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唱歌と「仰げば尊し」と「疾し」

歳をとったせいか、いまどきの邦楽の楽曲の歌詞なんてのは、ほとんど僕の心に入ってこないし、そもそも僕は基本的に歌詞よりメロディー重視だから洋楽にしてもよほど心にしみいる曲でもない限り、歌詞の意味などわからないままの曲ばかりだ。
まあ、正直に言うと最近の邦楽は聴いてないから、探し抜けばいい歌詞の曲もあるのかもしれんが、僕の心にはひっかからない。
むしろ、美空ひばりの代表曲の「○の流れのように」の歌詞を書いた人が最近書く歌詞が、全く希望していないのにも関わらず、脳内にまとわりついて離れずに苦労することはあるが…。

「その頃から発展しとらんのか!」というわけでもないのだが、やっぱり僕の心に一番入ってくるのは昔からある唱歌の歌詞だ。
恥ずかしい話だが、あまりに歌詞もメロディーもいいものだから、僕は風呂などで「旅愁」「早春賦」「おぼろ月夜」「冬景色」…といった曲を一人で感情をこめて歌っていることが多いのだが、かわいそうなのはそれを聞かされる(「聴」の字は使えない)パートナーである。

最悪なのは今は2月だからまだいいけど、僕が季節を問わず「仰げば尊し」を歌うことだろう。
あれはメロディーも秀逸だが、宝石のようにちりばめられた黄金フレーズの数々がたまらない。

ところで、最近、仰げば尊しを卒業式で歌わなくなっているというが、あんな聴くだけで涙がちょちょぎれそうになる心震える名曲を歌わずにその先の長い人生を生きていくなんて不幸すぎ。

その理由が、「我が師の恩」と師に対する恩を強要しているだとか、2番の「身を立て 名を上げ やよ 励めよ」というフレーズが立身出世を強要しているだとか、文語調の歌詞が難解だとかいう、実に後ろ向きで嘆かわしい理由らしいがそのすべてがありえんし、断固わしゃ認めん!

文語調だからこそ、ここまで格調高く心の深淵に神聖に響くのではないか!と僕は声を大にして言いたい!(僕の文章は口語以下だが…)。
「今こそ別れめ」の「め」(「む」の已然形)だとか(しかもここで効いてるフェルマータの効果はあまりにも絶大!)、「やよ忘るな」の「やよ」(呼びかけの声)といったフレーズに心が引き締まるものはないのかね?と思う。

僕の卒業した学校は国立だったこともあって、ちゃんと2番を歌わせてくれていたから感謝したいが、2番の「身を立て 名を上げ やよ 励めよ」が気に食わないという小さな輩は「ふるさと」も「蛍の光」も歌うべきでない。

「ふるさと」には「志をはたして いつの日にか 帰らん」というフレーズがあるし、「蛍の光」の3番には「ひとえに尽くせ 国のため」、4番には「千島の奥も 沖縄も 八洲のうちの まもりなり」というフレーズがあるのだ。

ところで、僕が仰げば尊しのフレーズで最も好きで、これだけで飯が3杯は食えると思うぐらい好きで、今しがたパートナーに聞いたところによると14回は同じことを熱弁しているというフレーズは…
「思えば いと疾し この年月」の「疾し」だ。
「疾風怒濤」の「疾」にして、「疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山」の「疾」だが、この楽曲における「疾し」は実にさりげなく、それでいてじんわりと重く心に残るではないか!
そして、3番の「忘るる 間ぞなき ゆく年月」につながって、「思えば いと疾し」BUT「忘るる 間ぞなき」という圧巻ともいえる展開を見せ、ここに絶大なシナジーが得られているのだ!

すばらしい!実にすばらしい!僕はこれで飯が5杯は食えるぞ!

※「疾」という字は「やまいだれ」で形成されているが、「速度がはやい」という意味の他に、「病気」「なやむ」「憎む」という意味もあり、非常にネガティブな字なのだが、今回用いた「疾し」は純粋に「はやさ」のみを指すものと解釈し、風流と解釈することを可とした。