GOODDAYS

社会全般について思ったことをここでつぶやいてます

バンコク雑感②

前回訪問から3年経って…

前回バンコクに訪問してから3年が経つのだが、当然ながらいくらかの変化があった。
まず、その内容について思いついたことを書く。

ムエタイの観戦料金が異常に値上がりしていた(おそらくこれは外国人料金だと思われるのだが、400・660・1,500バーツだったのが1,000・1,500・2,000バーツになっていたので今回は観ていない。ちなみに確認したのはラジャダムナン・スタジアムだけで、ルンピニー・スタジアムは確認していない)。

 

  •  カオサンの大して美味しくない(普通のカフェのは美味しい)屋台のパッタイ(タイ風焼きソバ)が10バーツから15バーツに値上がりしていた(卵入りは15バーツから20バーツへ)。
  • カオサンにとうとうスターバックスができていた(驚)。
  • カオサンに超カワイイ子象を持ち込んでいる人がいた(もちろん触った)。子像はアイドルだった(笑)。
  • 「アタミ(ソープランドに連れて行きたがる)」とか「スタンディングブッダ(買い物をさせたがる)」と言うトゥクトゥクの運転手がいなくなった(その代わり、目的は不明なものの、「宮迫です」と連呼する新種はいた)。
  • ラーマ9世ことフミポン国王の即位60周年式典の時期と重なっていたようで、滞在中はずっとバンコク市民の半分ぐらいが黄色いポロシャツを着ていた。
  • 気のせいかもしれないが、日本の社用族が用いると言われるタニヤ通りから変な日本語の名前の店がほとんど消えた気がする(「クラブ・好奇心」のような変な名前の店があることがおもしろかったのに、ネーミングがまともになった)。
  • 2種類ぐらいしか色が無かったタクシーの色が派手になっていた(ピンクとか…)。
  • 乗らなかったけど地下鉄が開通していた。
  • そして、もうすぐ(2006年9月頃?)スワンナプーム新国際空港がオープンするらしいっすね…。

っていうか、この程度の変化しかなかったので安心をした次第なんですわ…(笑)。
個人的に成し遂げたことというのも、バンコク市庁舎前で18時にタイ国歌放送を聞くことができたってことぐらいである(っていうか、タイにいる間も日本に帰ってからもタイ国歌が頭から離れない)。

そうそう、書くのを忘れていました…(下品なので食事中に読まないように…)。
前編ではゴーゴーバーやライブショーバーについて書いたが、今回帰国した後に夜のバンコクに詳しい友人から「ゴーゴーボーイズ」なるものがあることを知った(スリウォン通り沿い・タニヤ通り入口向かいあたり)。
番号札が貼られた白ブリーフ(何故に白?Tバックも有り)のみを着用した美少年がずら~と並んでいて接客してくれるそうだが(マッチョな人がスクワットしていたりもするらしい…)、男性が男性に挿入して、その格好のままお客を回って握手していたりするそうである。
しかも、サービス精神が旺盛なので、足を上げて連結部を見せてくれたりするそうな…(白人のオジさんが興奮して「ブラボー」と叫んでいたりしたらしい…)。
そして、ショースペースで激しい本番を見せてくれたり(結合したまま、逆立ちになったり、宙吊りになったり、転がったり、ブリッジになったりしているとか…)、SMをやったり、一人で自慰行為をやっているところ(バーに押しつけたりするらしい…)を見せたりしているそうな…(笑)。
さすがバンコク…やることがありえなくエグイ…。
身体を触られないか心配だが、行ってみたかった…(Kくん俺が渡タイする前に教えてくれよ~!)。

ちなみに、別で聞くところによると、ゴーゴーバーの「キング・キャッスル」の1および2は女性だが、3は実はニューハーフ専門店で、整形手術をしているため普通の女性より美人ぞろいなんだそうな(知らずに行ったことがあるような気がする…)。

すみません…下品なことばかり書いて…。
以下は、観光と関係なくバンコクに滞在しながら漠然と考えたことを中心に書きます。

日本とバンコクの内外価格差について

日本の一人当たりGDPが約35,000ドルなのに対し、バンコクの一人当たりGDPは約6,000~7,000ドル(タイ全体だと2,000ドル強にまで落ちる)と約5~6倍程度の所得格差があることになる。
…ということはタイで実際に売っている価格を5倍にして考えれば、現地の人にとってのおおよその物価感覚がわかるということになる。
…で、以下に身近なものについて書いてみた。

 品目 タイでの値段 日本円換算  タイ人の感覚  日本だと…
 屋台のぶっ掛け飯  30バーツ  120円  600円  600円ぐらい?
 露店のパイナップル  10バーツ  30円  150円  200円はする?
 ミネラルウォーター(コンビニ)  6バーツ  18円  90円  130円程度
 ターコイズとシルバーのバックル  3,500バーツ  10,500円  52,500円  70,000円程度
 安宿(AC・シャワー・トイレ付)  400バーツ  1,200円  6,000円  5,000円弱?
 1時間マッサージ(普通の店)  180バーツ  540円  2,700円  6,000円ぐらい?
 1時間マッサージ(安い店)  130バーツ  390円  1,950円  5,000円が限度?
 タクシー(初乗り)  35バーツ  105円  525円  660円
 タクシー(40㎞)  221バーツ  666円  3,330円  11,500円
 バス  3.5バーツ  10.5  53円  200円


もちろん、なんでも清潔でキレイでサービス態度の良い日本と、清潔ではなくサービス態度も良くはなく(後述するが、愛嬌は日本以上)農業国のタイを比べるのには難がある部分もあるが、日本のサービスが高すぎるというべきか、タイのサービスが安すぎるというべきかはわからないけれども(日本よりも欧米のほうがもっと高かったりすることも多いわけだし…)、タイのサービスが安いことだけは確かである。

それにしても、日本のタクシー料金とマッサージ料金は高い。
東京のタクシー初乗り料金で、バンコクでは40㎞走ってくれるわけだが、東京で40㎞走ったら11,500円と、それこそ法外な料金を取られてしまう(バンコクの場合はタイ人換算値で3,330円程度しか取られないのに…)。

マッサージ店も同様で、日本のマッサージ店は1時間で約6,000円と、キャバクラや風俗店も顔負けの料金を恥じ入ることもなく人から取って成り立っている奇特な業種だが(まあ、その料金を支払う人は私からすればもっと奇特なのだが…)、バンコクだと日本の10分の1以下の料金で同じようなサービスを受けることができる(もちろん、換算値のほうも日本よりずっと安い)。

私は昔から、日本におけるタクシーやマッサージの料金は対価に全く見合わない法外なぼったくり料金だと思っているため(理由は後述する)、一切利用していないが(タクシーはどうしても急ぐ時に2年に1度ぐらい泣く泣く利用しているかも…)、この私の感覚が間違っていないことはこうして比べることで明らかになるわけである(笑)。

…ところで、当然の話ではあるが、サービスではなく、工業製品の価格になると経済大国である我が国のほうが断然有利である。
自動車や家電などの値段は当然ながらタイも日本も変わらなかったりするのだから…(それでも、マージンが少ない分、タイのほうが大抵安いのではあるが…)。
また、タイでは手作りのお菓子よりも包装されたお菓子のほうが値段が高いことが多い。
手作りは誰でも作れるから低付加価値、包装品は工場がないと作れないので高付加価値という原始的な考え方がまかり通っている分があるのかもしれない…(笑)。
それと、タイはバンコクと地方の格差がかなりあって、地方には貧困であえいでいる地方があることは言うまでも無いし、そもそも日本ほど中央と地方の収入格差が小さな国を探すほうが難しい…(ゴーゴーボーイズはわかんないけど、よほど貧しくなかったらゴーゴーバーなんかで働くわけないよな…)。

ところで…タクシーについて昔から個人的に思っていたこと[付録]

話は全くわき道にそれるが、ためになることを書くのでおつき合い願いたい…。

私は、タクシーに関して昔から一家言を持っている。
タクシーの運転手の給料が安いとかそんなことは関係なく、信念で「日本のタクシー料金はバカ高」だと思っている(先進国には同じように高い国が多いが…)。
以下、その根拠について述べたい。

たとえば、2.5㎞の道を歩いた場合には30分程度の時間を要する。
そして、2.5㎞といえば、タクシーに乗った場合には820円かかる。
つまり、820円で30分を買った計算になる。
…ということは、時給1,640円以上もらっていない場合、タクシーに乗って30分節約しても(しかも、厳密にはタクシーにも移動時間がかかるのでさらにその分を割り引かねばならない)、その分を取り戻すために職場で30分以上働かなければならないということになるのだ。

下表はそのような考えに基づいて、東京においてタクシーに「乗るに見合う時給」を算出した表である。

 距離   歩くとかかる時間  通常料金  割増料金  見合う時給(通常)  見合う時給(割増)
 2.5㎞  30分  820円  1,060円  1,640円以上  2,120円以上
 5㎞  1時間  1,540円  2,020円  1,540円以上  2,020円以上
 10㎞  2時間  3,060円  3,940円  1,530円以上  1,970円以上
 15㎞  3時間  4,500円  5,820円  1,500円以上  1,940円以上
 20㎞  4時間  5,940円  7,700円  1,485円以上  1,925円以上


もちろん、上記表には、先述した通り、本当ならば「歩くのにかかる時間」から割り引かねばならないタクシーそのものの移動時間は一切加味していないし、上記の時給にはサービス残業時間や通勤時間や通勤準備時間をも含めた時給で考えないと公平だとはいえないだろう。
このような要素をさらに加味して考えると、1,640円と書いた部分も本当の意味では2,000円程度にまでは簡単に跳ね上がってしまうのである…。
サラリーマンといえども、ある年齢以下の場合、サービス残業時間や通勤時間や通勤準備時間をも含めたら、時給2,000円ももらっていないのが実情なのではないだろうか…。
…ということは、週末に飲んで終電を逃した場合、15㎞ぐらいまでなら歩くべきで、そうでないならばカプセルホテルに泊まるのが経済合理性にかなう行動なのである(金持ちは別)。
まあ、普通の場合はオールするのが手っ取り早いですわな…。

しかも、歩くことは健康のためにも良く、リフレッシュにもなるわけで、節約以外の効用をも得られる。
しかしながら、雨の日や暑すぎる日や寒すぎる日や疲れきっている時や酔っ払った時に歩くのは仕事よりも辛いと考えることもできるわけで、そのような場合は熟慮した上でタクシーを利用するのも合理的な手といえるであろう。
もちろん、「歩くのは嫌いだが仕事は好き」「歩くぐらいなら職場で仕事しているほうが断然マシ」という人がタクシーを利用するのは合理的なように思う。

また、くどいようだが、マッサージもプロに時給6,000円も支払うなら、身内に時給2,000円なり3,000円なりを支払って、わがままの限りをいいながらマッサージをさせたほうが自分の財布のためにも身内の財布のためにも良いような気がするのは私だけだろうか…(団らんにもなるし…)。
とはいえ、このように身も蓋もないことを言っては、マッサージ師の職人的な能力を否定することになるし、コリを一切感じない私が言ってもしょうがないことだろうから、これは冗談程度に思っていただきたい(笑)。
また、誰の利益を代表しているのかは火を見るより明らかだが、いつになってもタイ人のマッサージ師を就労資格として認めない日本当局の姿勢にも首を傾げざるを得ない。

バンコク名物・マッサージ

日本のマッサージにはさんざんケチをつけたが、バンコクのマッサージは別である。
今回は実質3日間の間に5回ほど以下のような感じでマッサージをした。

 2日目昼   タイ古式  カオサン  ピーアン  1時間  180バーツ  540円
 3日目朝

 ココナッツ
 オイル

 カオサン  チャイディー  1時間  300バーツ  900円
 3日目夜  タイ古式  プラトゥナーム    1時間  130バーツ  390円
 4日目昼  フット
(足つぼ)
 カオサン  ピーアン  30分  120バーツ  360円
 4日目夜  フェイシャル  カオサン    30分少々  250バーツ  750円

タイ古式マッサージはタイにおいて昔から医学的な目的で行われていたマッサージで、全身のもみほぐしとストレッチによるマッサージである。
私は激しいスポーツや筋トレをした後には疲労を溜め込んだり、筋肉痛になるのを防ぐためにマッサージでもして欲しい気持ちになるが、普段の私にとってマッサージとは、自分でモミモミする程度にしか行うものではないうえ、普段から肩コリとかそういったものを全く感じない体質なので、マッサージが終わった後もどこにどう効いているかわからないままであった…。
それなのにバンコクでは楽しくて毎回(毎日)マッサージに通ってしまうのだ(笑)。

フットマッサージはオイルを足に塗ってマッサージした後、足ツボを刺激するマッサージである。
痛いのかと思っていたのだが、痛くはなく、むしろ気持ち良いぐらいだった。

ココナッツオイルマッサージ(スウェーデン式)は、通常のオイルを用いたスウェーデン式マッサージに50バーツを加算することで使用するオイルがココナッツオイルに変更になるため(やってもらった店の場合)、ココナッツの匂いが大好きな私としては多少高くてもこちらを選択した。
マッサージというよりはオイルを身体に擦り込んでいくといった感じだった。
また、「オイルをベトベトにしてマッサージするのかな?」とも思っていたが、オイルを身体にたらして、オイルの感じがなくなるまで肌に擦り込んでいくといった感じであった。
タイ古式と違って痛みのようなものを全く感じることがなく、気持ち良いため眠くなるかもしれない…(笑)。
終わった後に自分の身体がココナッツ臭で満たされるのは結構うれしいものである。

フェイシャルコースは以下のような内容で行われる。

  • 顔マッサージ
  • レーザー殺菌
  • ハーブによるクリーニング
  • オレンジと蜂蜜によるトリートメント
  • バキュームによる掃除
  • アクネケア
  • ハーブパック
  • きゅうりパック
  • モイスチャー・クリームでの手入れ

マッサージやクリームでの手入れやトリートメントやパックは気持ち良いのだが、アクネケアはかなり痛い。
ニキビ取りで鼻を強く押さえつけられながら鼻の角栓を取っていくのだが、一通りの処置を施して取りやすくしたはずなのにも関わらずかなり痛い。
っていうか、これぐらいやらないと鼻の頭のあの角栓ってのは取れないシロモノだったのね…(納得)。
でも、この角栓を取ってもらうことがフェイシャルをやった最大の理由だったので、痛いながらも、終わった後に鼻が真っ赤になっていながらも、うれしかったっす!

ちなみにコースが終わった後はあり得ないほどに顔の肌がすべすべになった(数日で元とあんまり変わらなくなったような気がするけど…)。
取ってもらった鼻の毛穴にはまだ新しい角栓がつまっていないようである(笑)。
フェイシャルなんて日本では恥ずかしくて絶対にできないけど、海外では気軽にできるのも良いと思う。

なお、フェイシャルを行うマッサージ店では、アイライナータトゥーを1,000バーツ(3,000円)、眉毛タトゥーを1,000バーツ(3,000円)、ちょっと怖いけど唇タトゥーを2,000~3,000バーツでやっているようである(すべて、男の私には関係ないんだけれども…)。
こんな感じだから、将来にレーザーでシミ取り治療をしたい時にはバンコクあたりでやろうかなと思う(バンコク駐在員の妻の多くはシミ取り・シワ取り・ホワイトニング・眉毛タトゥーなどを一通りやってから帰国するらしいっすよ…)。

先述したが、日本ではたとえ何が起ころうとマッサージ店なんぞに足を運ぶことはあり得ないので、タイに行った時にはマッサージがかかせないのである。

バンコクで考えた比較文化論[これも付録みたいなもんです…]

バンコクで直感的に考えた日本人論を長々と以下に書く…。

数学者の藤原正彦氏が著した「国家の品格」という名著がある。
この著書には、「とにかく日本人という民族は、世界の中で圧倒的にすぐれた情緒力を持っているんだ…」というような、とてつもなく傲慢にも選民思想にも思えることが書いてあるわけだが、読んでいくとその理由について共感を覚える名著である。
日本が経済大国にのし上がっていくのに、このような素養が作用した部分がとてつもなく大きいであろうことは論を待たないと思う…。

しかし、そのような日本人の素養が日本人を苦しめている側面をも持つという論調も同時に存在しているように思う。
それは、「働きアリ」だとか、「窮屈な国」だとか、「人生を楽しんでいない」などといったステレオタイプな言葉で表現されることが多い。

確かに、愛国心が強くできることであれば日本人を否定的に見たくない私としてはそのような論調を聞く度に「別にそんなことないだろ!」って言い返したくなる。
「日本人の人生はつまらない」というレベルにまで日本を徹底的に否定するカレル・ヴァン・ウォルフレン氏あたりには「うるさい!このハゲじじい!」と言ってやりたくなる(笑)。
しかし、世界の国々を旅行することで私自身がそのように実感することがままある気がする。

ただ、それと同時に、私が旅した多くの国の国民に対して、「こいつらには奥ゆかしさだとか、穏便さだとか、繊細さなどといった感覚がまるで欠如している」と思ってしまうことも間違いない。
強いて言えば、私が20ヵ国程度を旅したなかでドイツ人にだけ少しだけ近い感覚を抱いた程度である。
要は、日本人以外の国民を見て「ガサツだな~」とどこに行っても思ってしまうのである。
そして、「日本人やドイツ人はこのような感覚を持っているからドン底から立ち直ったのだろうな…」とも思うのである。

…と、感覚としてはこのような2つの考えを抱くのだが、良く考えると矛盾も多いわけである。
以下に、その矛盾について思いついてことをつらづらと書いていく。

  • 会社を一歩外に出た日本のオヤジどもの態度にはかなり醜いものがあるが(若い人より断然平均点は低いと思う)、あの人達が外国(特にアジアで…)に行った日にはそれとは比べ物にならないぐらいに醜く下品に映る。
  • ヨーロッパの街並みと日本の街並みとでは比べようが無いぐらいに美醜の差があるが、街や住環境の美に対する感覚については、現代の日本人は圧倒的にヨーロッパ人より劣っている(というか、これはアジア人全般にいえる)。
  • 日本の金持ちは溜め込むだけの人が多いが(それを否定するわけではない)、宗教的な倫理観なバックボーンのあるアメリカ社会の富豪は利益を社会に還元することに美徳を感じる人が多い(日本社会において、格差が広がり、大金持ちと貧困層が出現してもそれは変わらないのではないだろうか…)。
  • 日本には物乞いがいないが、それは誰も物乞いに金をあげないからであろう。これは大道芸人についてもいえることである。しかし、それは物乞いなどをしなくても職を選ばなければ大抵は何らかの職にありつけ、ホームレスになっても飢えずには済む社会だからなのかもしれない…。
  • とはいえ、寄付や施しがある社会というのは、「貧者は貰って当然」と考える傲慢な貧者が往々にして存在する社会である可能性が高く、所得の多寡によっては「数多くのメイドを雇ってあげて当然」「周囲の親戚に施して当然」と思われるような窮屈極まりない社会でもある。また、私はチップという不確かかつ強要的な制度が大嫌いでもある(笑)。そういう意味では日本はステキな社会である。
  • 日本は単一民族で協調性がありすぎるばかりに何をするにも周囲の目が気になるが、街中でバンコクの人の行動を観察する限り、彼らはあまりそのようなことを考えずに自由に振舞っているように思う。
  • 「奥ゆかしさ」の弊害もあるように思う。明治以降に日本に持ち込まれた処女信仰的なものによって(江戸時代は性に奔放な時代だった)、日本は女性の貞潔がものすごく大切にされる社会になったが、それは裏を返せば、自分のことを棚に上げて「女性が自由奔放に性快楽を求めるのはいただけない」という男性の身勝手とも思える発想が生み出したものであろう。それが女性に対して無意識に窮屈な生き方を選択させていることになっているのではないだろうか…。もちろん、「近年はそうではないのでは?」という人がいるかもしれない。しかし、それにはちょっとした違いがある。欧米と日本の破廉恥な動画を比べると、女性が性行為を心の底から楽しんでいるように見えるのは圧倒的に前者だとわかるのである。日本のそれはどこか男への媚びがあるのだ(それが「奥ゆかしさ」というヤツだし、私はそれが好きなのだが…。もしかしたら女性もそのことでマゾヒズムを満足させているのかもしれない…)。また、より後進的・原始的な社会における処女喪失年齢は極めて低いことからも「奥ゆかしさ」が女性を縛っていることは明らかである。
  • 儒教社会は相手への尊敬や配慮を払う人間を作るが、敬語などは人間の序列化をも生み出し、人を卑屈もしくは傲慢にする。ところで、私はどちらかといえば人に対して慇懃な態度を取る方だが、フランクな人に「ちょっと無礼だな…」と思いながらも、その距離の取り方の感覚をうらやましく思ったりもする。

つまり、日本人が繊細でない面も多いし、繊細であるがゆえに困っていることも多いということである…。

話がわき道にそれすぎたので本題に戻るが、外国を旅して「コイツらはガサツでナマケモノだな~」と思いながらも、それでも立派に成り立っている社会を見ると日本にはない良さが見えてくるのである(逆に日本の良さも見えるが…)。
ガサツな人たちが集まった社会に大きな魅力を見受けてしまうということなのである。

ガサツな例について具体的に挙げるとこういったことになるであろう。

  • ドン・ムアン空港の案内係の職員はふんぞり返って足を組んで座ったまま利用客に応対する。
  • MBKなどのショピングセンターの店員が店の中でご飯を食べながら接客している。
  • タクシーの運転手がお釣りをくれない(チップと考えられる場合と、「お釣がない」と調子の良いウソをつく場合とがある)。
  • 何割かのタクシーの運転手はラジオの曲を鼻声で歌いながら運転している。
  • モノを買うのに相手の足元を見て値段を交渉してくることがままある(日本人はナメられている)。

同じことを日本でされたら「無礼な!」と思うだろうが、バンコクでこのようなことをされても何とも思わない。
そのような社会だと割り切れば何とも思わないのである。
お釣りを返さないタクシーの運転手に対しても、彼らはそういったごまかしの行動を取る時に、オーバーなまでに何も気づいていないかのように振舞うか、ニヤリと愛嬌のある笑顔を浮かべるのだが、その行動に人間味を感じて粋に思うぐらいである(笑)。
このような社会では働く人は働くうえで大きな精神的な緊張を受けることがないだろうから、「さぞかし精神衛生の良い状態で働けるのだろうな…」と思う。

そうでもしなければ売れないほどに飽和した社会なためなのか、儒教社会なためか、民族の情緒がそうさせるのか、欧米から輸入した「Service」の概念がそうさせるのかわからないが、私は「お客様は神様」な社会は働く人を疲弊させる社会だと思うから好きではない。
のびのびと人間味を出して仕事をしているタイ人に対し、プロに徹して働くことを余儀なくされる日本の労働者はかわいそうに思えるのだ。
それを思うと、日本の本屋にところ狭しと並んでいる「顧客満足の…」だとか、「真のサービスとは…」というような本を目撃するたびに反吐が出そうになる。

なお、私個人は、サービスというものについて以下のように考えている。

  • 私はスーパーのレジ係やデパートの洋服売り場の店員には椅子に座ってもらっていても一向に構わない。むしろ立っていると見ていてかわいそうになってくる。
  • ブランド店の無意味な空間や店の前に立っている店員の給料が自分が買った品から払われていると思うと買う気すら起きない(そもそもブランド品のようなボッタクリ商品を真面目な顔して売るほうも買うほうも恥ずかしいと思うが…)。
  • 自分が払った対価が、高い給料を貰う営業マンの人の給料に使われるぐらいなら、営業を手薄にしてそのものの値段を下げてくれといつも思っている。メーカーの半分の社員が営業職だったりするなんてのは冗談じゃない(笑)。
  • 実が伴っていて安いのであれば仏頂面の営業マンやサービスマンで一向に構わない。
  • 「お客様は神様です」が行き過ぎているからこそ、中高年のオヤジ顧客の目に余るほどの傲慢な態度を目にしてしまうのである。
  • 子供は働き始めるまで一方的にサービスを受ける立場として生活するが、こんなに卑屈な接客ばかりを受けるから変な勘違いをするようになるのである。コンビニの前に座り込むクソガキやファストフードに長居するうるさいクソガキを平然と帰らせることができるぐらいにサプライサイドが強い社会のほうが良いように思う。
  • 別に質が対価に見合っていればプロの接客態度なんぞ無くてもかまわない(「水ください」と言った時に水を注いでくれれば、食堂のおばちゃんが常連と話しこんでいても私は何とも思わない)。
  • クレーマーには、「わかりました。今回はあなたの言うことを聞きます。ただし、今後は二度と当社を利用しないでください」と大企業ですら堂々と言える社会で良いのでは?と思う(まあ、そういうヤツほど2ちゃんねるとかにネチネチと書き込むのだろうが…)。
  • レストランの「サービス料」という表記を見ると反吐が出そうになる。「サービスマンいらんから値段下げろ!」と言いたくなる。こちらはそんなものに金を払うために面倒くさい思いをして金を稼いでいない。
  • 普段はリラックスしていても、求めている時に人間くさく対応してくれればそれで満足である。
  • とはいえ、日本国内で無愛想な店員に遭遇すると嫌な気持ちになるが、私自身をここまでつけ上がらせた日本社会はやはり良くない(笑)。

なんか、こんなことを書いていたら自分自身が仕事に向くのか心配になってきた…。

これまで長々と書いたが、結局、「勤勉で誠実で繊細なのはいいけど、世界にはそうじゃない社会のほうが多くて、そうじゃない社会に住んでいる人はのんびりと仕事してるんだよ…。それに比べて日本人は損してるし、周囲を気にしてのびのびと生きていないよ…」ってことが言いたいだけである。