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我が故郷宮崎(&古事記と日本書紀)

我が故郷宮崎

ここで私の故郷を紹介させていただきます。

日南フェニックスライン

世界のどこへでも安くで行けるようになった今はともかく、かつての宮崎は沖縄返還前には新婚者の半分が新婚旅行で訪れていたという観光メッカであった。

沖縄を除けば日本で最も南国ムードを醸し出しているのが宮崎の魅力と言って過言ではなかろう。
歴史的な魅力は神話の時代にまでさかのぼらない限りほとんどないわけであるが、神話の世界にまでさかのぼりさえすれば日本神話の主舞台となるからおもしろい。
たとえウソ八百と思ったとしても、日本の歴史において語り継がれてきた神話に思いを張り巡らすと違った楽しみ方ができると思う。

宮崎空港宮崎市内から既に南国ムードを醸し出しているのだが、宮崎観光のハイライトはやはり青島から約100㎞先の都井岬まで続く絶景ドライブルート・日南フェニックスラインであり、このルート上に魅力的な場所が観光地が数多く存在している。

 
巨人青島キャンプで有名な青島

山幸彦を祭った青島神宮は縁結びとしての神様として有名だが、ビロウ樹をはじめとする亜熱帯林の中にこのような極彩色の神殿が立っていることに不思議な感覚を覚えるはずである。
奥殿にいたるにはまるでジャングルのような通路を通ることとなる。
なお、青島付近からしばらく「鬼の洗濯岩」という波状岩が海岸線に続いているのだが、これは国の天然記念物でもある。

 
海幸彦・山幸彦の伝説で祭られる青島神宮

青島を過ぎると堀切峠という小さな峠を登ることとなるのだが、その峠のてっぺんに行くと急に視界が広がり、眼下に美しい海が見えてくる。
ここから絶景の海岸線ドライブが長らく続く。

 
名勝・堀切峠と以南100㎞に渡って続く絶景のフェニックスロード

 
青い空と青い海が広がり、南国情緒が高まる

フェニックスラインを30分程度南下するとイースター島のモアイを世界で唯一長老の許可を得て完全復刻したスポットであるサンメッセ日南があるのだが、これが実はかなり癒し系&なごみ系のぬる~いスポット。
名物のモアイ以外には、珍しい小動物がいたり、変なキャラクターがいたり、ワケのわからないアトラクションが存在していてかなり脱力してしまうのだが、人は少ないし、潮風は気持ち良いし、景色も美しいので、ある意味、かなりオススメなスポットでもある。
また、標高120メートルもの高さから水平線を見下ろすことのできる数少ないスポットでもあり、地球の丸さを一目で確認することができるのがすばらしい。

 
サンメッセ日南のモアイ像

サンメッセ日南のほど近くにある鵜戸神宮はおっぱいの神様で有名である。
安産・育児の神様として古来より新郎が新婦を馬に乗せて(シャンシャン馬という)訪れていた。
神宮の門にいきなりおっぱいの紋というかマークが入っている。
神殿は洞窟の中にあり、南国の断崖の神秘的な洞窟内に存在する極彩色のこの神宮はまるで竜宮城のようでもある。

 
お乳(おっぱい?)の神様・鵜戸神宮

この先は、武家屋敷町の飫肥サンゴ礁が見られる水中観光船・マシンビューワ南郷、野生馬が生息する都井岬などの観光地があるが、また行った時にでも追記します…。

我が故郷宮崎市(宮崎県)の長所と短所

宮崎市の長所は以下の点である。

やはり南国ムードあふれるのが一番の魅力である。
ずっと住んでいる時より、外に住んで帰ってきた時にその魅力を実感できる。
それと、物価が安いのも魅力で、物価指数を見る限り、47都道府県で第1位の物価の安さである(そのかわり所得も40位ぐらいだったが…)。
気候は、鹿児島と違ってほぼ一切雪が降らず、本土で一番温暖(鹿児島は灰も降るが…)、かつ、日差しがかなりまぶしいため実際の気温より温かく感じる気候である(紫外線が強い?)。
また、宮崎市は他の中核都市と違ってほとんど大工場がないこともあって空気がキレイである。
平野部が広く、自然に恵まれ、海が近いこともあって、スポーツは何でも楽しめるが(プロスポーツキャンプのメッカ。でも、何故か国体は毎年ビリ!)、サーフィンやヨットなどのマリンスポーツにおいては日本トップクラスの環境である(シーガイアもあるし…)。
宮崎市には西日本最大の60,000㎡の床面積を持つイオンがあるからショッピング面についても何とかなります(別に何の自慢にもなってませんね…)。

短所は以下の点かな?

最もヤバイのは民放が2局しかないことにつきる(他に魅力があってもこれだけで住みたくなくなる人は多いであろう…酷い話である)。
日本最大級の陸の孤島でもあるから余計に鎖国度は高い。
日本でトップクラスの面倒くさがり屋(よだきがり)で時間にルーズ(日向時間)な県民気質は長所ともいえるがやはり短所といえるだろう。
また、宮崎弁というのは博多弁でなく、どちらかといえば東北弁にイントネーションが似ているのだが、その田舎臭さは、今は消えた「0930(オクサマ)」を見るまでもなく、ヨソ者には我慢できないレベルのものであろうと推測できる(号泣)。

 
宮崎市街にほど近いマリーナとビーチ


 
上:戦前には「八紘一宇の塔」と呼ばれ、お札にも刻まれた平和の塔
下:大阪航路などがある宮崎港


神話の舞台・宮崎(是非、ご一読ください)

わが国では奈良時代律令政治の仕組みが整うにつれ、国のおこりや歴史をまとめようという動きが朝廷を中心に起こり、712年に古事記が、720年に日本書紀が編纂され、713年に各地方において風土記の編纂が命じられたという。

ところで、古事記には天皇家大和朝廷を確立し日本を治めるにいたるまでのメチャクチャだともいえる内容の神話が記されているのだが、あまりにぶっ飛びまくったハチャメチャな内容なので、かなりおもしろい。
なので、以下に、神話から神武天皇大和朝廷を確立するまでのストーリーを簡単に記す。
少し長いが、かなりおもしろいので是非とも読んでいただきたい(結構色々と調べたし…)。
 赤字の地名・場所名古事記の記載と宮崎がリンクする箇所である…。
宮崎が日本の神話にとっていかに重要な舞台であったかを簡単に理解していただけると思う。

イザナギの命(みこと)とイザナミの命という男女の二神が性交して生まれた子供が淡路島・四国・隠岐・九州・壱岐対馬佐渡・本州だとのことで、これが神話でいうところの日本の誕生を指すのだが、八つの島からなるため、「大八島国(おおやしまぐに=日本)」と呼ばれたそうである。[うーむありえんありえん…]

その後、イザナミは火の神を産んで陰部を焼かれて焼死してしまうわけだが、それをさびしがったイザナギイザナミが眠る黄泉の国に出かけたという。
しかし、そこでは蛆(うじ)がたかり、体中に八種の雷神が宿ったイザナミが黄泉の国の軍勢を繰り出して襲ってきたため、イザナギはかろうじて逃げ帰ったという[どんなドラマも顔負けの悲劇的な展開…]。

イナナギが黄泉の国のけがれを日向(宮崎)の阿波岐の原(シーガイアのあたりに「阿波岐ヶ原」という地名がある)で清めようと、左目を洗ったら天照大神が生まれ、鼻を洗ったらスサノオの命が生まれたという。[すさまじくありえん…]
天照大神は太陽の女神にして皇室の先祖である。

ところで、嵐の神のスサノオは、亡き母のイザナミのいるところに行きたいと言い、山が枯れ、海が乾くほど泣き叫ぶので父のイザナギに追放されてしまう[親父が鼻を洗って生まれたのに母親はイザナミ?]。
その後、スサノオは姉の天照大神を訪ねるが、神殿に糞をするわ、神聖な機屋(はたや)に馬の皮を剥いで落とし入れるわで手が着けられない暴れっぷりだったので(糞の上に天照大神が座ってしまったからという説もある)、天照大神は恐れて天の岩屋に引き込んでしまった。[いじけてしまったぞ~]

すると、天も地も真っ暗になりあらゆる災いが起こった。
困り果てた八百万(やおろず)の神は天安河原に集まり相談し、やがて天照大神の気を引こうとして祭りを始めた。
祭りの途中で、アメノウズメの命が乳房をかき出して踊ったうえ、腰の衣のひもを陰部まで押し下げたものだから、八百万の神がどっと大笑いし、天照大神が不思議に思って岩屋戸を少し開けた。
そこをすかさずアメノタヂカラオの神が岩屋戸を完全に開けひろげたうえ、岩屋に注連縄(しめなわ)を張って封印したので世界に光がよみがえったという。[そんなバナナ!]

天の岩屋戸=天岩戸は高千穂天岩戸神社にある。
天岩戸自体は撮影禁止のご神体で、かつ禁足地でもある。
しかも神職の方に申し出て案内をしてもらって、それでも遠くから眺めることしかできないというそれはそれはとってもやんごとない場所なのだ…(話を聞けばそりゃそうだろう)。
なお、神々が神集い(かむつどい)・神議り(かむはかり)し、話し合った場所が天安河原で、天岩戸のすぐ近くにあるのだが、石を積み上げれば願いがかなうといわれているため、無数に石が積み上げられており、それはそれは神秘的というか怖いというか独特なムードを醸し出している。

ちなみに高千穂には夜神楽という無形伝統文化財の舞があるのだが、これはアメノウズメの命がこのように調子おもしろく舞ったのが始まりとされている(アメノタヂカラオとアメノウズメの命は当然ながら重要人物ですわな…。いかつい顔をしたお面で舞うのはアメノタヂカラオです)。
夜通し行う夜神楽は各集落で11月から2月にわたって行われるが、ダイジェスト版の夜神楽は年中無休で毎晩高千穂神社(かつては日向の国で最も格式の高い神社だったという)にて行われている。

ところで、スサノオは後で八岐の大蛇(やまたのおろち)を退治するなど良いこともしている。

やがて天照大神は孫であるニニギの命を天上から下したのだが、八尺瓊(やさかに)の曲玉、八咫(やた)の鏡、草薙の剣を携え、日向の高千穂の峰(霧島・高千穂の峰説と高千穂・国見ヶ丘説があり昔から争っている)に降り立ったという。
なお、このことを天孫降臨という。

ニニギの子が海幸彦・山幸彦で、山幸彦の孫がイワレヒコの命=神日本盤余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)=神武天皇である。
なお、海幸彦・山幸彦は木花(巨人キャンプがある場所あたり)で遊んでいたとされる。
イワレヒコは45歳の冬に船団を率いて日向を出航し、日本の中心である大和を平定するための戦に身を投じるが、苦闘につぐ苦闘の末にこの知を平定し、大和に橿原の宮を建てて初代天皇となったという。

山幸彦が海の宮殿から帰った際に青島に帰ったことから、山幸彦は青島神社で奉られている。
山幸彦が豊玉姫と結婚したせいかはわからないが、当神社は縁結びの神様として有名である。
鵜戸神宮は山幸彦の息子にして神武天皇の父であるウガヤフキアエズの命を奉っているのだが、ウガヤフキアエズ豊玉姫の代わりに洞窟のお乳岩から出る清水(きよみず)を飲んで育ったと言われており、このお乳岩のある洞窟の中に鵜戸神宮が建立されているため、当神宮は安産・育児の神様してかなり有名な神宮である。
また、宮崎神宮神武天皇を奉った由緒正しき神宮である。
ちなみに宮崎とは宮(皇室)の先(崎と先は同語源)というような意味を持つと聞いた(ことがある)。

…とこういった内容の神話なのだが、ここで大切なことは奈良時代に実在した朝廷が歴史書として編纂した書物の主な舞台として宮崎の地が選ばれ、使われていたという事実なのではないかと思う(正史は日本書紀のほうとされてはいるが、まあ、こっちもデタラメですな…)。
そして、なんといってもこの古事記という文献は、奈良時代から本居宣長の時代や現代にいたるまで、日本を生きる人々に大きな影響を及ぼし続けてきた書物なのである。

 
石が無数に積み上げられ、霊的なムードを強く醸し出す、神集い・神議りが行われたという天安河原

  

高千穂神社のほど近くにある高千穂峡および幻想的な景観をかたちづくる真名井の滝


皇紀と歴代天皇系譜への疑問(おまけ)

神武天皇が紀元前660年に即位したのに何故にわずか第16代目にすぎない仁徳天皇は313年(皇紀973年)に即位しているのだ?」不思議に思い、詳しく調べてみてわかったことなのだが、太古の歴代天皇昭和天皇顔負けもいいところなぐらいに長寿であったようだ。
第12代の景行天皇なんて143年も生きていやがるではないか~!
2006年現在で皇記2666年というが、その理由がわかってしまった気がする…。

実在する応神天皇の111歳や仁徳天皇の87年ですらどう考えてもウソだろ~。

ちなみにこの系譜では今上(平成)天皇は第125代の天皇ということになる。
はじめのほうはウソっぱちとはいえ応神天皇からでも110代・1600年以上は経っている計算になるからやはり天皇家は偉大である(ウソがなければもっと立派なのに…)。
っていうか、調べるのがかなり面倒でした(笑)。

歴代天皇

1代 2代 3代 4代 5代 6代 7代 8代 9代 10代 11代 12代 13代 14代 15代 16代
神武 綏靖 安寧 懿徳 孝昭 孝安 孝霊 孝源 開化 崇神 垂仁 景行 成務 仲哀 応神 仁徳

即位

前660 581 548 510 475 392 290 214 157 97 29 後71 131 192 270 313

皇紀

1 80 113 151 186 269 371 447 504 564 632 731 791 852 930 973

崩御

126 84 57 77 114 137 128 116 115 120 99 143 107 52 111 87

崩御年齢は「日本書紀」のものを記載
※ 実在性が認められるのは15代の応神天皇以降である(もちろん寿命はウソだろうが…)
※ ただし、第10代の崇神天皇だけは大王としての実在説がある(もちろん紀元後3世紀頃~)