GOODDAYS

社会全般について思ったことをここでつぶやいてます

モロッコ

ラマダン中のモロッコ
 
ロッコには一度行ってみたいと思っていたのでこのたび出かけた。
実はまだアメリカ大陸に上陸したことがないのでニューヨークとどちらにするか悩んだが、アフリカ大陸にも上陸したことがなかったのでモロッコに。
ポジティブなことは写真にこれでもかと書いていることもあるが、本文では役に立つことを書きたいという意図が強いため、ネガティブな記載が多くなっていることをご了承いただきたく思います。
なので、旅の予定を立てる方には役に立つと思います。

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機中

2014年7月4日~2014年7月5日
 
夜中の羽田発の飛行機に初めて乗ったが、時間を有効に使えるのがすばらしいっす。
飛行機に乗って結構すぐに機内食が出されたが、日本時間では深夜2時とかで生体リズムを考えるとおかしいよなと思いつつ、大体11時間半ぐらいの飛行では2回出すのがルールのようなものかもと思うが、体力もテンションもありありなので普通に食べる。
カタール航空は最近日本でもやたらと広告を打っているが、乗ってみると、昨年乗ったアブダビエティハド航空のほうが総じて食事や機内の造作が総じてリッチな印象。
ただし、ドーハの空港はまだできたてほやほやの空港なため、超近代的な空港だった。
昨年のアブダビの空港のような異国感はそこまでなかったがいい空港です。

 
マラケシュ

2014年7月5日(続き)~2014年7月7日
 
なんだかんだで質はともかく価格優位性がハンパないため使うことになってしまうファイブスタークラブの手配旅行であるが、旅してわかったこととして、今回は空港の中と駅のホームと電車とホテルの中以外は自分のスーツケースを持たずに済むVIP旅だったということである。
空港から駅まで結構な距離があることもあるが、わざわざ迎えの人が来ていたのでこれまでになく簡単に電車に乗ることができた。
 
昼にカサブランカに着いて列車に乗って行った夜に降り立つマラケシュのジャマ・エル・フナ広場の光景はやはり大感激。
露店の飲食店や大道芸以外に何があるって何があるわけではないけど、アフリカンでイスラミックでエスニックで異国オブ異国をこれほどまでに感じられる光景はそうそうない。
どの旅でもその国に着いた夜に見る空気感が最も鮮烈に残るのだが、それにしても鮮烈な印象を受ける。
翌日になると広場だけでなく、メディナ(旧市街)内に張り巡らされた路地内を練り歩くが、スークは複雑に道が入り乱れていて歩くだけで楽しいものの、中途半端なモノに対する物欲がないのと交渉でモノを買うのが煩わしいので何も買わず。
昔は交渉でモノを買うのも嫌いではなかったが、それほどモノにこだわりがなかった昔と違って今はこだわりが強すぎるので本物にしか興味がないし、本物でないものを高値で掴まされてはかなわないし、古来からの基本的な商売法なのだろうが、色々と調べることが可能な株の売買なんかと違って買うほうの知識が圧倒的に不足しているなかで売る相手によって値段を変えるやり方というのはフェアではなく全世界的に淘汰されるべきであると考えているので交渉制が残る地域ではあまり買い物はしないことにしている(この方法を商売の原点と言って正当性があるように述べる文章にも出会うが、売り手も買い手もプロならばいざ知らず、素人相手に売るのに吹っかけて交渉に持ち込むやり方には僕は関わりたくない)。
また、ラマダンの時期に来てしまったのだが(わかっていて行ったのだけど)、日没直後に人々がモスクに吸い込まれていって、その後にとてもうれしそうに食事をしている様子をジャマ・エル・フナ広場のカフェの上からありありと眺められたのはとてもいい経験となった。
 

アトラス越え~サハラ砂漠

2014年7月7日(続き)~2014年7月9日
 
アトラス山脈を越えてサハラ砂漠へ行く2泊3日の旅中旅はもはや小冒険であり、マラケシュやフェズのメディナ訪問と並んでモロッコ旅行のハイライトでもある。
これもホテルから車に乗って移動して、観光地を回って、食事して、ホテルに泊まってというのを、うちら2人と日本語をある程度話せるドライバーと車で回るだけなので砂漠の気候(これが厳しいのだが)以外は楽といえば楽である(実は楽でなかったことは後述)。
文章で読んでいたのである程度は予測しているが、アトラス山脈越えと環サハラ砂漠地域の地形の変化のすごさは予想をはるかに上回っていた。
写真を見ていただければ文で書くより何千倍も説得力があるので細かくは書かないが、まるごとジオパークといった感じで、その点での満足感は相当なものだった。
アトラス山脈越えは最もメジャーできちんとした道路を通るルートを通ったものの、ガイド本などには車酔い注意・車の揺れ注意・猛スピードでのすれ違いになるなど物騒なことばかり書いていたのでビビっていたが、酔い止めを飲んで頭をヘッドレストに密着させて乗ったので特に体調に異変をきたすことなくクリアした。
通る峠の標高が長野・群馬間の渋峠と同じくらいであることもあり、気候は違うものの地形や雰囲気には似たものを感じた。
峠を越えてからは、行ったことないけどアメリカのグランドキャニオンやモニュメントマウンテンを彷彿とさせるような地形や、ルート66を思わせるような道路や、前に行ったハワイ島を思い出させるようなまさに大陸クラス(ハワイは島だけど)のスケールのでかい光景の連続だった。
良く考えれば、細やかで瑞々しく鬱蒼とした自然に覆われている日本のほうが世界的には珍奇な存在なのだが、日本人の僕にとってはこのモロッコの環砂漠地帯の光景に忘れ難い印象を抱いた。
違う星に来たかのようなアイト・ベン・ハッドゥ村などを回った後に、1泊目はタデス渓谷の宿に泊まったが、写真の通りすごい地形の場所にあるのに快適で自称オーベルジュと名乗るだけあって(この辺の宿はどこもそう呼ぶのかもしらんが)料理も立派な宿だった。
タデス渓谷も翌朝に訪ねたトドラ渓谷もすごい地形で、その周辺のオアシス都市も砂漠とナツメヤシのコントラストも実に見事だった。
 
その後はかなりの距離をものすごいスピードでかっとばして車で走り、15時頃に砂漠のロッジに着いたのだが、らくだに乗るのは18時過ぎの日没直前とのことだった(そりゃ日中の砂漠に入るのは自殺行為ですからね)。
宿でゆっくりしたかったのにドライバーは「今日は早く出ければいけない」と言い、寄るべき場所にもきちんと寄らず(これはあとで旅行会社に報告したところ、約束と違っていたということで10,000円の返金があった)15時に着いておきながら、手元の温度計で42度もある信じられないぐらいに暑いロッジに3時間も待たされることになったことに呆れ怒っていたら、ドライバーがパンツ一丁の姿になってロッジにあったプールに飛び込み、うちらに泳がないかと誘ってきた。
好意で誘ってくれているのはわかるが、虫の死骸が大量に浮き、水が少し緑色に濁っていて、塩素の臭いが全くしないプールに飛び込めるほど一般的な日本人の身体は強くないし、何よりも水着を持ってきていないので断ってへたり込んでいたが、あまりの暑さと、待ち時間の長さと、ドライバーの無神経ぶりにだんだんと腹が立ってきて、猛烈に抗議したらドライバーも猛烈に逆ギレしてかなりの口論。
「俺は言われているルートを走っただけで何も悪くない」「おまえ、今回は俺だからいいけど、他のモロッコ人に同じことを言ったら刺されるぞ!(記憶ママ)」と言われたときには、正直これで刺されたら命がいくつあってもかなわんと思いました(笑)。
ちなみにこの人以外のモロッコ人に不快感を持ったことは一度もありませんでした(ちょっとした客引き・自称ガイドは除く)。
このまま砂漠に置いていかれてはたまったものではないとは僕も思ったが、より強くそう思ったパートナーが仲裁に入ってその場は収まったものの、翌日の15時頃にフェズに着くまでの間、このドライバーとはまともに口を聞かなかったのは言うまでもない。
そして、ドライバーは砂漠に宿泊して翌朝に戻ってくるうちらを待つためにこのロッジに泊まるのだが(暑いけど彼は地元人だから平気なのだろう)、確かに早く着いたらその日の自分の仕事を早く終わらせることができるとはいえ、3時間も42度の灼熱のロッジで待たせるとは参りました(ドライバー氏については後述します)。
 
42度のロッジで待っている間に軽く熱中症っぽくなって頭が痛くなってきたが、パートナーも頭は痛くないもののグッタリした様子。
18時過ぎにらくだ使いとらくだが来た時にはフラフラだったが、とうとうらくだに乗って砂漠に突入するとなればさすがに元気も湧いてきて、1時間以上にわたる砂漠横断は楽しいものとなった。
砂漠の光景も夕陽もとても美しく、砂漠の夜も月も夜空も鮮烈に心に残り、ドライバー氏に対する怒りも完全に忘れるぐらいに美しかった。
七夕の7月7日ではなく7月8日、世界ではおりしもブラジルがドイツにワールドカップで1-7の大敗を喫した夜、それを露ほども知らずに夜中に天の川を眺めて感動していたのでした。
 
そして翌朝、砂漠からロッジに戻り、ロッジで朝食を食べ、フェズに向かって車で走り始めて少し経った頃、猛烈な吐き気と便意が出てきて、人っ子一人いない地平線が見える平原を走っていたのをいいことに車を止めてもらって、草木の茂みに隠れて上から下から猛リバース。
僕が食べてパートナーがあまり食べていないのは、昨夜のらくだ使いが作ったタジン鍋の羊肉か、今朝のロッジのバター(なんかおかしいと思ったけど僕は構わず食べ、パートナーはやめた)のどちらかが原因だけど、どちらも気温40度~50度で保管されていたとすれば傷むことなんて想定内も想定内だが、僕の猛下痢と嘔吐は想定外。
特に嘔吐にいたっては、小学校2年の時にインフルエンザで41度の熱が出た時に吐いた以外に吐いた記憶がなく、それ以降はどんなに酔って吐こうともしても吐けなかったので、僕は吐きたくても吐けない体質と決めつけていたのだが、この日は出るわ出るわで自分が吐けるということを知って変に安心したのでした。
まあ、走れど走れど人っ子一人いない地平線だったので、途中何度か野グソする羽目になりましたが、それが容易な環境だったことは不幸中の大きな幸いでした。
あと、そんななかでも、おもしろかったのは、茂みにケツ丸出しで座った時に足元(尻元)にあったサボテンがチクッと尻に刺さって、反射的に立ちあがったのだが、茂みからすごい勢いで僕が頭を出したものだから、それを見ていたパートナーが尻に何かが刺さったであろうことを簡単に類推できたことである(笑)。
ところで、糞はほとんど水分かつ土に戻るからさておき、ティッシュを地面に置きっぱなしにしたことは良くないことですが、一応、溶けるティッシュを持参していたのでそれで許してちょんまげ(笑)。
まあ、モロッコ人も多くの国の人と同じく戸外ではゴミ箱にゴミを捨てるという観念がないようで道中どこもゴミだらけでしたけど。
 
これ以降は愚痴に近い内容になるので、そういうのが好きでない方は読まずにフェズの項に進んでください。
 
ドライバーについて後でわかったことです。
ファイブスタークラブが現地の●●KALI SAFARIという旅行会社に手配をして、そこに所属するのがこのドライバーだったことを後で知るが、ドライバー氏は道中、「日本語は本で学びましたが、日本に行ったことないので行ってみたいです」と言っていたのに、後になって「渋谷のはなまるうどんでバイトしてました」と言いだし、その後「日本には2ヵ月滞在して自動車部品を買って売りさばいて200万稼ぎました。あなたもやるといい」と言ったり、「その2ヵ月間に北海道・青森・京都・大阪・神戸・宮古島(他もいろいろあり)を回りました」と言ったり、「日本では2千万円3千万円あっても物価が高いから何もできないけど、モロッコならなんでもできます」「日本はヨーロッパよりストレスが多いです」と言い、こちらに対しても「雇われていたら成功はないから自分でやらなきゃダメ」などと説教までし始める始末で、どこまでが本当でどこから誇張かわからないままでいたのですが、帰って●●KALI SAFARIの女性オーナーの旦那さんがこのドライバーであることを知ってビックリ仰天。
ドライバー氏は道中ずっと独身と言っていたのでさらにビックリでした。
オーナー氏のブログを拝見するにはドライバー氏は日本に長らく住んでいたようで、仕事も肉体労働や単純作業ばかりでしかも長続きしなかったようで、それを奥さんが支えていたようですが、どうしてここまでデカいほらを吹くのかと呆れずにはいれませんでした。
まあ、こちらも現時点で世界を28ヵ国を訪問していて、発展途上国に住む方には話が大きい方が多いことは経験上わかっていたのですが、2泊3日も道中を共にする相手に対してこの話のデカさはいくらなんでもないでしょう。
ところで、オーナー氏はこの上なく誠実そうな女性で、ブログを少し読むだけで「がんばれー!」と応援をしたくなるような好感度の高い女性なのですが、日本から単身でモロッコに乗りこんでラマダン中に日中絶食しながら住んでいるというのに、少し、いや、ドライバー氏の話のデカさや独身と言い張っていたことなどを考慮すると心配になってしまいます。
 

フェズ

2014年7月9日(続き)~2014年7月11日
 
世界最大のラビリンスと言われるフェズのメディナをめぐることはかなりの楽しみだったが、いかんせん身体が弱りすぎていること、いつトイレに駆け込むかわからない体調で全くトイレを見当たらない旧市街の奥に足を踏み入れるのは危険すぎること、吐き気・食欲不振・臭いへの嫌悪というつわりのような症状になっていて、健常時でなんとか耐えられるクラスの臭いに吐き気を覚えてしまうことなどから、地図である程度わかる範囲しか探索できなかった(臭い対策としては香水をスカーフにかけまくってそれを鼻に巻いて街を歩いた)。
確かにこうなってしまったことは無念だが、肉屋が高温でも常温で肉を置いていて異臭を放っていたり、甘いお菓子に信じられないぐらいの虫がたかっていたりと生鮮食品を扱う店があまりにも不衛生であること、トイレがないせいか立ちションの臭い、ロバ(人も?)の糞の臭いがいたるところですること、スパイスの臭いが凄いこと、客引きがすさまじいこと、いちいち声をかけられること、頼んでもいないのに勝手に道案内をし始めてチップを要求する輩がいること(相手にしないが)などで、弱った身体がさらに疲れ、今思えばもっと練り歩けば良かったと思わなくもないのだが、どうしても気力が出ずに、快適なリヤドで過ごす時間が長かった。
色々と声をかけられたり、うさんくさい人を相手にするというのもバックパッカーをやっていた頃はむしろおもしろがってやっていたが、経験を積み、年を重ねて体力があり余るほどでなくなるとどうも面倒くさいだけになってしまって、僕もつまらなくなったなあと反省している面もあるのでした。
リヤドはファイブスタークラブが当初からとっていたホテル(こちらは到着後キャンセルの連絡を入れた。ファイブスタークラブとは旅行契約時に現地で当日キャンセルする旨を相互に約束してある)とは別に自身でトリップアドバイザーでとっておいた「リヤド・メゾン・ブルー・アンドスパ」に宿泊したのだが、これがとてつもなくすばらしい宿で、外界との快適さが違いすぎたのでここで下痢ピーな身体の回復にあてた。
とはいえ、昔、中国の桂林で猛烈な下痢になって以来の人生2回目の大下痢だったため、30回以上トイレに行って、何も食えず、心底げっそりとなりました。
宿のスタッフはとても心配してくれてありがたかったです。
営業の必要がなくサービスに徹するモロッコ人は実に実に親切です。
なので、今回の旅行は先のドライバー氏以外にはかなり多めにチップを払っておきました(多すぎたかもしらんが…)。
チップという仕組みは大嫌いだけど、仕組みの中で動くからには納得度に応じてインセンティブをきちんとつけたいとは思います。
 

カサブランカ

2014年7月11日(続き)~2014年7月12日
 
マグレブ諸国(モロッコアルジェリアチュニジアリビア)最大で人口400万人近い経済都市カサブランカは映画で有名な都市だが(名前もいい響きですよね~)、イスラム的魅力は薄く、ヨーロッパの都市としては最低クラスの出来の悪い都市なのでハッキリ言って、後述する気候の良さ以外には魅力のある都市ではありません(気候の良さは相当な魅力だが)。
ただし、世界最大級の規模を誇るハッサン2世モスクだけは別格でここは見る価値があり。
カサブランカの人もモスクしか観光的な見どころがないことをわかっているらしく、ホテルの人も「モスクは見たか?」だとか「カサブランカには空港に行くためだけに立ち寄る人が多くて残念だ」と口にしていた。
でもカサブランカを誇りに思っていると思われるホテルの従業員が、客が入れないと思われるホテルの屋上に連れて行ってくれ、カサブランカの全景を目に収めることができた。
ここから見えるモスクの大きさは異様ともいえる威容であった。 


機中

2014年7月12日(続き)~2014年7月14日
 
この頃になると体調はずいぶんと回復傾向にあった。
映画を3本観るが自分からは観ないであろう映画を観て、意外とそれがおもしろくて機内で一人涙するというのは飛行機の中で良くある話(僕だけか?)。
日本キャリアを除いてはこれまで飛行機の中で和食を選択しなかったのに、この時だけは迷わず和食をセレクトした。
食中毒で苦しみぬいた身体が欲しているのはやはり和食なのである。


雑感

旅程と費用
 
8泊9日(現地7泊で家を出たのが金曜日で帰ったのが月曜日なので考え方によっては7泊11日)の旅程で二人で飛行機・移動・宿・食事・買い物・保険など全て含めて56万円だった。
毎年夏の旅行の費用はこんなものですな。
   
気候など
 
行ったのは7月上旬だったが、カサブランカはカラッとしていてそれほど暑くなく、まるでハワイあたりのような気候で過ごしやすかった。
それもそのはずで真夏の最高気温26度・最低気温20度、真冬の最高気温17度・最低気温8度とある。
しかも、年間降水日数が70日程度とあり、大西洋岸だから西岸海洋性のカリフォルニアみたいな天国のような気候で超うらやましい。
マラケシュやフェズは日中は日差しが強烈だが、湿度が低いため日陰は涼しく感じる。
内陸なので夜も涼しい。
でも、昼の日なたは日差しがもろに来る感じで結構しんどい。
緯度的にもスペインのカスティーリャより強烈ってことだもんね。
太陽を肉眼で見ると湿気がないので日本では絶対に見られないような鮮烈なまぶしさにかなり驚いた。
砂漠は空気は湿度計が測定不可能になるぐらいに乾燥しているが、気温は42度ほどあり、ずっと外にいると頭がもうろうとするほどに暑い。
扇子や扇風機の風がぬるくて日陰でも涼めない。
湿度が低ければ暑くても耐えられるとは聞くが、いくら湿度が低くても気温が体温を超えるとしんどいです(笑)。
ラマダンというのは年によって時期が違うようで今年のように真夏のラマダンというのはしんどすぎるだろうからやめたほうがいいように思うが宗教だからやめられないんだろうね。
全く1400年以上前にとんでもない決まりを作ったものだと思う。
ところで、長らくモロッコにいて日本に帰国して外に出たときに、まるでバンコクの空港に降り立ったときに感じるようなぬるっとした空気にビックリした。
仮にモロッコからバンコクに移動したとしたら相当なものでしょうな…。
   
食に関して思ったこと
 
ロッコ料理と聞いて思い浮かぶのは一にタジン、二にクスクスだろうが、本当にこれらが多い。
他は、モロカンサラダと中東全域にあるケバブも多い。
ラマダン中に日が暮れて人々が最初に口にするハリラというスープは滋味あふれる味で美味しかった。
砂糖のたくさん入ったミントティーはモロッコでとにかく良く飲まれるし、パンもかなり多くの種類のものを見かけた(激ウマと思うパンには会わなかったが)。
ガイド本には「世界で最も多様性に富んだ…」とあるが、決してそんなことはないようには思った。
もちろん本当はいろんな料理があるのだろうが、やはり奇跡的なまでになんでも食べられる日本と比べるとね(どこの国も日本と比べるのが酷というものだが)。
   
気になった特色
 
ラマダンの時期に行ったのがなんといっても大きい。
一人当たりの所得がヨーロッパの十分の一程度しかない貧しい国なのだが、先進国ではない国にはいい加減だったり、がめつい人が多かったりするなか、モロッコ人は基本的にとても親切である。
でも、チップ大国でもあり、時になんとも切ない気分になることもある。
相手が人間だったら結構いい加減な人々だが、ラマダンだけはしっかりと守っているようで、イスラム教徒ということもあるが宗教に対してはとても真面目である。
とても真似なんぞできませぬ。
この時期は食事をとるのは日没後19時すぎと深夜の2時頃というからもっぱら昼夜逆転になってしまっている人も多いように思った。
実際に昼間の外では寝転がっている人が多く、家の中ではもっとそうだろうから社会の生産性や人々の健康にとってのロスは計り知れないであろう。
悪い話としては後で調べてわかったことだが、モロッコでの食中毒の発生率は異様に高いらしいです。
   
関係ないけど…
 
海外旅行の目的として、訪問地のいろんなことを知る、短い休暇を楽しむ、他の価値観やモノの見方を知るというのが挙げられるが、外から日本を見るというのも大きな意味を持つ。
毎回そうだが今回は特に日本がいかに素晴らしい国であるかを実感する旅行となった。