GOODDAYS

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ベネルクス・ドイツ

ベネルクスとドイツへ

ルクセンブルク以外は大学生の時に訪れたことがあるのだが、ブルージュに行ったことがなかったこと、パートナーとイタリア・フランス・スペインを旅してドイツに行かないのはなしだろうと勝手に思い(ってことは次はイギリス?)、今年はベネルクスとドイツ方面にした。
また、ギリシャに行くのとどっちにするか悩んだのだが、政情が多少どうであれ観光には関係ないだろうと思いつつも、あまりに政情がホットなのと、そのくせにギリシャ旅行はとても高かったのでドイツにしたというのもある。

2012年6月30日
 
家を出たのが8時半頃、成田空港に10時頃出て、12時5分の飛行機でモスクワに飛んだ。
10時間飛んで、5時間の時差があるモスクワに17時過ぎに着いた。
15年ほど前に乗った時もそうだったが、アエロフロートで飛ぶと、着陸に成功すると拍手が起きる。
今回はトランジットタイムが4時間近くあるという苦行ぶりだったのだが、15年前のモスクワのシャレメーチエヴォ空港は監獄のようなところだったのに、今度はデューティーフリーショップがこれでもかと並ぶ大空港になっていた。
ただ、ターミナルDからFに移動しなければならないのに、全体の地図が1箇所も掲載されておらず(各ターミナルごとの地図はある)、案内員に聞いてもそんな地図はないという不親切ぶりで、15年ほど前ではなかったが、モスクワの洗礼を食う。
うちらはトランジットタイムがものすごく長いからいいけど、短い旅行者にとっては気が気ではならなくなりそうな事項だろうが、その辺が改善されることはこの国に関してはなさそうな気がする。



2012年6月30日(続き)
 
モスクワを経ったのが21時前で、3時間半ほど飛んで、2時間の時差があるアムステルダムに着いたのは22時半だった。
スキポール空港には2年前にトランジットで訪れたが、立派な空港で、アムステルダム市街にも近い。
どの電車に乗れば無事にアムステルダム中央駅に着くかちょっと戸惑うが、なんとか乗って中央駅にたどり着き、駅から徒歩20分程度の場所にあるホテルへ疲労困憊の身体でトランクを引いて歩いた。
土曜の夜にそこを歩かなければ、明日は日曜の夜だと思い、気乗りしていないパートナーを連れてわざわざ遠回りして飾り窓地帯をトランクを引いて練り歩く。
オランダ人は183センチの僕よりずっとデカイし、こんな治安の悪そうなところをいかにもな旅人が歩くのは危険といえば危険だが、実は旅行中は貴重品はパートナーが全部持っていて(僕が持つとどこに置いたかすぐに忘れるため)、僕が後ろからそれを監視しながら歩くという安全確保方法で飾り窓(売春宿)地帯を見学して回った。
街を歩く男だけでなく、飾り窓のお姉さんも強そうだったのと、どこもかしこも大麻独特の臭い(僕にとっては嫌な臭い)が立ちこめていて、危険な臭いがプンプンするのだが、これこそ僕がアムステルダムに期待していた感覚であり、15年ぶりではあるが、「帰ってきたなあ」という感覚にさせてくれた。
路上やコーヒーショップ(マリファナバー)から漏れる大麻の臭いは僕にとってはウンコの臭いと似ているように思うのだが、パートナーにとっては全くそうは思えないらしい。
ホテルについてからは当然ながらバタンキュー。  
 
2012年7月1日
 
8時に起きたら時差ボケも解消されていた。
この日はずっとアムステルダムなので、市内をくまなく歩くことにする。
昨日の飾り窓地帯はひっそりとしているのだが、14世紀からあるアムステルダム最古の旧教会を取り囲むように飾り窓があるのにはビックリする。
しかも朝から娼婦は営業しているのですね…(日曜だからかもしれんが)。
中心のダム広場やシンゲル花市などを見て回り、ゴッホ美術館にておなかいっぱいになるまでゴッホの絵画を鑑賞(ゴッホはパートナーの希望で、ブリュッセルマグリット美術館は僕の希望で鑑賞)。
昼に食べることにしたのはアルゼンチン牛のステーキの店。
アルゼンチン牛は世界中で輸入され、その美味しさが知れ渡っているのに日本では口蹄疫がなんだのかんだのと言って輸入を許可していないのだが(口蹄疫になった自国牛は食べているくせに…)、オランダという国には食に関してはさほど期待していないため(多くの本にそう書いてあるから…)、どうせならとそのようにしたのだが、放牧された牛ならではの噛みごたえのある普通に美味しいステーキだった。
ただ、味つけに関しては塩コショウ程度だったので、そこに工夫の余地があるところはやはりここがオランダだからか…。
その後は運河や街路をひたすら歩き、骨董市などを冷やかし、遊覧船にて市内一周をする。
なお、この日はEURO2012の決勝のスペインVSイタリア戦があったのだが、アムステルダムの市民がスペインとイタリアのユニホームを着てバーやレストランで熱くなって観戦していた。
僕らもこの熱気の中でサッカーを観ないのはもったいないと、レストランで食事をしながらサッカー観戦をした。
ほとんどがスペイン応援だったが、他国のユニホームまで着て応援するとはどこまでサッカー好きな国民なんだ!(ちなみに結果は4対0でスペインが圧勝)。
   
2012年7月2日
 
ユーレイルパス(正確にいえば、今回用いたのは2ヵ月間のうち選んだ5日間だけ乗車できるベネルクス・ジャーマンパス)を使い始める初日にパスを有効にするバリテーション手続きをする必要があり、すぐに終わると思いきや、整理券をもらってソファーに腰掛けてではあるが1時間も待たされた。
おかげで乗る予定の列車に乗れず、ヨーロッパの特急は毎時同じ分に出発する方式を取っているところが多いので予定より出発が1時間遅くなった。
こんなことなら十分に時間のあった前日にバリテーションしておくのだったと思うが、そんなことはガイドブックには載ってない。
 

2012年7月2日(続き)
 
ブルージュには行ったことがなかったので、ルクセンブルクと並んで今回訪問することを楽しみにしていた。
想像していた通りに美しく、想像した通りに絵になる街と言ってしまえば簡単だが、想像した通りに美しい街が存在するというのはすごいことだ。
日本だと、視界に電柱が入ったり、家の前の鉢植えの鉢がプラスチックだったりしてガッカリさせる要素が簡単に目に入るのだが、こういったヨーロッパの超一級の景観都市ではそういったものが目に入らない。
また、日本において本当に洗練された街路景観が見られるのは京都の産寧坂だとか木曽奈良井宿だとか飛騨高山だとかの一部の通りだけだが、ヨーロッパの美しい街は線ではなく、面で展開されており、また、それが商業・保存目的であると思わせない点において大きく違う。
どういった景観が広がっているかについては写真をご覧いただくとして、こういった作りもののような街が作りものでなく存在していることは本当にすごいと思うのである。
かつてハンザ同盟都市として水運で富を得て、しかしながら、堆積する土砂で運河がだんだんと埋まり、水運都市として機能しなくなったがためにその頃の景観がそのまま残っているという数奇な運命がなせる業である。
ところで、さほど飯にこだわらないアングロサクソン-ゲルマン系の国であるオランダと違って、ベルギーは美食で有名な国だが、海洋国家でなく、内陸国家のベルギーでムール貝などの海鮮を食べまくるのは変な話だと前から思っていたのだが、ベルギーのムール貝の多くはやはりオランダ産なのだとか…。
でも、美味しいムール貝をいただくのはベルギーに限るわけで、ムール貝やロブスターをいただくが、ムール貝に使われていたセロリの量が半端じゃなかった。
臭みを完全に消し去って美味しく食べるには想定を超える量のセロリを用いるということを鍋一杯の美味しいムール貝をいただきながら学んだのであった。
 

2012年7月2日(続き)
 
ブリュッセルに着いて一番ビックリしたのは路上のゴミのすさまじさ。
オランダのアムステルダムは結構ゴミが落ちてたけど、同じベルギーのブルージュはきれいだったのに、ここはちょっと他のヨーロッパでは見たことのないゴミの量。
大小関係なく豪快に路上に捨てられていた。
まあ、ホテルが有色人種の多い界隈にあったせいもあって、特にこの辺が酷かったわけでもあるが…。
   
2012年7月3日
 
ブリュッセルのマイナス要素を書いたが、グランプラスは世界で最も美しいと言われる広場の一つである。
僕は「○○の一つである」という言葉があまり好きではないのだが、断言するのも難なので用いたのだけど、多分、グランプラスは世界で最も美しいと形容されている広場であり、実際にそうである。
まあ、マドリッドのマヨール広場とかローマのナヴォナ広場とかも好きなのだけど、周辺の建物が全て豪華絢爛この上ないのはグランプラスだと思う。
また、この日はオメガングという、年に一度、街の中が中世のようになる祭の日だったようで、街は大変な盛り上がりだったが、この辺も写真を参照していただきたい。
僕はスイーツもビールも好きだが、この組み合わせはちょっと考えられないのが残念だが、ベルギーワッフルとベルギービールのどちらも堪能した。
   
2012年7月4日
 
蚤の市を覗いてからルクセンブルクへ移動。
アンティークかつジャンクないい物があればと思ったのだが、持ち帰りたくなるほどのものはなかった。
 

2012年7月4日(続き)
 
ブリュッセルからルクセンブルクへは3時間程度かかった。
ルクセンブルクといえば、人口50万人程度の小さな国なのだが、昔から製鉄業がさかんで、最近は世界有数の金融立国になっており、一人あたりGDPが世界で第一位の国でもある。
まあ、金融に関わる税金を安くすれば周辺諸国からじゃんじゃんお金が流れ込んで小国ならではの戦略ですわな…。
全国民がその異様な平均値の恩恵に預かっているわけではないだろうが、女性がファストファッションではないきちんとした服を着ていて、アフターファイブは坂ばかりなのにどの女性もヒールのあるきちんとした靴を履いて街を歩いているような国だった。
街の景観の特徴はスイスのベルンやスペインのトレドなんかもそうなのだが、曲がりくねった川が作り出す天然の要塞の上に街があるような感じで、その高低差が美しい街の景観を作っている(海バージョンだとモナコや香港がそうですわね…)。
特にこれといった建造物があるわけではないのだが、すばらしい景観が望めることは写真を参照していただければわかると思う。
駅と宿の往復のため2回タクシーに乗ったが両方ともベンツで、運転手さんも親切な人だったが、こういったところに余裕のありなしが出るものだと思う。
   
2012年7月5日
 
ルクセンブルクのホテルは結構いいホテルだったのだが、朝食も今回の旅で最も豪華だった。
それにしても国をまたいだところで、いい意味でラインナップがほとんど同じビュッフェが用意されているのだが、豪華といってもサーモンがあっただとか、パンやフルーツの種類が多いとかその程度の話である。
 

ケルン

2012年7月5日(続き)
 
ルクセンブルクからケルンへは4時間程度かかった。
大聖堂に登るまでに汗だくになるが、デブの国と言いたくなるぐらいに太った人が多いドイツ人には休みながら呼吸を整えて登る人が多かった(そりゃそうだわな…)。
また、通路も狭いので太った人同士のすれ違いが大変そうだった。
   
2012年7月6日
 
ケルンからコブレンツまで1時間程度列車に乗り、コブレンツをちょっと散策して、すぐ近くのボッパルトへ移動。
 

ボッパルト

2012年7月6日(続き)
 
ボッパルトの丘の上から見えるライン川の景観は見事らしいが、そんなことをする時間的・体力的余裕はなく、ボッパルトのかわいらしい街を散策する。
そうしているうちに船の乗船時間が来て、無事、ライン川上りの船に乗船(ユーレイルパスで乗船可能)。
日差しが強かったので日陰に陣取って、ビールを片手に何を考えるでもなしにぼーっと外の景色を眺めるだけで満たされた気分になる。
欧米人はもっぱら日向にいたが、何故にこんなに日差しが強いのに日向にいたいのだろうと不思議に思う(そのくせ白人ってまぶしさや紫外線や暑さに弱いよね…)。
途中からぶどう畑が見えてくるのだがその見事さは写真を参照していただきたい。
 

2012年7月6日(続き)
 
船に揺られること4時間超経って、目的地のリューデスハイムに到着。
飛行機に4時間乗るとうんざりするけど、船旅の4時間は本当に心地良い(揺れる外洋はその限りではないが…)。
リューデスハイムの宿も当たりで、いかにもドイツの小さな街の宿といういでたち。
早速、リフトでブドウ畑の山の上に登り、ワイン片手に下を見下ろすがこれがもう絶景。
さわやかな気候と見事な景観と空間の広がりと空気感に酔いしれ、パートナーは今回の旅でこの時が一番良かったんだそうな。
リューデスハイムの街もロマンティック街道あたりの街と同じくとてもかわいらしく、この街に立ち寄り泊まる人は老人ばかりで、人間だからその老人達にも色々と悩み(やれ糖尿が、膝が、いぼ痔が…と)などはあるのだろうが、この街の空間にあっては実に幸せそうに輝いて見えた。
夕食(我々にとっては最後の晩餐っす)をとっていたレストランで実に楽しそうに踊るおじいさんとおばあさんの夫婦が実にステキに見えるのだが、日本ではこうはいくまいと思うと日本人としてちょっと残念だわね…。
まあ、うちの夫婦はこっちサイドの夫婦でありたいです。
また、ライン川クルーズでもそうだったのだが、ドイツには皆で一緒に歌える歌というのがあるようで、船でもレストランでもみんな楽しそうに大合唱していた。
誰だ?ドイツ人は真面目すぎて人生を楽しんでいないかのように言うのは?
僕には全くそう思えず、彼らは本当に人生を謳歌しているように見えたっす(まあ、一日で最大の楽しみである夕食を温めない軽食でさっと済ますあたりは人生の楽しみ方が足りんともいえる)。
   
2012年7月7日
 
フランクフルト空港を14時20分に経つ飛行機に乗るために、列車の遅延を考えて11時半には着く列車に乗っておいたほうが良いだろうとリューデスハイムを10時頃に出るが、列車は遅れもせず11時半前に着いた。
フランクフルト空港はドイツの空の玄関だが、僕が立ち寄ったターミナルは特に質が高いイメージはなかった(悪くもなかったけど)。
まあ、成田も古いからそうなんだけど、空港なんて新しいもの勝ちだわね。
 
 
機中

2012年7月8日
 
行きはモスクワでのトランジットが4時間もあって持てあましたが、帰りはミニマム・コネクティング・タイムギリギリの55分間しかなく、しかも飛行機が15分も遅れて到着し、着陸してからもなかなか機内から出られなかったので、イミグレーションへ猛ダッシュするが、何事ものんびりしているモスクワの空港にありながらここは素早く処理してくれたので、なんとか帰りの飛行機に乗ることができた。
そして、リューデスハイムで十分に寝たとはいえ、疲れているはずなのに帰りの飛行機では何故か一睡もできず。
まあ、そのための本も用意していたからいいのだが、さすがに寝られないと辛いね…。
あと、行きは日本で作っていたから普通に食べられたけど、機内食の不味さにはビビった(…ていうか、魚にも野菜にも味がついていなくて生臭さだけがある感じ)。
塩を振って食べはしたが、多少不味いぐらいなら気にせずに残さず食べる僕も生臭さに耐えられず、さすがに残した。
 
 
雑感

旅程と費用
 
旅程は7泊9日で、二人で総額62万円ほどの使用だったが、色々とあって、日程を出発20日ほど前に8月上旬から7月上旬に変更して、7万円ほど増額となったので、それがなければ55万円程度だった。
スペインもハワイも60万円前後だったが、まあ、ヨーロッパ方面7泊9日はそれぞれの手取り月給の合計程度というのが毎度の相場ですな…。
物価は1ユーロが100円切ってただけあって、日本と同じかそれより安く感じましたなあ…。
   
気候など
 
暑くもなく、寒くもなく、すばらしい気温だったが、しいて言うなら、アムステルダムは長袖、その他は半袖で過ごした。
アムステルダムだけ海洋性気候なので冬もそこまで寒くならない代わりに夏も肌寒い程度の暑さにしかならないのだろう。
   
食に関して思ったこと
 
今回に限らず毎度思うことなのだが、ヨーロッパのパンは日本のパンより美味い。
僕は米も好きだが、パンを食べていれば米を食べなくても全く平気だし、味噌汁なんかも全く飲まなくても平気なので(米のほうが日本の食事に合うから日本では食べ合わせを考えて米を食べているけど…)、美味いパンを食べられることは幸せである。
でも、毎日洋食ばかりというのは、僕が日本人だからそれが年中続くと考えると厳しい話でもある(まあ、僕は標準的な日本人より和食ではないとダメと言うタイプではないが…)。
ドイツで食べたものは量は多く、味も悪くなかったが、何かあと一味ダシの味や複雑な風味が欲しい感じがするものが多かったのは、やはりドイツだからだったのだろうか…。