを巻き上げる有効な手段として40ドルものビザ申請料金を科しているのであろう。

何せ、ビザは空港や国境で簡単に取れるし、年々値上がりしているわけなので。

同様にアンコール遺跡群もカンボジア人は無料なのに、外国人は、1日20ドル・3日40ドルの見学料を取られるのだが、これもビザと同様にカンボジアへの入場料と考えるしかない。

かくして、カンボジアへの入場料として何もせずとも80ドル=約1万円を巻き上げられるのである。

 
ところで、メニューに値段が乗っていない食堂で食べた場合、同じものを食べても、フォーの値段が外国人は1.5ドルだが、現地人は3,000リエル程度しか払ってなかった気がするなど、おそらく外国人とカンボジア人で2倍程度の値段差があったように思うが、ある程度の所得の国以上ではそういったことはあまりないので、麺を食うのにも面喰ってしまうが、所得差を考えれば仕方がないのかなあとも思った。

親の仕送りで生活をしていた大学生時のバックパッカー時代ならば間違いなく怒っていただろうが、自分の食い扶持を自分で賄っている今となっては、一人あたりのGDPが日本の40分の1とかそれぐらいのカンボジア人と日本人の絶望的なまでの所得差や境遇の差を思えば全く腹が立たない。

 
言うまでもないがカンボジアは物価が安く、一般的な物価はタイよりも安いはずである。

でも、タイの通貨はバーツで基本的に観光客は10バーツ単位でやり取りするので、やり取りの最小単位が10バーツ=30円程度なのだが、カンボジアではリエルで端数の釣りがもらえることを考えても実質的なやり取りの最小単位が1ドル=120円であり、物価が安い割にはこのような珍奇な現象が発生している。

全サービス100円ショップ状態といったところだろうか。

それがピンハネを生みやすくするのだが、こちらからしたら1ドルなんてはした金だけど、彼らにとっては1,000円以上の価値があるのでそれはそれでいいのかなと思う。

チップ不要の国とはいえ、丁寧なマッサージを1時間もやってもらえばさすがにチップ払いたくなるのであげるのだが、外国人がリエルで払うわけにはいかないので1ドルを渡すと、それはそれは喜ばれるのだが双方にとって悪い話ではないように思う。

ちなみにマッサージの相場は10分間1ドル程度である。

ちなみにチャーターしたトゥクトゥクの運転手がとても親切だったので最後に5ドルを渡したのだがえらく喜んでいた。

良くない前例を作ったのかもしれんけど…。

 

気になった特色

トゥクトゥクの運転手が声をかけてくるのがちょっとウザいだけで、店の人やマッサージ屋の勧誘もさほどしつこくない。

トゥクトゥクの運転手もタイ人よりはおとなしく、タイ人のように変化球やアドリブも少ないし、バンコクのように、ソープランドの「アタミ」や、仏像を見た後でボッタクリ宝石店に連れて行かれる「スタンディングブッダ」に連れていかれるということもない。

 

交通マナーは本当に最悪で、子供が平気でバイクを運転しており、しかも4人乗りとかあたりまえで、逆走までしてくるから危険無秩序極まりない。

もちろん自動車も走ってはいるし、しかも何故かトヨタやレクサスが多いが、まだ移動手段のメインストリームはバイクや自転車なので渋滞はそこまでないが、これから豊かになって車が増えれば絶望的な渋滞が発生するであろうことは容易に予想がつく。

 

地雷で足を無くしてしまった人々が4人組ぐらいの隊を結成していて路上でインドネシアガムランのような伝統音楽の演奏を行っているのを数多く見たが、物乞いをするよりもこちらのほうが気持ち良く対価を支払いたくなるのですばらしい行動だと思った。

どんどんチップを払いたくなるのでWin-Winです。

 

あとは何故か韓国人観光客がやたらと多い。

産業界でも日本がタイやベトナムに進出している間に韓国はカンボジアあたりにまで進出しているように思うのだが、そういった点も理由にあるのだと思う。

 

カンボジアについての補足

カンボジアが1975年以降にクメール・ルージュカンボジア共産党ポル・ポト派、言うまでもないがルージュは赤を意味する)の政権下にあった3年8ヵ月の間に600~700万人しかいない国において100万~170万人(300万人説もある)が虐殺される、もしくは飢え死にしたというが、ポル・ポト文化革命時代の毛沢東と同じく原始共産主義を目指し、そのために都市の廃止・農村への強制移住・通貨の廃止・教育の廃止・宗教の禁止・文化活動の禁止・子供を親から切り離して国家での教育・恋愛は禁止で国が決めた相手と結婚、などといったあまりにも滅茶苦茶すぎる政策を実施したという。

原始共産主義というのは備蓄がなく私有財産がない状況こそが真の平等という原始時代に戻ろうとするような極端なイデオロギーだが、中国の文化大革命同様にこういったイデオロギーのために多くの人が亡くなることは、お互いが生き残りのために行う戦争よりもさらに残念なように感じてしまう。

特に文化活動をしていた人や知識がある人が虐殺の対象になったことは後々にまで響いたのだろうと思う。

 

国民の不満をそらすために外に敵を作るのは独裁国家と韓国の常套手段だが、同じ共産主義国ベトナムを敵に仕立ててたびたび攻撃していたところ、逆にベトナムが侵攻してきて、既に国が疲弊しきっていたカンボジアはすぐに陥落したらしいが、政権崩壊後に内戦状態になってタイ国境付近でゲリラ活動を続けたポル・ポト派国中に地雷を埋めまくるという、これまた取り返しのつかない罪を犯したのだから許されるべきものではない。

しかもベトナムカンボジア侵攻に怒った中国が長らくポル・ポト派を支援していたというのも酷い話で、しかも、中国はベトナムを潰すぞと戦争を起こしたのに、とにかく戦争には滅法強いベトナム中越戦争を起こすけど甚大な被害を被ったのは中国のほうであえなく撤退している。

そして、この失敗がその後の中国における軍拡路線の引き金になるわけだが…。

 

時間が経つにつれ、カンボジア和平の機運が高まって、1991年にパリ和平協定が結ばれ、国連が明石康をトップとした国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)を作ってカンボジアを暫定統治して憲法制定議会の選挙を実施してフンシンペック党と人民党の連立による暫定国民政府が成立して、新憲法が公布され、シアヌーク国王が復帰して新生カンボジア王国が誕生した。

日本が初めてPKO活動に参加するのもこの時だったし、高田晴行警部補と国連ボランティアの中田厚仁という犠牲者を出したのは残念だったけど、一生懸命にPKO活動に反対している人々がいることに対して、当時まだ高校生だった僕が「このPKO大義がないと煽る奴らはどうにかしている」激怒していたことをいまだに覚えております。


なお、ポル・ポト派は選挙をボイコットして勢力が弱体化していくが、ポル・ポトも1998年に死去している。

1993年から1998年までラナリット政権・フオト政権にて副首相を務め、1998年から現在まで首相を務めるカンボジア人民党のフン・セン氏のもとでカンボジアは順調な経済発展を遂げて現在に至っている。

 

順調に経済成長しているとはいえ、2013年現在における一人当たりGDPは米ドル換算で、日本38,500ドル、シンガポール55,000、香港38,000、韓国26,000、台湾21,000、マレーシア10,500、中国7,000、タイ5,700、インドネシア3,500、フィリピン2,800、ベトナム1,900、ラオス1,600、インド1,500、パキスタン1,200、ミャンマー1,100に対して、カンボジアバングラディシュと並んで1,000程度となっており、周辺アジアでカンボジアより少ないのは700のネパールしか存在しない。

 

現状ではパキスタンバングラデシュミャンマーと同水準ということになる。

ちなみに日本と同じく森林に囲まれた国家であることもあって、人口は1,500万人程度と、ベトナム9,000万、タイ6,800万、ミャンマー5,100万と比べると少ないが、人口密度はミャンマーと同程度で、隣国のラオスは680万人とさらに人口が少なくなっている。

また、カンボジアは海に面してはいるが、メコン川トンレサップ湖の恵みによってやってきた内陸国家であり、海辺はかなり手つかずで残されていて貴重な生態系を維持しているようである。

 

ところで、カンボジアは国名でそれをなす主な民族はクメール人で、9世紀初頭に成立して東南アジアに覇をとなえたクメール王朝が12世紀~13世紀にアンコール・ワット等のアンコール遺跡群を建立するのだが、クメール・ルージュという不名誉な言葉ばかりが知れ渡っている始末だし、クメールというのも現地ではクマイと発音するのが正しいという。

また、ポルポト派が設立した国は民主カンプチアで、ベトナム侵攻後に成立した国家はカンプチア人民共和国という国名らしいから困惑しますわな。

フランス人の用いる発音でのカンボジアではなく、現地音のカンプチアを使っているとのことだが、今はカンボジアのようです。